第1話 結婚しませんか?
提督の机に指輪が置いてありました。
「何だこれ」
「指輪です。大佐」
「貴方は何を言ってるんですか?」という顔の加賀。
提督はそういう事を訊いてるんじゃないと頭を振りながら言った。
「そんなのは見れば判る。俺が知りたいのは、なんで指輪なんかが此処に在るのかということなんだが」
「それは艦娘とその指揮官である提督が結婚をする為の指輪です」
この話には提督も珍しく虚を突かれた顔をした。
なんだそれ、そんな話聞いたことも無い。
「……なに?」
「結婚です。中佐」
「階級を勝手に下げるな。それと、結婚だって? 艦娘と提督の?」
「そうです」
「何故そんなことをする必要がある?」
「本部からの説明によりますと、この指輪は成長限界に達した艦娘の力を更に引き出す効果があるそうです」
「ほう」
提督は少し興味を引かれたように手を組む。
艦娘の力を更に引き出すとはどういう事だろう?
改二への改造はいわばアップグレード、強化であり限界に達した力を引き出すのとは意味がちょっと違う。
「ただその効果を得る為には、この指輪を提督と艦娘がお互いにはめることによって従来よりも強い絆で結ばれる必要がある、との事です」
「意味が解らん」
「何がですか?」
「指輪をする事によって力が引き出されると言う説明は解った。仕組みは理解できないが、まぁそういうものなんだろう。俺が解らないのはな加賀。何故その前提として結婚しなければならないのかという事だ」
「嫌なのですか?」
「嫌も何も、本部がそんな事を通達してきたことが信じられないんだが」
「恐縮ではありますが事実です」
僅かに口の端を緩ませながらそう言う加賀。
彼女は明らかに提督と深い絆で結ばれる機会が艦娘に与えられた今回の件を喜んでいるようだった。
提督はそんな彼女に溜め息を付きながら言った。
「嬉しそうに言うなよ。それと、その話が本当なら仮に全員とその契約を結んだとしたら俺自身はどれだけの数の指輪を所持する事になると思う?」
「いえ、大佐に所持して頂くのは一個だけです。結婚相手が増えた場合はその都度指輪を一時本部で預けて頂き情報を更新します」
「結婚相手のか?」
「そうです。一見するとただの指輪ですが、なかなかに高度な技術が詰め込まれているようです」
「ふーん……」
「あの」
「ん?」
「大佐は重婚がお望みですか?」
「例え話だ。仮の話だ」
「……そうですか。あと、正確には『結婚』ではなく『ケッコンカッコカリ』という方法らしいです」
「それでも意味は同じだろう。その事については何か言及はなかったのか?」
「気分と雰囲気を考慮して、との事です」
「建前にしても何故敢えて結婚なんて言葉を……頭が……ん」
提督はその時あることに気付いた。
「どうしました?」
「艦娘の力を底上げするなんて重要な物を何故お前が俺より先に確認しているんだ?」
当然の疑問である。
加賀はその指摘に半歩後ずさる。
表情こそそんなに変わってなかったが、僅かに強張った彼女の顔は明らかに『しまった』という感情を表していた。
「……」
加賀の表情は変わらないが、取り巻く雰囲気がいつもより少し重くなった様な感じがした。
「取り敢えずそれをこっちに渡せ」
加賀に向かって手を差し出す提督。
だが彼女は更に半歩後ずさる。
「もうそこに置いてありますが?」
「1つだけだろう。2つで一組のはずだ」
「元帥閣下、私と結婚してくれませんか? 好きです」
雰囲気も何もあったもんじゃない突然の告白だった。
あまりにもの唐突の告白に加賀のその行動は、提督にはまるで宣告布告の様にも思えた。
「持ち上げすぎだ。機嫌取りのつもりか?」
「結婚……」
加賀らしくもない未練がましい態度だった。
表情もいつものポーカーフェイスと違って若干拗ねている様に見える気がしないでもない。
「加賀、お前は俺の性格を知っているだろう?」
「私達を大事にしてくださる優しい方ですね」
「兵器として扱うことに対して抵抗感を払拭できていないだけだ」
「でも私はそうやって苦悩しながらも、大佐が一身で私たちを守ってくれている事を知っています」
「お前たちを戦地へ送り出してる人間に対してよく言う」
「出撃は殆ど鎮守府周辺の警備、後は遠征と演習しかしてませんが?」
「全部資材の備蓄と節約の為だ」
相手が言葉を発すると間髪入れず切り返す言葉の合戦だった。
どちらも一歩も下がる様子はない。
このまま長期戦になるかと思われたのだが……。
「ふぅ……相変わらず取り付く島がありませんね」
意外にも口合戦の発端となった原因の方から降参撤退を表明してきた。
表情こそいつも通りだったが、加賀の眼は少し悲しそうだった。
そんな彼女に対して提督はすまなそうに帽子を取って目を瞑り、自分に言い聞かせる様にポツリと言った。
「お前たちがただの兵器なら良かった」
「……指輪置いておきますね」
「傷ついたか?」
「いいえ。求愛する雰囲気でなくなってしまったので」
「悪いな」
素っ気ない事この上ないが、気持ちの籠った謝罪であることは加賀には解った。
だからこそ彼女は次にこう訊く事ができた。
「大佐、どうすれば私たちを受け入れてくれますか?」
提督は溜め息をついて椅子にもたれながら言った。
「分からん。こればかりは」
はじめまして。
加賀良いですね。
でも俺は足柄が一番好きです。