提督の憂鬱   作:sognathus

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秋月が執務室に入るとそこには、彼女が知る提督ではなく見知らぬ男がいた。


第55話 「悪夢3」

『え……あ、あなたは誰?』

 

『何だ聞いてないのか、新しい提督だ。此処のな』

 

『……え?』

 

秋月は愕然とした。

目の前の見知らぬ男がこの基地の、私の新しい提督?

せっかくこれから仲良くなれる、あの人の為なら頑張れると思っていたのに、そんな期待に満ちた日々への希望がもう覆るというの……?

 

『あ、あの……』

 

『?』

 

秋月は、動揺を悟られまいと必死に我慢しながらも、震える唇は隠し切れずにたどたどしい言葉使いで新しい提督だという目の前の見知らぬ男の聞いた。

 

『あ、あの人は……。前任者の大佐は何処へ行ったのでしょうか?』

 

その言葉を聞いた瞬間男の表情が急変した。

不機嫌に顔を歪ませながら眉間に皺を寄せると、足早に秋月に近づくと彼女の小さな頬を平手打ちする。

 

パンッ!

 

『あ……きゃっ」

 

『貴様なんだその言いようは!? 前の提督は階級が准将だったというのにそれを下げて呼ぶとは……。いやそれは置いておくとしても、新たな提督である私を前にして早速前任者の事を気にするとは無礼であろうが!!』

 

パァン!

 

『……っ。し、失礼しました……』

 

再び頬を叩かれた秋月は突然の体罰に混乱するも、気力を振り絞って恐怖を抑え自分の無礼を新しい提督に詫びた。

 

『……ふん』

 

新しい提督はその言葉に一応は振りかざした手を引いたものの、未だにその顔は不機嫌なままで、表情は険しかった。

 

『服を脱げ』

 

『え?』

 

予想だにしない言葉に秋月はまたも愕然とする。

今、この人はなんて言ったの……?

 

『服を脱げと言ったんだ。これは司令官を軽んじた罰だ。今日からお前は私が許すまで常に裸でここに来い。なに、女としての尊厳など気にする事はない。お前はただの兵器なのだからな』

 

『そ……そんな……』フルフル

 

秋月は今度こそ泣き出した。

少し、少し前まではあんなに楽しかったのに、心地よかったのに……。

こんな……こんなのって……。

 

「めそめそと泣いて鬱陶しい……さっさと脱がんか!!」

 

「……っ」ビクッ

 

秋月は、怒声と共に飛んできた明らかに命令の範疇を逸脱したこの提督の暴言に、抵抗する気力を完全に奪われてしまった。

耐えがたい羞恥心を感じながら震える手をその服に掛ける。

そしてついに……。

 

 

「!!」バッ

 

「……はぁ……はぁ」

 

信じられない悪夢から目を覚ました秋月は、自分の荒い息に驚きながらも直ぐに周囲を確認する。

 

「……」

 

自室だ。

自分の部屋が決まるまで一時的に割り当てられた仮の部屋だった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

ふと、横を見ると先に部屋が決まった能代とプリンツを除いて一緒になった野分達が静かな寝息を立てていた。

 

「……」

 

秋月はその穏やかな顔を見て安堵から顔を綻ばせる。

そうだ、あれは夢だったんだ。

だから気にする事はない、提督は……大佐は、あの人のままだ。

 

「そう……その、はず……」

 

秋月はそいう自分に言い聞かせて安心しようとしたが、悪夢にうなされた所為で掻いたべっとりとした汗を掌から確認する内にどうしてもある事が確認したくなった。

それも今直ぐに。

 

(確かめたい……直ぐにでも……!)

 

 

パタン、トテテ……

 

秋月は皆を起こさないように静かに部屋を出ると、足早に提督の部屋へと向かった。

 

キィ……。

 

静かに執務室の扉を開ける。

提督の私室はこの部屋の隣なので、今は執務室には誰もいない。

 

「……」

 

部屋の内装は提督の趣味で無造作に置かれて異彩を放っている調理台を除いて夢で見た通りだった。

 

「……っ」ブルッ

 

秋月は再び悪夢を思い出して震え、考え直す事も浮かばずにそのまま執務室に入ると提督の部屋の扉の前まで走った。

 

 

コンコン

 

「……?」

 

僅かな音だったが提督は目を覚ました。

 

「誰だ……?」

 

『……!』

 

聞き慣れた、聞き望んだその声に、秋月の目は安心と嬉しさから輝く。

 

『大佐……秋月です』

 

「秋月?」

 

提督は意外な訪問者に内心驚いた。

 

(なんで秋月が。何かあったのか?)

