提督の憂鬱   作:sognathus

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突然の武蔵の訪問後、彼女を執務室で迎えた秘書艦の不知火は何処となく不満げな顔でした。
素直になりつつある不知火は、その不満の原因になっている疑問を押し隠すことなく提督に質問しました。


第17話 「天獄」

「大佐、二つお聞きしたいのですが」

 

「明石が不機嫌な理由は想像に任せる。本部の武蔵がここに居るのは遊びに来たからだそうだ」

 

「なるほど……」

 

不知火はあくまで冷静な顔で納得したが、その実心中は嫉妬の炎が渦巻いていた。

何故ならーー

 

「大佐! 久しぶりだと言うのに反応が薄いぞ! ほら、もっと喜べ!」ムニムニ

 

先程から凶悪な風船を愛しの提督に我が物顔で押し付けてる目の前の戦艦が癇に障ってしかたないからだった。

 

「武蔵、俺はお前が来る事を知らなかったんだが」

 

「それは当然だ! お忍びサプライズというやつだからな」ムニィ

 

「押し付けるな」

 

「……ッ」ギリ

 

不知火は歯噛みした。

何故自分にはアレがないのだろう。

 

「遠慮するな。触っていいのはアイツと大佐だけだからな!」グニグニ

 

「俺は仕事中なんだ。風紀が乱れる。やめ――」

 

「やめてください。大佐が困っています」

 

ついに我慢できなくなった不知火が介入してきた。

 

「んん? まぁ固い事は言うな。これは遠く離れた本部から来た私なりの大佐への労いだ」

 

「なんで俺が労われるんだ。普通は逆だろう」

 

「お? 大佐は私を労ってくれるのか?」

 

挙げ足を取ったと思ったのだろう、これを機に更に自分の望む展開に運ぼうと言う魂胆が見え見えの勝ち誇った笑みを武蔵は浮かべた。

 

「そうだ。不意とは言え、わざわざ本部から来た客人をもてなさないのでは、この鎮守府の提督としての沽券に拘わるからな。不知火」

 

「はい」

 

「客人にお茶と菓子を」

 

「分かりました」

 

「ん、私は別にそういうのはいらないぞ? 大佐と話していれば……」

 

「だからそういうい訳にもいかないと言っているだろう。仕事中だ。不知火、頼んだぞ」ポン

 

「……はい。失礼します」

 

バタン……テテッ

 

部屋を出る前に頭を撫でられた不知火は、少し紅潮した嬉しそうな顔で部屋を退出した。

その直後、嬉しさを押さえきれなかったのか足取り軽く小走りで廊下を行く足音が聞こえた。

 

 

「なぁ大佐」

 

「ん?」

 

「なんでさっき不知火の奴の頭を撫でたんだ? 敢えて必要な場面でもなかっただろう?」

 

「本当にそう思うか? これでも機微には聡いつもりなんだが」

 

「……なぁ」

 

「お前は撫でん」

 

武蔵が言い切る前に提督は即答した。

 

「な、何故!?」ガーン

 

「客人としてはもてなすが、問題児を甘やかすほど俺は優しくはない。分ったら茶が出るまでそこで大人しくしてろ」

 

「むぅ、茶が済んだら構えよ?」

 

「済んでかつ、俺の仕事が終わってたらな」

 

「午前の仕事の書類はそんなに多くは見えなかったからな。誤魔化そうとしても分るからな」

 

「……まぁ、大人しくしてろ。言った事は守る」

 

主導権は全てこちらが握っていると思っているのだろう。

余裕綽々の武蔵を尻目に提督は何故か始終涼しい顔だった。

それもそのはず、提督にはある勝算があったのだ。

 

 

「美味い! なんだこれは!? こんな美味いアイスは初めてだ!」

 

目の前に出されたアイスを夢中で頬張る武蔵を提督と不知火は少し呆れた目で見ていた。

 

「不知火、少し割に合わないがお代りは絶やさないようにしてくれ」

 

「了解しました。上手くいきましたね」

 

「ここのアイスは好評だからな。ましてやそれを満足いくまで出されれば時を立つのも忘れるというものだ」

 

「でもやはり、このまま出し続けると言うのは……」

 

不知火が少し不安そうな顔をして提督に聞いた。

 

「大丈夫だ。人には必ず許容量というものがある。いくら美味しくていくらでも食べられる気でも、そういう奴に限って自分の限界に気付かないものだ」

 

「? どういう事です?」

 

「まぁ、その内分かる」

 

その時の不知火は提督の言葉の意味を理解できなかったが、暫く後直ぐにその意味を知る事となった。

アイスの美味しさに夢中になり自分の限界に気付かずに食べ続けた武蔵は、提督の予想通り途中で軽度の低体温症と腹痛に見舞われたのだった。

 

結局武蔵はその日ほぼ一日を医務室で過ごす事になった。

 

