提督の憂鬱   作:sognathus

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夜。
皆が寝静まった中、提督の執務室からはまだ灯りが漏れていました。
ちょうどお手洗いに行く途中だった川内はそれを見つけ、こっそり部屋に入って提督の後ろに立つと……。


第43話 「迂闊」

「……」カチャカチャ

 

「大佐ー、何してるのー?」ピョン

 

「っと、おい」

 

後ろから飛びついて来た川内に提督は何か焦った様子の声を出す。

 

「え?」ビクッ

 

「危うく失敗するところだったぞ」

 

「ご、ごめんなさい……。何してたの?」

 

「これだ」

 

「……艦? 玩具?」

 

川内が机の方を見ると、そこには作りかけの軍艦の模型と切除されたプラスチックのパーツが散らばっていた。

 

「ま、厳密にいうと模型だ」

 

「うん。ミニカーみたいなものよね」

 

「そうだな。こっちは自分で組み立てて完成させないといけないやつだが」

 

「何作ってるの?」

 

「そこの箱を見てみろ」

 

箱には川内達の間でも珍しい存在である水上機母艦の瑞穂の絵が描かれていた。

 

「んー? 瑞穂……ね」

 

「ああ」

 

「なんで瑞穂なの?」

 

「なんでと訊かれると困るが、まぁ強いて言うと水上機母艦だからだな」

 

「え?」

 

「ほら、うちにいるのは、意図的に止めている結果ではあるが千歳と千代田しか水上機母艦はいないだろう?」

 

「うん」

 

「何となく玩具屋の模型コーナーを立ち寄った時にふとその事を思い出したらつい、な」

 

「へぇ~」

 

「水上機母艦は確かに強力とは言えないが、通常の空母では対応できない夜戦もこなせるし装備によっては砲撃や雷撃も可能な器用な艦だ」

 

「そだね。私も昔は千歳さん達に……あっ」

 

「分かったか?」

 

「うん! 練度が低い子たちの育成と護衛も兼ねてるのね」

 

「そうだ。器用な上に燃費も良い。お前たちはもうあまり世話にならなくなったから忘れがちかもしれないが、こいつらによる貢献は大きいぞ」

 

「そうだね! 初心は忘れちゃだめって事よね」

 

「その通りだ」

 

「ふ~ん、そう考えると確かに千歳さん達以外の水上機空母がいたらなぁって思うよね」

 

「残念なことに今のところうちでは発見には至っていないがな。だがいつかは見つけたいものだ」

 

「そうだねぇ。ねぇ大佐って艦の模型が好きなの?」

 

「ん?」

 

「やっぱり海軍の提督だもんね。それも仕方な――」

 

「いや、どちらかというと俺は戦車の方が好みだな」

 

「え」

 

提督の言葉に川内は固まる。

 

「軍艦もいいが戦車の方が個人的に惹かれるところがある」

 

「そ、そうなの……? でも大佐は海軍の人だよね? なのにどうして陸の物が好きなの……?」プルプル

 

「確かに、俺も士官学校に入学したての頃は戦車にはさほど興味はなかった」

 

「そ、そうだよね!」パァッ

 

「だがな、当時、今はもういないがその頃の友人に陸軍の人間がいてな」

 

「あ……?」

 

せっかく風が自分に向いて来たと思っていた矢先、川内はまた不穏な予感を感じた。

 

「そいつは女性なんだが、それはもうそこら辺の男の兵士なんか比較にならない程優秀な奴だったんだ。所謂女傑というやつだな」

 

「は、はぁ」

 

「俺は彼女とよく飲みに行ったりしてたんだが、その時にいろいろ陸軍の面白い話を聞かされている内に特に戦車に惹かれたんだ」

 

「……そう。で、でも戦車な……戦車より軍艦の方が種類や数が多いじゃん! わ、わたしは軍艦の方がいいと思うなぁ」

 

川内は動揺して焦りつつも何とか自分、陸から海へ風向きを戻そうと努力する。

 

