加賀に何があったのか。
何故提督は一瞬狼狽えるような様子を見せたのか。
実はこんな事がありました。
「攻撃機(五十二型丙)の改造ですか」
「そうだ。代償として烈風二機のパーツを使ってしまうが、それを補って余りあるくらいの性能は期待できるらしい」
「それで私の艦載機を?」
「悪い。確かに格納庫には他にも烈風があったが、丁度近くにお前がいてな」
「いえ」
加賀は言葉こそ普段通りで落ち着いていたが、微妙にそわそわした態度をしていた。
どうやら提督に装備を渡す時に航空甲板ごと預けたので配備したままだった『ある機体』の事が気になっているようだ。
「大丈夫だ。使った機体の代わりはちゃんと……」
提督が少し読みが違う気遣いの言葉を加賀に掛けよとした時だった。
執務室の扉がノックもなしに勢いよく開かれ、緊張した顔の青葉が入って来た。
どうやら何かトラブルでもあったらしい。
「大佐!」
「どうした?」
「あ、あの……失敗です」
「ん? なにが?」
「戦闘機……烈風を使った新しい機体の開発です」
「何か問題でもあったか? 改造に回す前に機体のチェックはちゃんとしたはずだが」
「機体の状態自体は確かに全く問題ありませんでした。でも問題は状態ではなく機体自体にあったんです」
「……どういう事だ?」
ここにきて流石に提督も原因が予測できなくなったのか、若干強張った顔で訊いた。
「開発に使った一機が烈風じゃなかったんです」
「なに?」
「その……ほら、今回使ったのは加賀さんが装備してた烈風だったじゃないですか?」
「ああ。演習前に装備させたところで開発の事を思い出したついでに……」
「それ、烈風改だったんです……」
恐る恐るといった口調で青葉は衝撃の事実を口にする。
「なに……?」
提督はその事実を聞いた瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。
別に貴重な艦装が消失した為ではない。
確かにそれもショックといえばショックだったが、理由は他にあった。
それは……。
「……っ!!」ブァッ
提督の後ろで加賀が目を見開いて大粒の涙を流していた。
(うわ、あの加賀さんが……)
青葉はここでようやく自分の予想以上の事態の深刻さに気付く。
「か……」
提督は一瞬で乾いてしまった口腔から言葉を絞り出すことができず、言葉にならない掠れた声だけが出た。
(大佐が加賀さんを見て真っ青になってる……)
青葉は迅速に行動した。
この場にいてはマズい。
早くここから立ち去るべきだ。
「あ、あの取り敢えず失礼しました! し、暫く誰も入らない様に貼り紙しておきますから!」
バタンッ
執務室には再び提督と加賀だけとなった。
ただ前と違うのは、場に立ち込める雰囲気が提督がかつて感じた事がない程重苦しいという事だ。
「……加賀」
提督はその雰囲気の中、なんとか気合で全身に力を送り、気力を振り絞ってようやく言葉、加賀の名前を呼ぶことができた。
「……ひぐっ、ぐす……。」プルプル
加賀は提督が言葉を掛けた瞬間とうとうその場に膝を付き、子供の様に声を我慢して泣き始めた。
「か……」
その、絶対に見る事がないであろう加賀のあまりにもの悲壮感漂う様子に提督は再び言葉を失う。
「加賀……」
だがそれでも今は、何をおいても先ず謝らなければ。
提督は再びその身を気合で奮い立たせ、鉄の意志でそれを敢行しようとしたが、
「……っ」フイッ
自分と目が合った瞬間に加賀にそっぽを向かれてしまった。
(……そりゃそうだよな)
「加賀、謝って済むことではない事は重々承知している。だが、謝らせてくれ。悪かった。本当に」
「……」
「あれはお前専用の装備だったからな。本当に悪い事をしたと思っている」
「……」
「月並みな台詞だが何でも言ってくれ。償いはする」
