提督の顔は少し浮かない顔をしています。
一緒に迎えに着いてきた長門と弥生は、そんな提督の事が少し気になるようです。
提督「そろそろ着く頃だ」
提督はビットから腰を上げると、もう直ぐ艦が見えるであろう方角を眺めた。
長門「少将はどんな女性なんだ?」
傍らにいた長門がふと、そんなことを訊いてきた。
提督「家事以外は男の理想だと思う」
長門「......」
流石に答えが簡潔過ぎたようで、長門は困った顔をして黙ってしまった。
弥生がその様子に気づき、すかさずフォローをしてきた。
弥生「もう少し分かり易く教えて欲しい......」
弥生の要求に、自分の答えに非があったと即座に感じ取った提督は、少し考えるように昔を思い出しながら答えていった。
提督「そうだな......先ず、見た目は間違いなく美人だな」
長門「ほう」
弥生「……それで?」
一人は何かを期待するような顔で、一人はちょっとむっ、とした表情で次を促した。
提督「性格は基本勝ち気だが、分別はちゃんと着ける事ができるし礼節も弁えている」
提督「士官学校を首席で卒業するくらいには頭脳も明晰で、提督としての指揮判断能力は迅速かつ冷静そのものだ」
長門「凄いな。完璧じゃないか」
提督「その通りだ。家事以外の才能は非常に豊かな才女だ」
弥生「そんな人と、大佐はお付き合いしていたの......?」
提督「......彼女の一目惚れだったらしい」
提督は少し言い難そうにそう答えた。
その反応は未だにそれが信じられない所為なのか、答え方にも少し恥じらいのようなものを感じさせた。
長門「ロマンだな」
弥生「それは......皆にはあまり言わない方がいいと思う......」
提督「そうなのか?」
弥生「うん......。弥生も、出来れば知りたくなかった......かな」
長門「まあ気持ちは解る」
提督「どういう事だ?」
長門「一目惚れなんて言われたら、彼女が惚れた理由を論理をもって崩そうにも取り付く島がないじゃないか」
物騒な事言う長門に、少しむくれた弥生、そんな二人の様子に提督は僅かながら不安を覚えた。
提督「頼むからややこしい事にはしないでくれよ」
弥生「了解......」
長門「ふふ、腕が鳴るな」
提督「おい」
こいつだけ解っていない、どうするべきか。
提督がそんな事を考えていると、弥生が声をあげた。
弥生「あ、見えたよ。あれじゃない?」
弥生が指を指した方向に一隻の巨大な船影が見えた。
この距離ではっきりと視認できる程の大きさとなると、恐らく戦艦に間違いなかった。
長門「あれは......大和型だな」
提督「大和か......あいつらしいな」
程なくして巨大な戦艦が港に入ってきた。
艦から提督らしき女性が下りると、戦艦が白い光に包まれ徐々に人の形になっていった。
長門「武蔵か......」
提督(益々もって、あいつらしいな)
彼女「......久しぶりね」
眉目秀麗で華奢な体つき、長い黒髪を風に靡かせながら大和撫子を体現したような凛とした雰囲気を纏った女性が提督に話し掛けた。
提督「そうだな。5年ぶりくらいか」
対して提督は、相変わらず表情はいつも通りだが、少し硬く感じる声で応じた。
何やら彼女に後ろめたい事でもあるのか、距離も一歩引いているように見えなくもなかった。
彼女「そんなになるかしら」
提督「多分な」
そんな感じでまだ一言二言しか交わしていない最中に、強引に割り込んできた者がいた。
武蔵「少将の護衛艦の武蔵だ。おま......こほん。貴方がここの提督か」
提督「そうだ。大佐と呼んでくれ。護衛の任務ご苦労」
武蔵「......」ジッ
提督「なにか?」
武蔵「いや、やはりうちの提督の方が優れていると思ってな」
いきなり何を言い出すのか、武蔵はそんな事を言うと鼻で笑う態度をとった。
対する提督は、予想外の武蔵の態度に不意を突かれ、ポカンとするのみであった。
提督「は?」
長門「む......」カチン
弥生「へぇ......」ムカ
その態度には弥生どころか、長門も勘に触ったようだった。
