提督の憂鬱   作:sognathus

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ある日提督は、海岸沿いに並んだ防波堤に一人座っている明石を見つけた。
なにやら考え事をしている様子だった。


第16話 「悩み」

「どうしたんだ? そんな所で一人で」

 

「あ、大佐……」

 

「何か悩み事か?」

 

「うん。まぁ……」

 

「相談なら乗るが、俺では話し難いか?」

 

「いや、どっちかというと大佐じゃないと駄目な悩み事です」

 

「ふむ?」

 

「……」

 

明石はまだ話すことを躊躇っている様子だったが、やがて決意したのか小さく息を吐くと大佐の方を向き話し始めた。

 

「実は、私の……工作艦としての存在意義についてなんですが……」

 

「む……」

 

「あ、もう分りました? そうなんですよね。私、実戦に参加するようになってからというものまだ1回も工作艦として艦の整備とかした事がないんですよねぇ」

 

「……」

 

提督は黙り込むしかなかった。

事実、明石の言った通りこの鎮守府では彼女に艦の整備を指せた事が本当に一度もなかったからだ。

やってもらった事と言えば……。

 

「エアコン、テレビ、パソコンやネットの接続、製氷機……思い出してみれば私って整備関連のお仕事と言えば基地の設備のお仕事しかしていないんですよね」

 

「確かに……」

 

「いえ、嫌じゃないんですよ? 整備自体は好きですし」

 

「ただ、こう艦に関わらずに設備の整備ばかりしていると工作艦として虚しいというか、他の道がある気がして……」

 

「明石……」

 

「あ、理由なら分かってますよ。資材ですよね?」

 

「ああ」

 

提督の鎮守府は資材に関しては常に弾薬以外は豊富な事は基地の所属員なら誰でも知っている共通の認識だった。

加えて高速修復罪や開発資材も潤沢にあるので、基本的に修理や建造に関しては手間を惜しむと言う考えがないのだ。

つまりそれは、艦の整備能力がある明石本来の存在意義を否定しているのと同意義でもあった。

 

元々修理に時間を全く使わない所為で入渠ではなく、今では完全に通常の入浴をする習慣まで艦娘達に就いてしまった鎮守府である。

修理完了後に意気揚々と入浴絵と赴く艦娘達を傍らで見つめていた明石の心情たるいや如何ほどのものであっただろうか。

 

「私、こんな艦ですから実戦でも戦力としては微妙じゃないですか。だから今の状況って私的にどうなのかぁって」

 

「そうだな……」

 

「大佐、私これからもここに居ていいのかなぁ」

 

明石はそう言って再び虚空を憂いで満ちた瞳で見つめた。

中々に深刻な状態だった。

も少しフォローが遅れていたらどうなっていたか分らない。

 

「明石、ハッキリ言って申し訳ないが現時点ではこの環境は変わらないと思う」

 

「はは……まぁそうですよね」

 

乾いた笑いが哀愁漂う雰囲気より増すなか、それを意識しつつ提督はヒヤヒヤしながらこう続けた。

 

「そこでだが、俺から1つ提案がある」

 

「提案?」

 

「そうだ。明石、お前、遠征部隊に参加してみないか?」

 

「遠征ですか……」

 

あまり興味がなさ気な様子だったが、それでもそこに自分が活躍する居場所があるかもしれないと思ったのか明石は僅かに身を乗り出して聞いて来た。

 

「それって編成の都合上余った枠に私が入るという事でしょうか?」

 

「ただ、それだけではない。遠征と言えども参加したメンバーに不測の事態が起こらないとも限らない」

 

「お前にはそんな事態が発生した時の保険という意味でも参加して欲しいんだ」

 

「……」

 

明石は再び考え込むように俯いた。

表情こそ窺えないが雰囲気事態は最初に彼女を見つけた時よりかは良い感じに思えた。

やがて暫くの後、顔を上げた明石はポツリと言った。

 

「一つ、確認せて欲しいんですが」

 

「なんだ?」

 