確かに月並みのセリフだったが提督は本気だった。
贖罪の為なら自分のできる限りのことは何でも応える所存であった。
その誠意が伝わったのか、『何でも……』という提督の言葉の辺りで加賀はピクリと肩を反応させてようやく提督の方を振り向く。
「……ほ……っとう……?」チラ
「ああ」(泣きはらした目が赤い……ぐっ……)
普段見る事のない純心な加賀の顔に、提督の胸は再び締め付けられるような罪悪感を感じた。
それに対して加賀は提督のその答を聞くと無言で近付き、彼の目の前に立つとジッ見つめてきた。
トコトコ
「……」ジッ
あくまで無言。
だが、お互い付き合いの長い間柄である。
提督はその無言のメッセージを理解すると彼女を優しく自らの胸に抱き寄せた。
「……」ギュッ
どうやら正解だったようで、加賀は俯いたまま提督の胸に顔を埋める。
「……暫く、この……まま」スン
「分かった」ナデナデ
提督は空いた片手で加賀の頭を撫でながら静かに時の流れに身を任せた。
1時間後。
「落ち着いたか?」
「……」コク
まだ胸に顔を埋めたまま加賀はコクリと頷く。
「本当に悪かったな」
「もう……いいです」
「俺はそうは思ってない。いつかまた手に入れることができたら、必ずお前に配備する。それまでは六〇一の方の烈風で我慢してくれ」
「……六〇一でも十分です。大佐、ありがとうございます……」
「礼は言わなくていい。ここは俺の謝罪だけ受け入れておいてくれ」
「……はい」
「……ところで、もう離れないか?」
加賀に対する贖罪の気持ちは本当だったが、それでも些か抱き締めてから時間が経っているように感じた提督は、確認するような口調で聞く。
「さっき何でもするって言いました」
ちょっとだけ顔を上げ、視線だけを提督に向けて子供の様に拗ねた顔で加賀は言った。
「ああ、言ったな」
「じゃあ、まだこのまま……」
「ずっと立ったまま抱き締めてたらいいのか?」
提督の細やかなこの疑問に暫し黙考する様子を見せた加賀は、先程のより明らかに少し顔を赤らめてこう言った。
「……じゃあ、座って膝に載せて……それでまた胸に抱いて下さい」
「……分かった」
ギシッ
「ほら」
ソファーに腰かけた提督は両手を広げて加賀にそこに来るように促す。
「……ん」
加賀は自分の希望通りに抱かれると、また無言になった。
提督はそんな彼女をあやしながらちらりと横目で見た。
「……」チラ
「……すん」グス
(まだ完全には立ち直ってなかったのか。これは本当にとんでもない事を俺はしたな)
ナデナデ
提督が再び頭を撫でるとそれに反応して加賀も強く抱き付いてきた。
「……」ギュー
「……良い子だ」
「……!」カァッ
自分の行動を振り返って恥ずかしくなったのだろう、加賀は座って抱き締める事を提案した時より更に顔を赤くして、より深く提督の胸に顔を埋めた。
「今は恥ずかしさは忘れろ。誰もいない」
「……はい」
(……良い匂いだな……)
更に1時間後。
「すぅ……ん……む……すぅ……」スリスリ
提督の膝には丸くなってすっかり安らかな寝息を立てている加賀がいた。
(寝たか)
(さて、どうするか。確かに六〇一でも問題はないくらいの性能だが、ずっとあれを愛機として大事にしていたからこそのあの動揺だ)
「……ぃ……さ……き……」zzz
「何とかしてやりたいな」ナデナデ
提督は彼女の頭を撫でながら解決策を模索するのであった。
はい、リアルに誤って烈風改を廃棄してしまいました。
その少し後にアップデートで装備のロックができようになったので、そのやるせなさと来たら筆舌に尽くし難いものがありますw
まぁ、いいんですけどね。
あまり装備の性能とか数値の計算したり気にしないいい加減な遊び方をしていたので。
でも今はどうやっても手に入らないという事を考えると、やっぱりちょっと後悔もしますね。