私の長い……   作:零っち

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幸せになろう

「唯湖さん」

 

彼の呼ぶ声が聞こえる。もう今まで幾度となく呼ばれて来たが、まだ慣れてないようで、心臓が跳ねる。

 

いや、今日はまた特別だからかな。

 

「理樹君。着替え、済んだようだな」

 

振り返ると彼は少し頬を染め、狼狽する。

 

君も、いつまで経っても変わらないな。

 

「うん。唯湖さん…凄く綺麗だね」

 

「むぅ、君はまた何故恥ずかしげもなくそういう台詞を…」

 

照れ屋のくせにクサイ台詞はなんの照れもなく真っ直ぐに向けてくる。

 

「だって、唯湖さん花嫁衣装選ぶ時絶対着いてくるなって言うから今日初めて見たんだよ?」

 

「だから当たり前だ、と?」

 

「そりゃ大好きな人のウェディングドレスなんて、見たらこの言葉しか出ないでしょ」

 

ああくそ、大好きな人とかさらっと言うな。

 

「そういう理樹君こそ、タキシードがよく似合ってるぞ。さすが私の旦那様だ」

 

「ぶっ!きゅ、急にそういう言葉ぶっ込まないでよ!慣れてないんだから!」

 

「それはお互い様だろう」

 

ふふ、やっぱり理樹君は照れている方がいいな。

 

「…色々あったな」

 

今日挙式を上げる。そう考えると、これまでの事が目を瞑るだけで流れ込んでくる。

 

「うん…本当だね」

 

理樹君も同じようで、目を瞑って思い返しているようだ。

 

「そういえば、花嫁衣装はお義母さんと行ったんだよね?」

 

「ん?ああ、そうだが。ものすごくノリノリだったな」

 

「それも、昔なら考えつかないなぁ。唯湖さん、付き合ってから初めての正月覚えてる?」

 

ああ、あの時か…

 

理樹君は思い出して微笑んでいる。逆に、私は相当バツの悪い表情をしている。

 

 

 

 

 

それは高校二年生の大晦日が近くなってきた頃。

 

彼は放送室でまったりしている時、唐突に話を切り出してきた。

 

「ねえ、来ヶ谷さんは正月に実家帰ったりしないの?」

 

「なんだ急に?」

 

今までそんな話はしてなかったのに。

 

「というより、知っているだろう?私は…あそこから逃げるために全寮制のここに入学したんだ」

 

「それはそうだけど…でも、もう今の来ヶ谷さんはその時の来ヶ谷さんとは違うじゃない」

 

それは確かにそうなんだが…

 

それでも、あの時の記憶はやはり簡単には消えはしない。

 

「じゃあさ、僕も一緒に行くから、っていうのはどうかな?」

 

「はぁ?!」

 

な、何を言い出すんだ本当に!?

 

「何故そこまで帰らせようとするんだ?!」

 

「だって、彼女が親と不仲って嫌じゃない」

 

あまりのお節介焼き加減に軽くため息を吐く。

 

「…親に会うということがどういう事か分かってるか?もう私と結婚するしかなくなるんだぞ?」

 

「いやいや、その固定観念はよく分からないけど…でも、良いよ。唯湖さんとなら結婚したい」

 

「急に下の名前で呼ぶなぁ!」

 

「痛っ!」

 

恥ずかしさのあまり頭をはたいてしまった。

 

「今のは理樹君が悪い…」

 

「だって、未来の旦那様なら呼んで良いって…」

 

「そ、そんなもの、親から了解を得てからだろう!常識的に考えて!」

 

「なら、一緒に行っても良いってことだよね?」

 

は、嵌められた…。

 

 

 

 

 

「おかえりリズベス…って、この子は?!」

 

大晦日までは理樹君と学校で過ごし、その後実家へと帰省した。

理樹君を連れて行くことは内緒にして。

 

「ねえ来ヶ谷さん、もしかして言わずに来たの?」

 

「うむ、少々サプライズをと思ってな」

 

どうやら効果はてきめんのようだ。

 

「え、ええと、もしかしてリズベスの…?」

 

