それは、ある鎮守府への査察。
久しぶりの出向任務に何処へ行くことになるのかと指令書を確認すると、提督の眉がピクリと動きました。
何処へ行くことになったのでしょう。
長門『こちら長門、大破した。撤退したい』
丁督「いいぞ、さっさと戻ってこい。沈むなよ? 沈んだら笑うからな」
長門『ふっ、死に様は笑われたくないな。了解した、敵を食い殺してでも帰還を約束する』
丁督「おう、その意気だ。他の奴らも長門の事頼むぞ」
翔鶴『この命に代えても。あ、でも沈んじゃったら私も一緒に死んだ方がいいですか?』
丁督「死にたかったら死ね。だが、それだと俺はちょっと悲しい」
長門『おい! 聞こえているぞ! 沈むか、バカ!!』
丁督「はっはっは! 大丈夫そうだな。待ってるぞ」
加賀『了解。帰ったら一発お願いしますね』
金剛『ハァ!? 何それズルいデス! 提督ゥ! ワタシも、ワタシも帰ったら――』
ブツッ
丁督「まぁ大丈夫だろ」
提督「......お前はいつもこんな無茶苦茶な指揮をしているのか」
丁督「無茶苦茶とはなんだ。これでも結構ちゃんとやってるんだぜ」
提督「どこがだ」
丁督「一隻も沈ませたことがない」
提督「……」ギロッ
丁督「相変わらず、頭の固い......いや、甘い奴だな」
提督「そう言うお前は本当に昔のままだな。粗暴で無礼で直情的なのは何も変わっていない」
丁督「変えるか阿呆。俺は俺のままで軍に尽くす、祖国を守る、こいつらを愛す」
提督「......少なくともその3点については俺も同意だ」
丁督「反論してきたら殴り飛ばすところだったぞ」ニヤ
那智「きさ......中佐殿、口を慎んで頂きたい。こちらは査察で来ているお忘れか」ワナワナ
丁督「我慢するな。ここでは自分を隠さず常に堂々としろ」
那智「っ、なら言わせてもらうが、貴様は――」
提督「那智、やめろ」
那智「大佐、しかし!」
提督「これがこいつのやり方であり、ここでのルールなんだ」
那智「っく......」
提督「上下関係なく隠し事はせずに本心で当たる、だったか?」
丁督「そうだ。それが俺の信条だ」
提督「そんな風だからいつまでも中佐のままなんだぞ」
丁督「出世に興味はない。俺が興味があるのは仕事とこいつらを愛する事だけだ」
提督「......全く」
丁督「そんな辛気臭い顔するなよ。俺は別にお前の事を嫌ってるわけじゃないぜ?」
提督「それは俺も同じだ。最初からある程度ぶつかる事は予想していたしな」
丁督「ははは、俺もだ。しっかしまぁ、まさかお前が来るとはなぁ」
提督「今の査察システムでは、有り得ないことじゃないさ」
提督(ま、もっともこいつに俺が当たった時点で、中将や彼女の息を感じる気はしないでもないがな)
○海軍新査察システム
従来は本部の高官が定期的に行っていたが、数年前に新しく就任した海軍の新総帥の改革によりその内容が大幅に変更された。
・これまで定期的に行っていた査察を抜き打ち的にも行うように追加。
・本部からのみ派遣していた査察官を各鎮守府の支部からも不特定に派遣するようにし、その評価の公正性を強化。
当初は、この改革に反対する者が多数いた。
その殆どが保身に焦る者達だったが、一部には密告システムにも捉える事ができるこの改革の危険性を心から心配する者も当然いた。
新総帥はそんな彼らに対して「異議のある者には任期満了額の退職金を以て解雇す」の決定を下し、反対意見を強硬に一掃した。
こうして残ったのは新たなシステムを心配しつつも、海軍に忠を尽くす事を誓うベテランの老幹部と、新総帥の意向に心から賛同し、海軍の健全性の維持に全力で努めようとする若手のみとなった。
提督の同期である中佐はそんな若手の中でも特に使命に燃える熱血漢であり、そんな彼には本部からある権限が与えられていた。
丁督「そういえばお前、この前に起こった艦娘の反乱事件知ってるか?」
提督「ああ......」
丁督「前々からあそこの鎮守府の評価内容が胡散臭いとは思っていたが、やっぱり事が起っちまったな。クソッ、出撃中でなけりゃな」
提督「前々から?」
丁督「ああ。お前だから言うけどな、俺は実は抜き打ちで査察ができる特務権限を本部から貰っているんだ」
提督「お前が......」
丁督「ただの勘だったが、本当にクソ野郎だったとはな。海軍の人事部は気の毒だぜ。あれだけ厳正に審査しててもああいうのが出ちまうんだからな」
提督「その権限とはどれほどのものなんだ?」
丁督「査察の時のみに限定されるが二階級上の扱いになる。つまり、俺は今中佐だから現状、本部以外のどこの鎮守府に行っても俺より上の奴はいなくなる」
提督「大将や中将はどうなる?」
丁督「そのレベルになると、本部の連中が選任で当たるらしい。ま、俺もあまり目上に威張りたくはないからその方が楽でいいけどな」
提督「なるほどな。査察は頻繁に行くのか?」
丁督「余程の事情がない限り、いつでも自由に行ける。公費、でな」ニヤ
提督「む......」ピク
丁督「察したか。そ。俺があまりにも縦横無尽に公費使いまくって粗探しするもんだから本部の連中から結構睨まれてる」
提督「なかなか昇進しない理由はそれか」
丁督「出撃任務ではしっかり成果も出してるからな。中佐で止まってるのはそういった事情の積み重ねで、妥当な状態ってやつだ」