「いや、海と陸、活躍する場所が根本的に違う物を比較して優劣を決めるのは俺は間違いだと思う」

 

「……ぅ」

 

「俺はあくまでどちらが好きかという事なら戦車の方が魅力を感じると言っただけであって、軍艦は軍艦でそれにしかない魅力があるだろう?」

 

「そ、そうだけどぉ……」ジワ

 

「川内?」

 

「で、でもわたしはぁ……大佐は提督なんだから……ぐ、軍艦の方が好きって……ひっく……言って……」グス

 

皆が慕っている提督である。

そんな彼が、例え一部だけであっても海より陸に思いを馳せているのが川内は悔しくてならなかった。

 

「おいおい、泣く程のことか」

 

「う……ご、ごめんなさい」

 

「いや、俺もちょっとお前の前で無神経だった」ペコ

 

「そ、そんな」

 

「お前にちょっと見て欲しいものがある」

 

「え?」

 

「ほら、あそこの戸棚あれを見てみろ」

 

「棚……? あっ」

 

そこには提督が今まで作ったと思われるいくつもの軍艦の模型が並べられていた。

 

「あの模型の中に戦車はあるか?」

 

「ううん……ない」

 

「恥ずかしい話だが、艦の模型を作っている内にそれに慣れてしまってな。戦車が好きなのは本当だが、いざ作るとなるとどうしても作り慣れたものにしか手がいかなくなったんだ」

 

「あ……軽巡もある!」

 

「ん? 『川内型』も作ってあったと思う」

 

「本当だぁ……♪ 神通もある! あ、こっちは那珂ね! ……あれ?」

 

川内はそこである重大な事実に気付く。

それは……。

 

「ん? どうした?」

 

「大佐、確かに『川内型』はあるけど肝心の、ネームシップの……わたしが……」

 

「ああ、川内か。店を訪れる度に確認はしてるんだが、なかなか店頭に並んでなくてな」

 

「……作って」ボソ

 

俯いて表情が窺えない状態で川内がポツリと言った。

 

「え?」

 

「作って! わたしも作って!」

 

「おい、せんd」

 

「妹達だけあってわたしだけ無いなんてやだ!」

 

「いや、そうは言っても店に在庫が無いんだから仕方ないだろう」

 

「注文は?」

 

「ここが日本からどれだけ離れていると思っているんだ。定期的に入荷する荷物の中にそれがあるのを期待するしかないだろ」

 

「ね、ネット! ア○ゾ○使えばいいじゃん!」

 

「俺はネット通販は使ったことが無くてな。だからアカウントもない」

 

「あ、じゃぁわたしが代わりに注文してあげる!」

 

「川内が川内を注文するのか? なんだかシュールだな」

 

「この際妙な事は気にしないで! はい、注文するよ! パソコン貸して!」

 

「今からか? まあいいが……」

 

「……」カタカタ

 

川内が提督のパソコンを使って自分の通販サイトのアカウント情報を打ち込むと、画面に川内のそのサイトを利用記録を反映したオススメ商品の情報も表示された。

提督はその情報を見て顔をしかめる。

 

「ん? 川内、お前何を買ってるんだ……」

 

「!? こ、これは……ち、ちが……見ないで!」

 

提督に指摘されて川内が画面を確認すると、そこには提督はもちろん妹達にも言えないような物が群れを成して表示されていた。

川内は顔を一瞬で沸騰させたように真っ赤にすると、素早くパソコンの前に回り込み半泣きで必死に提督から画面を隠す。

 

「別に追及する気はないから安心しろ」

 

「いやぁぁぁぁ! 大佐忘れてぇぇぇぇぇ!!」

 

「無理を言うなよ……」




川内が買っていたものって何でしょうね。
特に考えもしないで書いていたので、書き終わった後にそれが何か筆者自身が考え始めるという異常な事態に。

あ、予告ですが近々既出の話ではありますが、R-18の絵をアップする予定です。
また追加したら活動報告の返信でお知らせします。

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