「えっと、はい。一応彼氏をさせて頂いてます直枝理樹です」

 

なぜそこまでかしこまる?もっと堂々として欲しいものだ。

 

「ほ、本当に?」

 

「はい」

 

「な、なんでまた?」

 

「はい?なんでって…「もういいだろう。上がってくれ」

 

やはり、帰ってくるべきじゃなかった…この人は何も変わってないんだ…

 

 

 

 

「ここの部屋を使ってくれ」

 

「う、うん…ねえ、来ヶ谷さん…」

 

「ゆっくりくつろいでいてくれ」

 

理樹君の言いたい事は分かった。分かったからこそ私は遮った。

今、君の優しさに触れるのは少し怖い。

 

 

 

 

 

「リズベス」

 

ああ、この声。あの束縛されていたかのような幼少時代が甦ってくる。

 

逃げ場も、安らぐ場所すらなかったあの日々が。

 

「彼に迷惑とかかけてない?あなた振り回したりしてるんじゃないの?」

 

ああ五月蝿い。煩わしい。あなたなんかに何が分かると言うんだ。

 

「何もないよ」

 

それだけ言い残して去る。

 

「リズベス…」

 

そんな声を出すな。

 

私を拒絶したのも、遠ざけたのも全てあなたのせいだろう。

 

それを今更…深入りしようとしてくるな。

 

 

 

 

 

「理樹君。コーヒーで良かったかな?」

 

「あ、うん。ありがと」

 

コーヒーを持って部屋に戻るとなに食わぬ顔でくつろいでいた。

 

正直さっき拒絶したことで愛想が尽かされるかもと思っていた。

…相変わらず私は後ろ向きな人間なんだな。少しは前を向けたかと思っていたのだが。

 

「あ、そうだ。来ヶ谷さんの中学時代のアルバムとかないの?」

 

「む?有るには有るが…そんなものどうするのだ?」

 

写真なんて見て楽しいものでもあるまいし。

 

「どうするって、来ヶ谷さんが中学の頃どんなのだったか見てみたいだけだけど」

 

「ふむ、なるほど。つまり理樹君は私のロリな姿を見てフーフー息を荒げたいと?」

 

「なんでそうなるのさ?!」

 

ふふ、慌ててる姿が可愛いなぁ。

 

「好きな人のアルバム見るのなんて普通のことでしょ!」

 

「ぬぁぁぁ!不意討ちはやめろと言ってるだろ!」

 

油断も隙もないやつだ。全く。

 

「ちょっと待っておけ、今持ってくる」

 

 

 

 

 

「へー、なんていうか今よりも無表情なんだね」

 

アルバムを眺めながら何の気なしにそう呟く理樹君。

 

無表情か…確かにな。

 

「はっはっは、この頃はクラスメイトからロボットだの化け物だの言われたものだよ」

 

「ロボットっていうよりお人形みたいだよね」

 

お人形か…不思議と言われた記憶がないな。

 

「あどけなさが残っててなんだか可愛いね」

 

「可愛くはないだろう。こんな無表情は…」

 

「そうだね。今顔を真っ赤にしてる来ヶ谷さんの方が可愛いかもね」

 

く、さっきから少し調子に乗りすぎだろ…。

 

「もうそろそろ晩御飯の時間だ。用意してくる」

 

すぐに仕返ししてやるから見ておけ…

 

 

 

 

 

二階の部屋から台所に降り、夕飯を作り終わってから部屋に理樹君を呼びに行くと、人の気配が二人感じた。

 

一人は理樹君。もう一人は…

 

「直枝さん、リズベスとはどういう風に恋人に?」

 

あなただろうと思ったよ…

 

「ええと、少し複雑な事がありまして…」

 

「なら、リズベスのどこを好きに?あの子少し変わってるでしょ?」

 

五月蝿い…私だってこうなりたくてなったわけじゃない…

 

「そんなことないですよ」

 

理樹君…?

 

「来ヶ…唯湖さんは、とても素敵で、純粋で、自分に正直な僕の一番大好きな人です」

 

理樹君…私は君を好きになって本当に良かったよ。君の言葉があるだけで私の胸は安堵で満たされる。

 

「良かったです…」

 

え…?