提督「一体どれだけ査察を行っているんだ」
丁督「取り敢えず気になったところは全部だ。昼夜問わず行く。お蔭で今では俺は『鉄鯱』とか言われて一部の胡散臭い連中に嫌われている始末だ。ははは」
提督「......俺の所には来ないんだな」
丁督「馬鹿野郎。俺は、お前と親父と本部の一部、ああ、後、あのエリートだけは信じてるんだよ」
提督「面と向かって言われると照れるものだ」
丁督「へへ、数年ぶりに再開したんだ。照れるのも仕方ないぜ」
提督「なあ」
丁督「ん?」
提督「差し出がましい事だとは承知してるが、敢えて尋ねさせてくれ。あの長門は本当に大丈夫なのか?」
那智「......」
丁督「大丈夫だ。俺は、自分が直接指揮しない時は基本的に現地での判断は全部あいつらに一任している」
提督「指揮を全くしないのか?」
那智「なっ!?」
丁督「それくらいしても安心できるくらいには鍛え上げたつもりだ。伊達にここの基地の艦娘は“少数精鋭”で通ってるわけじゃない」
提督「だが、全く関知しないというのは流石に......」
丁督「問題ねーよ。ヤバいと思ったらあいつらからああやって通信がくるし、俺もそれなりの判断で動く」
提督「......正に鉄の絆だな。真似しようとは思えんが」
丁督「鉄だなんて色気のない言葉使うなよ。絆だ。それで十分だ。なぁ大淀?」
大淀「えっ? あ、はい......」モジモジ
提督「?」
丁督「実はな、ここにいる艦娘は全員建造で生まれたわけじゃない」
提督「なに?」
丁督「こいつらは全員、俺が査察した先で問題が有りと認めた後に、本人の希望で引き取った奴らだ」
提督「......」
丁督「まぁお前の想像通りヤることはヤってるが、その絆が強い理由も、もうお前なら判るだろう?」
提督「......」
那智「......」カァ
丁督「ま、唯一の例外はこの大淀と明石だけだ。お前の所もそうだろうが、こいつらだけは最初から俺の傍にいる」
丁督「だから俺もこいつらだけにはちょっと他の奴らと違って特別な思い入れがあるんだ」
大淀「提督......」ポ
提督「いや、うちには大淀はいないが」
丁督・大淀「えっ」
那智「......」
提督「元々配属される予定だったのかは分からないが、今の鎮守府に着任した当初は全部仕事は一人でやってたからな......ああ、やはりいなかったと思う」
丁督「大淀?」
大淀「そ、そんな筈は......どんな鎮守府にも必ず一人は“私”が充てがわれている筈ですが......」
那智「大佐、その事なんだが......」
提督「ん?」
那智「確かにうちにも最初は大淀はいたんだ」
提督「なに、そうなのか?」
那智「ああ。だが、その......さっきも言ってた通り、仕事を全部一人でこなしてたろ?」
提督「ああ」
那智「本部から戦闘参加許可が貰えず、仕事の手伝いだけが唯一の存在意義だった大淀は、大佐に存在を気付いて貰えなかった事に悲観に暮れてその......」
提督「まさか自沈......」
那智「いや、食堂で鳳翔と一緒に調理の手伝いをしているぞ」
提督「 」
那智「本当に気付いていなかったのか?」
提督「あ、ああ......」
丁督「マジ......?」
大淀「ひどい......」ウル
那智「私が言うのもなんだが、大佐は妙なところで鈍感が過ぎる......。機会があったら是非、彼女に声を掛けてほしいんだが」
提督「確約する」
丁督「当たり前だな」
大淀「当然です!!」
提督「......申し訳ない」
丁督「おい、那智」
那智「あ、はい」
丁督「さっきは悪かったな。ま、そういう事だから今後とも宜しくな」
那智「あ、いえ。こちらこそ先ほどは失礼しました」
丁督「いいっていいって。それとな、こいつ早く連れて帰ってくれ。大淀が不憫だ」
提督「いや、まだ査察が......」
丁督「特務権限が与えられている提督の鎮守府に問題があるわけないだろ。いいからさっさと行け。帰れ。帰って大淀とベッドインだ」
那智「おい」
大淀「提督それは......」
提督(言い返したいが、立場的に今は無理だな)
丁督「悪い、失言だった。ま、取り敢えず適当に済ませて早いとこ帰れよ。んで、機会があったら今度酒でも飲もうぜ」
提督「了解した」
コンコン
ガチャ
龍田「提督ぅ~、第一艦隊帰還したわぁ。長門さんのお帰りよ。もう凄い格好なんだからぁ」
丁督「ん。分かった直ぐ行く。じゃ、大佐そういう事だからちょっと失礼するわ」
提督「ああ」
丁督「用事が済んだらさっさと帰れよ。挨拶とかはいらねーからな」
提督「分かった」
丁督「......またな」
中佐はそういうと拳を提督の前に差し出してきた。
提督「ふっ......」
提督も同じく拳を突出し彼の拳に軽く当てた。
ゴッ
中佐は提督からその反応を受ける否や、それ以上は何も言わず、踵を返して長門を迎えに行った。
龍田「男同士の友情ってやつですかぁ~。素敵ねぇ♪」
提督「......ありがとう」
提督はその場にいた全員と、今日この機会を与えてくれた偶然(?)に心から感謝し、誰にともなくそう呟いた。
はい、ちょっと長くなりましたが、提督と中佐の話でした。
スタンスは全く違いますが、お互い信頼できる仲っていいですよね。
中佐の所は些かオープン過ぎる気もしますが。
あと、大淀可哀そう。