 

これでやっと提督に甘えられる。

 

「~♪」

 

昼休み仕事も終わった提督と幸福な過ごす為に不知火は意気揚々と執務室に向かっていた。

しかし、現実はそう理想通りにはいかなかった。

挨拶と共に不知火の目に入って来た光景には……。

 

ガチャ

 

「失礼しま――」

 

長月「大佐! 最近新人ばかりに構って私の事を忘れてないか? いや、いいんだがな。でもちょっとは気にしてもいいんだぞ?」

 

菊月「待て。それを言うなら私もだ。そして、私は長月の様に自分の心を偽ったりはしない。提督、構え!」

 

初風「ちょ、ちょっと! 少しは新人に気を遣ってくれてもいいじゃない!」

 

三日月「た、大佐。み、三日月もその……し、失礼します!」ダキッ

 

朝潮「三日月さんやりますね……私も負けてはいられません!」ギュッ

 

浜風「大佐……ここは、浜風に……」ポッ

 

夕雲「大佐? 夕雲にも甘えていいんですよ?」ソッ

 

提督「……お前達、ここは休憩所じゃない」

 

最近構って貰えてなかった者、積極的に提督にモーションをかける者、執務室は複数の既存、新米の駆逐艦が集う託児所の様な形相を呈していた。

 

「くっ、何故……」

 

「ありゃぁ、今日は満員だねー」

 

がくりとうなだれる不知火の後ろから声がした。

 

「秋雲……」

 

「そんなお前もか、みたいな目で見ないでよー。ま、目的はそうだけどさ」

 

「あなたもあの中に入るつもりですか?」

 

「んん? 『も』ってことは不知火も?」

 

「いえ、私は……」

 

「そか、安心した。じゃ、今日は秋雲頑張っちゃおうかなー?」チラ

 

不知火の言葉を聞いてわざと意地悪い顔で秋雲はそんな事を言った。

 

「……」ピクリ

 

「……秋雲、何故あなたはそんなに自信有り気なんですか?」

 

「えー? だって、ヌイヌイが参戦しないのはやっぱ大きいっしょー?」ニヤニヤ

 

「……挑発しているのですか?」

 

「さぁ? ま、参戦しないならその方がいいけどね。それじゃーー」

 

「待ち……待って。私も、行き……ます」

 

「うん。そうこなくっちゃ。素直になるところを誤っちゃダメよー?」

 

秋雲は嬉しそうな顔で不知火の参戦表明を歓迎した。

 

「もう、あなたには敵いませんね」

 

「それはこの勝負の結果次第でいいんじゃない? それじゃ」

 

「了解しました。負けません」

 

「行ってみようか!」

 

「「大佐!」」

 

 

 

所変わって、海軍本部

 

「……」

 

大佐の鎮守府の武蔵は本部の武蔵と入れ違いで本部に研修に来ていた。

出迎えたのは訓練を担当する大将とその麾下の艦娘達だった。

 

「よく来た。お前か? 今日来る予定の研修生は?」

 

「はい。○○鎮守府所属の武蔵です。大将殿、今日から暫くよろしくお願いします!」

 

「……あの老体の教え子のか」

 

「え?」

 

「気にするな。よし、では早速訓練を始める。艦装を外してこいつらと手を繋いで沖に一日浮いてろ」

 

「は?」

 

一瞬何を言っているのか理解できない顔を武蔵はした。

 

「何を驚いている? 早く言う通りにしろ」

 

大将はそんな武蔵のそんな動揺を毛ほども気にしていない様子で命令した。

 

「い、いえ。指示に従わないつもりはないのですが。こ、これは艦娘の訓練と関係あるのですか?」

 

「勘違いしているようだから教えてる。ここでは心技体全てを鍛える。お前が言う艦娘の訓練というやつは『技」いわば、訓練の最終段階だ」

 

「……」

 

「まずは心と体だ。決して折れる事ない鋼の精神と屈強にして強靭な肉体に鍛えてやる。」

 

「……」

 

「覚悟しろよ? ここに来たからには結末は3つだ。途中で泣いて帰るか、運悪く訓練中に死ぬか……そして最後は一人前の兵士となるか、だ」

 

底冷えしてしまうような冷たい視線に武蔵は気付かない内に冷や汗を一筋流した。

なんだこの威圧感は? 人間か?

 

「 」

 

「分ったら。さっさとしろ! これ以上ごねたらお前だけ素っ裸でサメの餌にするぞ!」

 

帰りたい。

本部の訓練の噂は聞いていたが、ここまでとは予想していなかった武蔵は早速そう思い始めていた。

“ベテラン殺し”その噂は伊達ではなく、噂以上の地獄だった。




因みに本部の艦娘は全てこの大将の訓練を受けている設定です。
強いはずですね。

武蔵ガンバレ!

あと不知火可愛い。

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