提督の憂鬱   作:sognathus

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浜辺に二人の人影があった。
一人は提督、もう一人は鳳翔。
二人は共にに水平線をのんびりとした様子で眺めていた。


第27話 「独占欲」

「もう11月ですね」

 

「ああ」

 

「季節はもう秋なんですねぇ」

 

鳳翔はそう沁み沁みと語るが、二人の前に広がっている光景はというと……。

 

ザザーン……サァ……。

 

穏やかな風と波の音、そして眩しい程の太陽の光が海面に反射して輝く南国の光景が相変わらずそこにあった。

 

「……」

 

「……日本ではな」

 

提督はそうポツリとそう呟いた。

 

「こ、紅葉の代わりに夕暮れでも楽しみませんか?」(しまった。上手く誘ったつもりが……!)

 

「秋は夕暮れ、か。だが此処では夕暮れというより夕日という言葉の方が合っている気がするな」

 

「ゆ、夕日だって夕暮れにしか見えないのですから同じですよ! ね? 大佐?」

 

「ん、ああすまん。気を遣わせてしまったか」

 

「いえ、いいんですよ! せっかくの非番の日に私にお付き合い頂いているんですから」

 

その日鳳翔は非番だった。

基地の敷地内で運営している喫茶店で使う食材の買い出しに出かけようとしたところ、それを偶然見かけた同じく非番だった提督が自分から荷物持ちを買って出たのだった。

正直、人間より優れた身体能力を艦娘である鳳翔にとって多少の荷物は平気という自覚はあったが、それでもこの好機は逃す事はできなかった。

 

こうして上手く軽いデート気分を味わう事に成功した鳳翔は、その雰囲気をより楽しむ為に買い物の帰りに浜辺の散歩を提案したのだった。

 

「荷物を持ちを買って出たのは俺の意思だ。そう気にするな。それより」

 

「はい?」

 

「夕日を楽しむのは良いとしても、このまま夕暮れまで待つつもりじゃないだろう?」

 

「あっ……」

 

確かに今の時刻はまだ正午過ぎ。

夕暮れを楽しむにはまだ少し時間があった。

 

「そ、そうで……すね」

 

二人きりの散歩に浮かれて当たり前のことに気付けなかった恥ずかしさと、楽しい時間がもう直ぐ終わってしまうという残念な気持ちも相まって鳳翔から出る声も自然と気落ちしたものとなっていた。

 

「荷物を置いたらまた来ればいい」

 

「え?」

 

鳳翔はハッとして顔を上げて提督を見た。

 

「確か今日の仕込みは大淀だっただろう? 時間ならあるじゃないか」

 

「基地に戻ってもお付き合い頂けるのですか?」

 

嬉しさに僅かに震える声で提督に確認する鳳翔。

 

「お互い非番なんだ。今日はお前と散歩でもしながらゆっくりしようと思っていたところだ」

 

「大佐……」パァッ

 

「それにこう日差しに当たっては手持ちの食料も傷むかもし――」

 

ガシッ

 

提督は不意に腕を掴まれる感触に振り向いた。

するとそこには期待と喜びから顔を紅潮させた鳳翔の顔があった。

 

「ん?」

 

「帰りましょう」

 

「は?」

 

「帰りましょう。直ぐに。そしてまた直ぐに散歩に行きましょう」

 

「あ? ああ……」

 

(あの鳳翔が……いかんな。女性を見た目から性格を判断するのは悪い癖だな)

 

提督は鳳翔の積極性に意外に思いつつも内心自分の先入観を反省するのだった。

 

 

――それから2時間後。

 

「いい、気持ちですねぇ♪」

 

「そうだな。ワンピース着てきて良かったじゃないか」

 

「ええ。最初に大佐に勧められた時は実はちょっと迷いましたけど、でも実際に着てみるとこれにして良かったと思います♪」

 

鳳翔はそう言って微笑むと、着物姿では味わえない心地よい潮風と暖かな日差しを全身に感じて楽しんだ。

 

鳳翔は、基地を出る前に提督からどうせプライベートで外に出るのだから、こいう時くらい服装もより外の環境を楽しめるものが良いのではないかと勧められたのだった。

一応私服も持ってはいたが、提督と仲良くなるまでは基本的に私服を親しい仲間以外の前では使うことのなかった鳳翔は、最初提督のその勧めに気恥ずかしさから逡巡した。

だが今この時がそうある機会でないことも事実だったので、思い切って提督の勧めを受けたのだった。

 

「似合っているぞ。そういう服も持っていたんだな」

 

「あまり着ることはないんですけどね。流石に此処の気候だと少しは……って」

 

「確かにな」

 

「大佐はなんで私服を着てこなかったんです?」

 

「俺もあるにはあるがお前と同じで少なくてな。その上その服をクリーニングに出してから取りに行くのを忘れてしまってな」

 

「ああ、だから……」

 

鳳翔は納得といった表情で提督の姿を改めて見た。

軍服こそ来ていなかったが、その出で立ちは上着を脱いで上半身がシャツだけとなったラフな格好だった。

 

「大佐」ソッ

 

「ん、いいのか?」

 

鳳翔はポケットからマッチを取り出して提督に喫煙を促した。

 

「ふふ、そのつもりで後ろのポケットに煙草を忍ばせたのではないのですか?」

 

「……まぁ、こう気持ち良いとついな」

 

「遠慮されなくていいですよ。健康を害してしまうほどお窘めにならなければ私からは何も言うつもりはありません」ニコ

 

「ありがとう。ん……」

 

「どうぞ」シュッ……ボ……ジジ

 

「……ふぅ」

 

「美味し……気持ち良い? ですか?」

 

「どっちも正解だ。情けない事にな」

 

提督は苦笑しながら答えた。

 

 

「っ……ふぅ……」

 

提督が二口目を含んだ時だった。

 

(あら?)