彼女「ちょっと武蔵、失礼でしょ」
すかさず、彼女が武蔵の非礼を正そうとするも、武蔵は反省する素振りをみせるどころかこう応じる始末だった。
武蔵「あ、すまん。大佐を見たらつい、な」
長門「それはどういう意味だ?」
長門がついに怒った。
提督の鎮守府で一二を争う冷静な娘の逆鱗に触れた瞬間だった。
提督「おい、長門」
長門「大佐は黙っていてくれ。遠いところからわざわざご苦労だとは思うが、着いて早々私達の提督を貶める事を言われたのでは、腹も立とう」
弥生「......同意」
額に青筋を立てる長門に、弥生も石のような表情で長門の行動を肯定する意思を見せた。
非常にマズイ状況だった。
提督「弥生まで、こら待て」
武蔵「ふん、駆逐艦と老朽戦艦が何を言おうと痛くも痒くもない。わたしは事実を言ったまでだ」
対する武蔵は怯むどころか、挑発してくる始末だった。
長門「ほう。武蔵、長門型をあまり甘く見るなよ......?」
弥生「......駆逐艦だからって馬鹿にしてると後悔するよ......?」
長門の筋肉が膨張する。
普段はそんなに目立つことはないが、全身に力が入ると繊細な筋肉が隆起してくるのがよく分かった。
弥生に至っては目が完全に実戦になっていた。
最早、手加減という考えは最初から頭にないようだ。
提督「二人ともやめないか」(なんだ? 何故いきなりこんな挑発的な事を?)
彼女「武蔵、あなたいい加減にしなさいよ。約束を破ったら二度と一緒にお風呂入ってあげないわよ」
武蔵の狼藉についに怒った彼女が、おおよそ嗜める言葉とは思えない内容で武蔵を叱責した。
武蔵「えっ」ビクッ
その言葉を投げかけられた武蔵はまるで悪さを見つかった子供の様な反応をした。
長門・弥生「は?」
対する長門と弥生は呆気にとられるばかりであった。
提督(ああ、そういう......。よく見れば二人とも指輪をしてる)
武蔵「ご、ごめん。本当に無意識なんだ! 大佐を見たらつい対抗心が!」アセアセ
武蔵は態度を一変させ、今度は急に焦りながら彼女に言い訳を始めた。
纏っていた威圧的な雰囲気は元々なかったかのではと思わせるほどの豹変ぶりだった。
彼女「そんないいわけで納得すると思ってるの? 出発前にした約束を忘れたわけじゃないわよね?」
武蔵「忘れてない! 忘れてない! 本当にわざとじゃないんだ! 気付いたらムキになってたんだ!」
彼女「謝りなさい」キッ
自分より圧倒的な存在に対してそれ以上に圧倒的な存在だと誇示するかの如く、威圧を込めた眼で彼女は武蔵を睨んだ。
武蔵「う......」
その威力に溜らず武蔵はたじろぐ。
彼女「誰に、とまでは言わなくても分かるわよね?」
武蔵「はい......」シュン
まるで叱られた子供だった。
武蔵は、先ほどに比べて幾分小さく感じる背中を回してこちらを向き、謝罪をしてきた。
その眼には信じられないことに涙が浮かんでいた。
武蔵「大佐......」クル
提督「ん?」
武蔵「先程は大変失礼致しました。この通り平に謝罪申し上げます......」フカブカ
懇切丁寧な謝罪だったが、あまりもの急な展開に3人とも呆然とするしかなかった。
提督「......」
長門・弥生「......」ポカーン
提督「まあ、俺もそんなに気にしてないから顔を上げてくれ」
何とか平静を取り繕い、提督はそう声を掛けた。
提督「長門と弥生もいいな? これ以上は争うな」
長門「あ、ああ。了解した」
弥生「......仕方ないね」
提督の言葉に二人も我に返ったようだった。
表情こそ納得がいっていないが、謝罪の意思はちゃんと汲んでくれたらしい。
武蔵「あ、ありがとう! 恩に切る!」ダキッ
提督「うぐっ」
長門「おい」ピキ
弥生「ちょっと......」ムカァ
彼女「もう、武蔵! さっきからなにやってるのよ!? 早速ややこしい事になってるじゃない!」
収まりかけていた危機は、かくしてまた新たな局面を見せるのであった。
提督がストレスで死ななければいいですね。
ま、そこは武蔵と元彼女次第ですか。