 

『はい、そうです。あの、お願いがあります。部屋に……部屋にまずは入れてもらえませんか?』

 

親睦会の時とは明らかに異なる彼女の緊張した声に、提督はにべもなく許可をした。

 

「ああ、いいぞ。入って来い」

 

ガチャ……

 

「失礼、します……」

 

「秋月、お前どうした?」

 

彼女自身も気付いていなかったらしい。

提督は安堵の涙を流した所為で目を赤くした秋月を見て、ベッドから降りると彼女の傍まで行った。

 

「え……?」

 

秋月は最初提督の言葉が理解できずに、心配した表情で近づいて来た彼に驚いた顔をする。

 

「泣いているぞ。何かあったのか?」

 

提督にそう言われて自分の頬を触り、秋月は初めてそこで自分が泣いていた事に気付いた。

 

「あ……」

 

「……悪い夢でも見たか?」

 

秋月の様子を見て提督は直感でそう判断して訊いた。

 

「……はい。恥ずかしい事ですが、本当に……本当に怖い、夢を見ました」

 

「……そうか」

 

「その夢はここの基地での出来事で……それが……」ガタガタッ

 

秋月はそこで再び夢の内容を思い出し、恐怖と絶望から小さく震え始めた。

 

「……寝るか?」

 

「え?」

 

提督の言葉に秋月はハっとして顔を上げる。

 

「内容は確認するつもりはないが、その悪夢はどうやら俺に関係しているみたいだ。なら、それが本当にただの夢だと確認する為に一緒に寝るか?」

 

「い……いんですか……?」

 

提督の申し出に嬉しさを感じながらも秋月はそこまでしてもらっていいものか考えあぐねている様子だ。

 

「流石にそこまで怯えているお前を見ると、な。まぁお前がそうしたいならだが」

 

「お、お願いします! 今日は……今日は秋月と……提督と一緒に寝かせてください!」

 

「分かった。じゃぁ俺はベッドの隣にソファーを……」

 

「え?」

 

この流れで何故そういう考えになるのか、秋月は執務室に戻ってソファーを持って来ようとする彼の服を急いで握って引き止めた。

 

「ん?」

 

「どう……して」

 

「ん、なんだ?」

 

「どうしてそうなるんですか!?」

 

「え?」

 

基地に来て初めて見て、聞いた秋月の怒った顔とその声に提督は驚いた顔をする。

 

「普通は……普通はここでベッドで一緒になって添い寝をしてくれるところじゃないんすか……?」

 

「……悪い。他の駆逐艦ならまだしも、お前はまだ来たばかりだし性格の事もあったからついそう判断してしまった」

 

秋月の言う事を理解した提督は申し訳なさそうに言った。

 

「私は大佐と面談した時から素直になると決心しました。なのに大佐がいきなりそれでは……」

 

「ああ、悪い。本当にすまなかった」

 

提督はそう言って秋月をそっと抱き寄せ安心させるように頭から背中を撫でた。

 

「……一緒に寝てくれますか?」ジッ

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「本当だ。ついでに約束もしよう。この事は皆には秘密にする」

 

「……大佐!」ダキッ

 

「……っと」

 

秋月はやっと心から不安が消えていくのを感じながら、幸せ一杯といった風に提督に抱き付いた。




すいません秋月をちょっといじめてしまいました。
しかし、ネタというものは鮮度が大事なのです!
思いついたらやれるときにやってしまわねば……!

という気持ちで投稿しました。

話変わりますが、最近、最初の方の話からぽつぽつと全体的に修正しています。
当初は挿絵を追加する毎にと予定していたのですが、それだといつ手を付ける事になるか分からないので。
まだ3話くらいしか修正してませんが、手直ししながら今よりも拙い自分の文を、恥ずかしさや呆れを通り越して逆に楽しんでしまっています。

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