提督の憂鬱   作:sognathus

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提督の楽しみは4つあります。
1つ目は、釣り。
2つ目は、風呂。
3つ目は、お酒。
4つ目は、煙草。

傍から見ると3番目と4番目はダメな大人臭がプンプンですが、提督はそんなに無茶苦茶はせず、軽く嗜む程度なのでOKなのだそうです。


第32話 「勇気」

「……ふぅ」

 

提督は電気を消した部屋の中で月明かりだけを唯一の明かりにして一人煙草を吸っていた。

空けた窓から吹いてくる風と波の音が心地よい。

日中は暑くてきついが夜は流石に幾分マシなので、こうやって冷房や照明を消して窓から覗く風景を楽しみながら吸っているのだ。

机の上には一杯の酒、正に至福の時を提督は過ごしていた。

 

(ここに来てからもうどれくらいになるだろう。最初は叢雲・初春・電しかいなかったこの基地も、今では複数の艦隊を構成できる程の人員と規模を誇っている)

 

「月日が経つのは……早いな……」

 

提督は誰にともなくそう呟いた。

その時、

 

コトッ

 

後ろで音がした。

 

「?」

 

提督が後ろを振り向くとそこには開けた扉の前で棒立ちしている名取がいた。

 

「大佐、それ……」

 

名取は震える声で提督が吸っている煙草を指差した。

 

「ん?」(なんだ? 名取を見ると何か忘れている気がする。何か約束をしたような……?」

 

「煙草がどうかしたか?」

 

「タバコ……」

 

「名取?」

 

「ふぇ……」ブワッ

 

急に顔をくしゃくしゃにして泣き出す名取を見て瞬時に提督は思い出した。

名取とした約束を。(*第二部 第7話 「ゆとり」参照)

 

「名取、待て」

 

提督は煙草をもみ消して足早に名取のもとへ行き、廊下に誰もいない事を確かめて扉を閉めると少し屈んで彼女と同じ視線になって言った。

 

「約束は覚えている。これは偶々だ。毎日吸っているわけじゃないぞ」

 

「ぐす……ほ、本当ですか?」

 

「ああ。こんなの一本二本くらいじゃ俺は死なない」

 

「っく……すん」

 

「お前との約束はちゃんと守って煙草を吸う数量も減らしている。体調は今のところ至って快調。健康そのものだ」

 

提督はそう言って名取が安心するように努めて笑ってみせた。

あまり子供をあやすような笑い方には慣れていなかったので若干ひくついた笑みになっていたが、名取はそんな提督の顔を見てようやく安心して泣くのを止めた。

 

「ごめんなさい……わたし本当に泣き虫で……。大佐の健康の事考えたら凄く不安になっちゃって……」

 

「いい、気にするな。お前は優しい子だな」ポン

 

「ん……大佐ぁ」

 

提督に撫でられて名取は嬉しそうに目を細める。

 

「それで、どうしたんだ? こんな夜分に」

 

「あ、ドアに執心中の札が下がっていたのに執務室の中で音がしたので……気になって」

 

「ん、もしかしてノックとかしたか?」

 

名取は提督の質問にフルフルと頭を振って否定するとこう答えた。

 

「……大佐はもう部屋で寝てると思ってたから」

 

「ああ、そうか。俺が執務室にいない時は自由に出入りして良い事になっているからな」

 

「……」コク

 

名取は黙って頷いた。

俯いて顔を伏せている彼女の態度からは、勝手に部屋に入ろうとした事に対して罪の意識を名取が感じているのを見て取れた。

提督はそれを察してまた名取の頭を撫でながらこう言った。

 

「一応、それも基地の警備上気になってやったんだよな?」

 

「……」コク

 

名取は再び俯きながら頷いた。

 

「なら気にする事はない。お前は基地の仲間として当たり前のことをしただけだ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「本当も何も、もしお前がその事で後ろめたさを感じているのならそれは見当違いだぞ? 寧ろ俺はお前のその行動をよくやったと思っている」

 

「……大佐!」ギュッ

 

「……ん」(しまった少々甘やかし過ぎたか。軽巡の中でも特に名取は繊細だから扱いが難しいんだよな)

 

「名取は良い子だな。だからもう安心して眠ってもいいぞ」

 

提督はそう言って名取を何とか寝かしつけようとした。

夜はまだ長い、できる事ならもう少し至福の時を楽しみたかった。

 

「……また吸うんですか?」

 

「ああ。吸いたいと思っている。許して貰えるか?」

 

ここで嘘をつく事はできなかった。

この後も吸うなら今ここで名取の同意を受けておいた方がいいのは間違いなかった。

 

「分かりました。ちゃんと気を付けているならいいと思います」

 