「それは命令ですか?」

 

なかなかに厄介な質問だった。

軍人としては命令の一言で終わるが艦娘と言えど明石は女性、単純な答でも気を遣えなければ機嫌を損なう事になる。

 

「……」

 

「ふふ、意地悪でしたでしょうか?」

 

明石は悪戯っぽい笑みを浮かべて提督を見つめている。

明らかに彼が考え込む様子を楽しんでいた。

 

「部隊にさっき参加して欲しいと言ったな」

 

「はい」

 

「あれは嘘だ。訂正する」

 

「……」

 

「あいつらを守ってやって欲しい。これは、俺からお前への頼みだ」

 

「……」

 

明石は黙って提督を見つめた。

瞳は何も語らないが、提督の答えを吟味している様だ。

 

「ふふ……仕方ないですね」

 

「受けてくれるか?」

 

「こう真摯に頼まれると断れませんよ」

 

「ありがとう。そして悩みに気付いてやれなくて悪かった」

 

「お礼なんて、それに誤るのは私の方ですよ。困らせるような質問をしてしまってごめんなさい」

 

「いや、俺も提督として気を配るべきだった。今回は謝るべきは俺だ」

 

「そ、そんな。そこまで言わなくても……」

 

提督に再び謝罪され、流石に明石は恐縮した様子だった。

だが、提督の言葉はこれでは終わらなかった。

続いて出て来た言葉は明石が予想もしなかったものだった。

 

「いや、ここはキッパリ謝らせてくれ。それでだな」

 

「あ、はい?」

 

「もしお前さえよければ罪滅ぼしとは言わないが、埋め合わせをさせて欲しい」

 

「う、埋め合わせだなんてそんな!」

 

「そんなに畏まらなくていい。軽い気持ちで受けてくれ。何処かに付き合えとか、何かが小物が欲しいとか。俺に出来る事なら応えさせてもらう」

 

「え、えぇ……参ったなぁ」

 

思わぬ攻勢(提督に自覚なし)に明石は困った顔をした。

 

(しまった、大佐の性格を考えてなかった。ここまで律儀だなんて)

 

「じゃ、じゃぁ思いついたら言います」

 

「ああ、それで構わない。ところでお前はまだそこにいるつもりか?」

 

「え?」

 

「特に用がないのなら、基地まで送るぞ」スッ

 

そう言って提督は明石に手を差し伸べた。

 

「あ……」

 

明石は頬を赤くしながらも嬉しそうにその手を取った。

 

「……大佐」

 

「うん?」

 

「埋め合わせ、これでもいいですよ」

 

「これって、今この事のか?」

 

「はい♪」

 

「お前がそれでいいなら構わないが、何かをしたと言う自覚がないんだがな……」

 

「それでも十分です♪」

 

提督は釈然としない様子だったが、彼と手を繋いなだ明石は嬉しそうな顔をしていた。

 

二人が基地への帰路に就いてから暫く経った時の事だった。

基地まで後数分というところで、海岸の方から何かが水を切り提督たちへ近づく音がしたのだ。

 

ズバババババ……!

 

「……ん?」

 

「っ、大佐下がって下さい!」

 

危機を察知した明石が素早く提督の前に立ち、近づいてくる音を警戒した。

 

(レ級か?)

 

提督は明石に守られながらそんな事を予想していたが、表れたのは全く予想外の人物だった。

 

ザパーン!

 

「よっ」

 

大きな水音と共に勢いよく堤防を乗り越えて来たのは……。

 

「大佐! 遊びに来たぞ!」

 

ムギュッ

 

「なっ……!」

 

「んぐっ……?」

 

明石が驚愕して固まっているのも気に留めることなく、その豊満な胸に提督の顔を抱きしめたのは海軍本部の武蔵だった。




登場人物が少ない時は発言者の表記を無くす事にしてみました。
人数が少ないのに毎回同じ人物の名前が出るのって妙な感じがしたので。
少しは読み易くなっていたら幸いです。

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