提督の憂鬱   作:sognathus

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作戦が開始してから半日後、今回の作戦は完全な自力による総力戦で挑んだ割には、前回の作戦と比べて難度がやや劣るお蔭か、提督の執務室には順調な作戦の進行と成果を告げる報告が間断なく伝えられてきました。

そして作戦の大詰、第三段階も流石に簡単とはいきませんでしたが、慎重に用心深く臨んだ結果、危なげなく作戦は完遂する事ができました。

そんな作戦の成功をイの一番で直接報告に来た艦娘がいました。
それは……。


第49話 「甲斐」

「大佐! 作戦、無事本日をもって全てを完了したぞ!」バンッ

 

「武蔵……まぁ今日はノックなしは見逃してやるか」

 

「ああ、見逃せ! それとな、大佐……分かっているだろう?」ジッ

 

「ん? ああ、そうかお前」

 

何かを待ち焦がれたような顔で期待が篭った視線を向ける武蔵に、提督は彼女の胸の裡を悟る。

 

「そうだ。だから、な? くれるのだろう?」

 

「それでそんな勇み足でここへ来たのか」

 

「ああ、楽しみだったからな。だから早く、な?」

 

「そうがっつくな。ちゃんと用意はある」

 

「うむ、そうでなくては! あ、畏まらなくていいぞ。投げてくれ」

 

武蔵はそう言うと両手を胸の前に出してちょうどキャッチボールで相手の投げるボールを待つ姿勢を取る。

 

「おい、流石に投げてよこすのは……」

 

「私は構わない。これはこれで親しい仲というか、私らしい感じがするだろう?」

 

「お前は……分かった。ほら」ピン

 

提督は呆れた顔をしながらも苦笑すると、武蔵に向って何か小さな物を指で弾いてよこした。

 

「ん」パシッ

 

武蔵はそれを流石の反射神経で難なくキャッチする。

彼女が捕まえたその手に握られていたのは、指輪だった。

 

「ああ、これだ……」

 

恍惚とした目で手にした指輪を見上げる武蔵。

 

「武蔵、ご苦労だったな」

 

「なんの。今までの苦労、たった今これを貰った瞬間に吹き飛んださ」

 

「そうか、それはお前にあげた甲斐があったというもんだ」

 

「ふふ、私も頑張った甲斐があった♪ な、嵌めていいか?」

 

「指を与えておいて嵌めるなとは流石に言えない。それはもうお前の物だ。好きにしろ」

 

「うむ」スッ

 

武蔵は提督の承諾を確認してまるで至宝を扱うかのような所作で、ゆっくりとその瞬間を味わうように片手の薬指へと嵌めた。

 

「……」

 

「……」

 

武蔵は指を嵌めた後暫く、感無量と言った様子で目を閉じていた。

提督もそんな武蔵の様子を若干こそばゆく思いながらも、暖かい目で見守る。

 

「……これで」

 

「ん?」

 

「これで私は、もう身も心も余すことなく大佐のものだな」

 

「所有物のような言い方は抵抗を感じるな」

 

「いいんだ。私が『大佐のもの』になったという実感が何よりも大切なんだ」

 

「その理屈でいくと俺はお前のものになるな」

 

「いや、それはない。私はあなたに仕える側だ。だからその逆になるような事は決してない」

 

「……」

 

「こう言ってはなんだが、私はこの立場が凄く心地よく感じるんだ。凄くあなたに独占されている感じがする。これが絆なんだな……」

 

「なんか言葉の端々に背徳感を感じるんだが」

 

「いっその事首輪をつけても構わないぞ?」

 

「俺にそいういう趣味はない」

 

「そうか」

 

「あからさまに残念そうな顔をするなよ」

 

「いや、もう嬉し過ぎて大佐にならどんな事をでもされたくてな」

 

「暴走し過ぎだ。他の奴らが聞いたらまた面倒な事になりそうだから少しは遠慮しろ」

 

「ならん! 今この時は止められない。この瞬間は今しかないんだ。だから楽しむ事しか考えられない」

 

「……程ほどにな」

 

提督はついに根負けして武蔵の細やかな暴走を認める。

 

「恩に切るぞ。な、キスしてくれ」

 

「いきなりだな。だが駄目だ。まだ仕事中というのもあるし、なにより今のお前とそれをしたらそれ以上の行為に及ばれそうな気がするからな」

 

「もう直ぐ残りの連中が来るかもしれないというのにそんな事はしないさ。だから、な? お願いだ大佐」ズイ

 

ガシッ

 

「……がっちり人の頭をロックしておいてよく言う」

 

「逃がしたくないからな」ジッ

 

「……」

 

「……」

 

「……分かった。一回だ」

 

「大佐……!」

 

チュ

 

 

 

 

「……なるほど。理由は分かりました」

 

「分かったなら、明らかに嫉妬で震えているその手で矢を番えるのをやめろよ」

 

提督と武蔵の前には、見計らったようなタイミングで見事に提督と武蔵の逢引の場を目の当たりにして、表情こそいつも通りの鉄面皮だが目には明確な不満の色を湛えた加賀が仁王立ちでで弓を構えんとしていた。

 

「……すいません。ちょっと頭に……血が上っているもので」

 

(血が上っている割には滑らかな動きだな)

 

「ふふん、嫉妬か」

 

「おい、武蔵」

 

「あなた、今の立場を解っているのかしら?」ギリ

 

「ああ、ようやくお前と同じ立場になったぞ」

 

「……」キッ

 

「……」フフン

 

「……ふぅ、分かりました。もういいです」

 

「なんだ、許してくれるのか?」

 

「他の人の大佐への愛を許さない程私は狭量ではないつもりなので」

 

「そうか。やっぱり加賀だな。話がわか――」

 

「ですが、誰よりも大佐を愛しているのは私ですけどね。これは覆りようのない普遍不動の事実です」

 

「……あ?」

 

加賀の言葉に武蔵は暖かい笑顔を途中でやめ、愛想笑いへと移行した笑顔で威圧を籠めた声を出した。

 

「なにか?」

 

加賀も負けじと武蔵の威圧などものともしないと言った風の冷やかな目で見つめ返す。

 

「いやいや、なにか今古株ぶった空母殿があまりにも稚拙な理論を展開した気がしてな?」

 

「おや、あなたにはさっきの完璧な論理で構成された理屈が解らなかったのですか。これはしたり、どちらが幼稚なのかしら、ね?」

 

(どっちも論理の『ろ』の字もない感情論だろ)

 

「大佐、なにか?」

 

「ん、なんだ? 大佐」

 

「いや、なんでも。というか、俺は何も言っていないんだが」

 

「……武蔵さん、ちょっとそこで話しましょうか」

 

「ん? トイレか? 格納庫裏か? 何処でも私は構わないぞ」

 

「いい覚悟です。ではこちらに……」

 

「臨むところだ」

 

 

 

「あ、あのぉ……大佐?」

 

二人が出ていった後、加賀に次いで部屋に入っていた筑摩が、先程までの焼けるような緊張感に当てられて戸惑った様子で提督に声を掛けてきた。

 

「筑摩、結果報告を頼む。あと、矢矧を呼んできてくれ。喉が渇いた茶を飲みたい」

 

「あ、はい」

 

提督のいつも通りの様子に安心した筑摩は、パタパタと矢矧を呼びに行った。




武蔵ともケッコンしました。
次に可能性があるのは飛龍ですが……ほんと、戦艦や正規空母以外とケッコンするのはいつになるんでしょうねぇ(遠い目)

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