「ありがとうなと――」

 

「でもお願いがあります」

 

提督がお礼を言い終わらない内に名取は思い切って切り出した。

 

「お、おタバコを吸い終わるまで……そ、その……大佐……と一緒に……」

 

そう言って名取は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら提督の服の裾を握った。

 

「勿論構わない。寧ろ願ったり叶ったりだ。名取、今日は俺の話し相手なってくれるか?」

 

「……はい!」

 

名取はその言葉に本当に嬉しそうに満面の笑顔を見せた。

 

―――

 

――

 

 

「名取、そういえばお前もこの基地の中では古参の方だったよな。確か電の次にここへ着任したのがお前だった気がする」

 

ソファーを窓側に動かして二人揃って腰かけた提督は、名取にそんな質問をした。

 

「あ……そう、だったと思います。確かに私の前に居たのが電ちゃんでした」

 

提督の肩にもたれてその腕を抱きながら名取は答えた。

 

「やっぱりそうか。その、他にもお前が来る前にいた奴らを憶えているか?」

 

「電ちゃん以外にですか?」

 

「ああ。いや、それに叢雲と初春も含めてそれ以外に、だ」

 

「そうですね……」

 

名取は指に手を当てて考え始めた。

 

「あ、北上さんと川内さんですね」

 

「ほう」

 

「大佐が言った三人を覗けばその二人が確かに私が来る前に先に基地にいたと思います」

 

(この自信がありそうな顔、どうやら間違いなさそうだな)

 

「北上と川内か……。あまり表に叢雲達はともかく、お前やあいつらはそういうのを表に出さないからつい忘れがちになってしまうんだよな」

 

「大佐はその人たちに何かご用なんですか?」

 

「いや、昔の事をここで思い出していてな。俺がここに着任したばかりの頃は誰がいたかな、って」

 

「そうだったんですか……」

 

名取は提督の言葉に自分も昔を思い出したのか、懐かしそうな顔をした。

 

自分がこの鎮守府に着任した時はまだ自分を含めて艦娘は6人しかいなかった。

丁度一艦隊の編成分だ。

あの頃、あの場所にいた6人が『主力』という意味ではなく、『最初』といういみでの第一艦隊……。

 

(あの頃は鎮守府近海の任務をこなすだけでも精一杯だったなぁ……)

 

名取は今では余裕をもってこなせる任務も昔は未熟だったこともあって苦労していた事を思い出してた。

 

「大佐」

 

「うん?」

 

「あの頃、まだわたしが来たばかりの頃って艦隊の旗艦って誰でしたっけ?」

 

「旗艦か、そうだな……強さだけで言えばお前達軽巡組の3人の内誰かだったと思うが……」

 

「ふふ、軽巡は正解です」

 

「答を知っているのか?」

 

提督は意外そうな顔で名取を見た。

それに対して名取は少し自慢げに

 

「はい」

 

と元気に返事をした。

 

「ふむ……もしかして名取、お前か?」

 

「正解です!」

 

名取はそう言って嬉しそうにより強く提督の腕を抱きしめた。

 

「そうかお前だったか……」

 

「今は流石に他の子たちの練度の差とかもあって務める事は殆どないですけど、あの時のわたし、頑張っていたんですよ」

 

「そうだな。泣き虫の割にはよく頑張っていたと思うぞ」

 

「た、大佐っ」

 

名取が顔を赤くして抗議した。

 

「はは、悪い。だがお前はよくやっていたと思うぞ?」ポン

 

「ん……その言葉、あの頃に聞ければもっと頑張れたのにな……」

 

名取は嬉しそうにしつつも、少し複雑そうな表情で提督の手の温もりを喜びながらそんなことをポツリと言った。

 

「名取……待たせたな」

 

提督は今と違って自分と艦娘との間に心の壁を作っていた頃を思い出しながら言った。

 

(そういえばあの頃の名取は今ほど俺に懐いてはいなかった気がする。何か指示を出す度にビクビクして、俺はその度に何か気に障る事をしてしまったのかと悩んでいたっけな)

 

「大佐……」

 

名取が不意に提督の事を呼んだ。

声が明らかに緊張していた。

 

「ん?」

 

「す、好き……」フルフル

 

「……ありがとう」

 

提督は顔を真っ赤にしながらも勇気を出して告白した名取を優しく撫でながらそう言った。




もう1年近く前の事なので全く覚えてませんが、記録を見るに自分の艦隊の初期メンバーはこんな感じだったはずです。

普通の人と比べて明らかに偏った遊び方をした筆者でもここまでこれた上に課金要素も皆無なこのゲーム。
人気を博した今となってはアンチの方もいろいろいるみたいですが、自分はやって良かったと心から思ってますねぇ。

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