 

幻聴か…?今、あの人が良かった、と言ったように聞こえたが。

 

「私、あの子が心配で…全寮制の学校に行くって言ったときも上手くやっていけるのかって…」

 

心配、していたのか…

 

「そうなんですか…」

 

「はい。でも、直枝さんと居る時のあの子を見たらそんな心配は無意味だったのが分かりました。あの子、本当に楽しそうに笑っていて…」

 

そこから先は涙色が混じっていて聞き取りにくかった。

 

「そろそろ出てきたら?来ヶ谷さん」

 

「り、リズベス?居るの?」

 

バレていたのか…?侮れない男になりおって…

 

「……………」

 

誤魔化すことも厳しそうだったので渋々ドアを開けて部屋に入る。

 

「黙ってないで、何か言うことあるんじゃない?」

 

むぅ…この真性ドSめ…!

 

「まさか、心配してくれてたとは思ってなかった…」

 

「子供の心配しない親なんて居るわけないじゃない…ずっと心配してたわよ…いつもつまらなさそうに笑わなくて…」

 

確かに、心配してくれていたことはありがたい。

 

だが…

 

「笑わなかったのは、しょうがなかったんだ。笑い方なんて、知らなかったから…でも、もう大丈夫なんだ。私には、理樹君がいるから」

 

「うん…」

 

「だから、もう心配しないでいい…母さん…」

 

「うん…!」

 

 

 

そうして、私と母さんのわだかまりは雪融けの兆しを見せ、高校を卒業してからは買い物をすることもあった。

 

そうなったのも全て、理樹君のお蔭なんだな。

 

「ありがとう、理樹君…」

 

「ん、どういたしまして…」

 

お互いに言葉を交わすと、自然と顔を近づけあい…

 

「おーい、ご両人?お熱いのは良いことだが、口づけには早すぎるぜ?」

 

「きょ、恭介!?」

 

急いで理樹君から離れる。

 

邪魔者がいたか…

 

「お前らこの後もキスするのにまだしたりないのか?」

 

「鈴ちゃん、良いことじゃない二人ともすっっごく仲が良いってことだよ~」

 

「わふー!お二人はべすとかっぷるなのですー!」

 

「やははー、キース!キース!」

 

「ちょっと、葉留佳。静かになさい、マナーが悪いわよ」

 

「この場合、来ヶ谷さんが受け、でしょうか…」

 

「全く、直枝さんも来ヶ谷さんも挙式前くらい我慢してくださいまし」

 

「おおーん!理樹ぃー!結婚しても俺と遊んでくれよー!筋肉祭してくれよー!」

 

「いいや!ここは3人で絆スキップだ!」

 

恭介氏だけでなく、リトルバスターズ全員が控え室まで押し掛けてきた。

 

しかし、一人足らなくないか?

 

「理樹君、来ヶ谷さん。おめでとう!」

 

「あや!」

 

車椅子に乗っている金髪の少女。

 

彼女とは、色々あった。主に理樹君絡みでだが。

もしかして調子が悪くて来れなかったのかと思ったが、ただのサプライズだったようだ。

 

「二人も結婚かぁ…あたしも誰か見つけないとなぁ…」

 

「君ならすぐ見つかるさ。案外すぐ近くに、な」

 

そう言って恭介氏の方を見ると、少し顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

相変わらず意外と初心な反応をするな。

 

「さ、お前ら会場に戻るぞ。もうすぐ式が始まる。じゃ、楽しみにしてるぜ?」

 

騒がしい面々が居なくなり急に静寂が訪れる。

 

「…じゃ、僕も戻るね?」

 

「うむ。またすぐ会おう」

 

そう。すぐ会える。何も寂しいものはない。

 

「唯湖さん」

 

「ん?なんだ?」

 

「愛してる」

 

「私もだ」

 

きっと、君も同じ事を考えているだろう?

だから今ここで一緒に言葉にしよう。

 

「「幸せになろう」」

 

 

 


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