厳しく辛かった訓練をついに最後の日まで耐え抜いた武蔵はその日、大将から呼び出しを受けました。
コンコン
『武蔵です』
「入れ」
ガチャ
「失礼しま――」
武蔵は息をのんだ。
というのも部屋に入った瞬間自分の視界にあるものが飛び込んできたからだ。
いつも通りといった風に椅子に座る大将の傍らに二人の艦娘と思しき女性が二人控えていた。
(見た感じ二人とも戦艦なのは間違いない。だが、誰だ? あんな二人、私は知らない。大和型……ではないな)
「どうした?」
「あ、いえ!」ビシッ
「ああ、後ろのこいつらか」
「……は、はい」
「初顔合わせだったか。まぁ基本的に表に出ることは殆どないから知らないのも無理はないな。二人とも、名乗れ」
大将に言われてこれまで無言だった二人が無表情のまま口を開いた。
「……駿河」
「近江です」
機嫌でも悪いのか何処となく仏頂面をした駿河と近江は、挨拶もなく文字通りただ名乗っただけだった。
「なんだ、それで終わりか?」
「……申し訳ないです。今日はちょっと……」
「虫の居所が悪いんだ……」
「……ほう?」ギロッ
3人「!!」ビクッ
大将がきつい眼光で駿河と近江を睨む。
その鋭さと威圧感に、不可抗力で武蔵も委縮して思わず背筋を正した。
「こいつにほぼ付きっ切りで訓練に付き合ってたから嫉妬したのか?」
「う……」タジ
「あ……う……」タジ
どうやら図星のようで、二人は言葉が出ない様子だった。
「……まぁ今回は大目に見てやる。せっかくの武蔵の門出だからな」
「……す、みません」
「失礼しました!」
「え? あ……ありがとうございます!」
「武蔵はそう硬くならなくていいぞ。別にお前まで叱ってはいなかっただろう?」
「あ……はい」
「だがお前達は次は無いと思えよ? 自分より立場が下の者でも決して礼は失する様な真似はするな。分かったな?」
駿河・近江「はっ!」
(やっぱりこの人怖い……)
「うむ。というわけで武蔵よ、せっかく自分の家に帰れるという日に呼び出して悪かったな」
「あ、いえ! とんでもございません!」
「ふっ、そう畏まるな」
「あ、はい……すみません」(この人も笑うのか)
「ん? なんだ、俺が笑うのがそんなに珍しいか?」
大将は武蔵の僅かな視線だけでその意を悟ったようで訓練の時とは想像もできない程の砕けた表情で訊いてきた。
「え!? あ、あ……」ブルブル
「おいおい、そう怖がるな。今は訓練をしているわけじゃないんだ。ああいう顔は必要な時だけにしかせんぞ」
「駿河……?」ヒソ
「うん。大体いつも眉間に皺よってるよな……」ヒソ
「……ん?」
駿河・近江「!!」ビシッ
「まぁそういうわけだ。別に怒ってはいない。俺が今日お前を呼んだのは。単純にこの訓練を耐え抜いたのを褒める為だ」
「あ、ありがとうございます! 勿体ないお言葉です!」
「大袈裟だな……いや、実際に受けた者からしたらそれくらいの気にもなるか。まぁいい、頑張ったな」
「はい! ありがとうございます!」
「言いたかったのはそれだけだ。あとは大手振って堂々と家に凱旋するといい。きっとお前の成長ぶりに基地の仲間は驚くだろう。よし、話は以上だ達者でな」
「頑張ってね」フリフリ
「さっきはごめんな」フリフリ
大将の話が終わると共に駿河と近江が謝罪と激励の言葉を贈った。
「本当にお世話になりました! では、これで失礼致します!」
バタン
「……ふぅ」
ようやく緊張を解き、安どの息を吐いていると。
「お話終わった?」
と、武蔵に声を掛ける者がいた。
「大和……」
話が終わるのを扉の外で待っていたのだろう、大和が微笑みながら佇んでいた。
「ああ、終わった。やっとこれ……鍛えてもらってやっとはないな。これで堂々と自信をもって大佐の所に帰れる」
「頑張ったわね、本当に」
「ああ、ありがとうな」
「あら? 私は別に何もしてないわよ?」
「いや、疲れて挫けそうになっている私を見る度に励ましてくれたじゃないか。あれには結構助けられたぞ」
「……本当に素直な『武蔵』ね。そんなに真正面から感謝されたら照れちゃうじゃない」
「ふっ、『ここの武蔵』はそんなに素直じゃないのか?」
「どうかしら。大体は同じだと思うけど……でもこっちの武蔵の方があなたと比べて少し意地っ張りかな」
大和はワザと意地悪い顔で武蔵を見つめながらそんなことを言った。
「おいおい、それじゃあ私も意地っ張りみたいじゃないか」
武蔵もそんな大和の誘いに乗って苦笑混じりといった顔で応じた。
「ふふっ、別に違わなくもないんじゃない? だって訓練を耐えたのはプライドを守る為でもあったんでしょ?」
「……それは否定できないな。だがそれだけじゃないぞ」
「大佐の為?」
「当たりだ」
「彼を守りたいのね」
「ああ」
武蔵はこの言葉にも恥じらったりせず、堂々と応じた。
そんな彼女を見て大和も真面目な表情になると、真っ直ぐに武蔵を見つめながらこう言った。
「……大丈夫。この訓練に耐えた成果は必ずあなたの役に立つわ」
「私もそう確信している」
二人はそう言って暫くお互いに偽りのない答えと視線を交らせ合った。
「……」
「……」
「……よし、激励の言葉はこんなものかな」
「ああ。世話になったな」
「基地まで送っていくわ」
「いいのか?」
これでお別れだと思っていた武蔵は、予想外の言葉に意外そうな顔をした。
「そのつもりでここで待っていたんだもの。中将にも許可は取り付け済みよ」
「ありがとう、本当にな」
「どう致しまして。 さ、最後にのんびりと二人で海を散歩しましょうか♪」
「ああ!」
こうして大和に送られた武蔵は無事、一週間ぶりに大佐の鎮守府に帰りました。
一週間ぶりに提督に会った武蔵は、会えなかった寂しさから彼に抱き付くといった以前の彼女ならありがちだった衝動的な行動もせず、少し涙を滲ませながらも朗らかな笑顔で提督に帰還の報告をしたそうです。