 

鳳翔は提督の胸元に首飾りのような物を確認した。

 

「大佐、それは?」

 

何となく気になって鳳翔は提督の胸元を指さしながら訊く。

 

「ん? ああ、これか」ジャラ

 

「あ、認識票ですか。え、二つ……?」

 

鳳翔が言った通り提督は認識票を二つ下げていた。

一つはおそらく自分のものだろう。

ではもう一つは……。

 

「ああ、もう一つは俺の友人のだ」

 

「え、それって……」

 

悪い事を聞いてしまったと、鳳翔は申し訳なさそうな顔をした。

 

「いや、気にしなくていいぞ。これの持ち主はちゃんと生きてる」

 

「え?」

 

「陸軍の友人だが、少し前に軍を辞めてな。送別会の時に一緒に飲んだ時に記念にと言ってくれたんだ」

 

「認識票をですか? 殉職されない限りは普通は軍に回収されるはずじゃ」

 

「これはレプリカだ」

 

「レプリカ?」

 

「ああ、わざわざ俺にくれる為に作ってくれたらしい。勿論バレたら厳罰ものだ」

 

「レプリカ……厳罰……大佐、それちょっと見せてもらっても?」

 

「ああ、いいぞ」ヒョイ

 

「ありがとうございます。あ……」ジャラ

 

提督から認識票を受け取った鳳翔はあることに気付いた。

 

「これの持ち主の方って女性の方だったんですか」

 

鳳翔の言葉を聞いて提督は軽く驚いた顔をした。

 

「よく分かったな。一応俺以外は分からないように友人が予め名前や認識番号の一部を削り取っていたはずなんだが」

 

「あ、いえ。勘です」(裏に住所と電話番号が手書きで……)

 

「大佐」

 

「ん?」

 

「もし、もしよろしければ」(もし大佐が妙な鈍感を発揮してこれを見ていなかったら……)

 

「なんだ?」

 

何か後ろめたい事でもあるかのようにモジモジしながらなかなか出だせないでいる鳳翔を提督は不思議に思った。

 

「このご友人の認識票、私に……」(上手くすれば……)

 

「何?」

 

今度こそ提督は意外そうな顔をした。

流石に鳳翔がそんな要求をしてくるとは予想外だったからだ。

 

「あ、いえ! ただちょっと珍しくて本当に大佐さえよければでいいんです! へ、変な事をお願いしてしまってすいません! や、やっぱりいいで……」

 

「ふむ……」

 

提督は慌てて自分の希望を取り下げようとする鳳翔を見ながら友人からこれを貰った時の事を思い出した。

 

 

『これは?』

 

『見りゃ分かるじゃん。認識票』

 

『いや、お前軍を辞めたんだろ。これは』

 

『複製したんだよ』

 

『レプリカか? おいおい、もしバレたら……』

 

『提督君だったら言わないっしょ? 大丈夫だって一応名前とか認識番号の一部は削ってあるから』

 

『だからってな……。あと、提督君はやめてくれ』

 

『お別れの記念だと思ってよ。ねっ』

 

『ふむ……分かった。じゃぁせっかくだから』

 

『良かった! まぁあくまで記念だしレプリカだから適当に扱っていいからさ!』

 

『まるで俺が失くす前提のような言い方だな』ムッ

 

『あはは。それは、どーかなー? ま、とにかく貰ってくれてありがとね!』

 

 

「……」

 

「大佐?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「え? ほ、本当ですか!?」

 

提督の言葉に心の底から驚いたような声をあげると、程なくして何故か何かに安心したような穏やかな表情をした。

 

「ああ、友人も適当に使ってくれとか言っていたしな。勿論そんなつもりはないが、お前なら大事に扱ってくれるだろう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「そんなに嬉しいか?」(随分大袈裟に感謝するんだな)

 

「あ、貰えるとは思ってなかったので」

 

「まぁそこはお前を信用してる証だとでも思ってくれればいいさ」

 

「大佐……ありがとうございます。本当に」

 

鳳翔は内心自分の行動を卑劣だと嫌悪しつつも少し安心していた。

提督が誰とでも付き合ってくれるとは言ってくれたとはいえ、やはり人間の女性には強い優位性があると思う。

だからなるべくは、そう言った強敵は、できれば少なくあって欲しいという鳳翔なりの秘めたる独占欲だった。

流石にこれを廃棄したりなどは間違ってもするつもりはないので、敢えて隠したりもせず大事に保管するつもりだが。

できれば本人にはこの事は気付かないでいて欲しい。

 

鳳翔は提督に感謝しながらもそんな事を複雑な気持ちで考えていた。




ちょっと黒い鳳翔さんでした。
この通り悪い事をしてしまったと思いつつも、提督が好きな気持ちは凄く強く秘めているというイメージが彼女は個人的にあるんですよね。

まぁ、友人の方もアクティブそうな方なので提督がまさか贈り物を貰ってからずっと認識ん票の裏の事に気付いてなかったと知れば、相応の反応をしそうですしw

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