「あら、いらっしゃい。ここはルイーダの酒場。旅人達が仲間を求めて集まる別れと出会いの酒場よ」
何をお望みかしら、とルイーダさんに続けられた俺は、名簿の閲覧を希望した。流石に職業訓練がもう終わっているとは思わなかったが、少々気になることがあったのだ。
(さてと、そう言えばこの名簿を見るのは二度目だっけ?)
確か最初に閲覧を希望した時はバニーさんに声をかけられてかなわず、初めて閲覧したのはシャルロットへ呪文の使い方を指導して貰おうと、魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンを斡旋して貰った時だったと思う。
「想像はしてたが、訓練所を出たての駆け出しが殆どだな」
ゲームで名簿に載っていたのは、登録所で仲間として連れ出せるようにした者かデフォルトで登録されているキャラだけだったが、その辺りも踏襲されてるのか、人数も随分少ない。
(女性ばかりのパーティーってのも場合によっちゃあ、トラブルの種になるもんな)
ついでだからレベル上げの旅に男性メンバーを追加出来ないかと考えたのだ。決して、お姉さん達へのスケープゴートとかではない、ハーレムフラグは折ったのだから。
(うーむ、解っては居たけど本当に少ないなぁ。これはいっそのこと登録所で探して貰うのも……)
条件を満たしてるのは、戦士一人だけ。
(シャルロットの護衛やってる人達は連れ出せないし、他に方法もないか)
そもそも、先にこちらへやって来たはずのお姉さん達がどうなったかも聞く必要がある。
「職業訓練所のことなら私より登録所の人の方が詳しいわよ? あそこに卒業者の情報がまず行って、誰かが登録して初めてこちらにくるのだもの」
「やはりそうか」
「ええ。ジパング出身のお嬢さん達のことよね? そこのヒャッキが案内していったわ」
頷いたルイーダさんは、俺の返した名簿をしまうと酔いつぶれてテーブルに突っ伏している武闘家を示した。
(あー、居たなぁ。何故か随分久しぶりに見た気がするけど)
割と失礼な感想になってしまったが、他意はない。
「俺の知り合いだからか?」
「概ねイエス、ね。交易網の方で成果を出し始めてるみたいじゃない」
声には出さない無礼を誤魔化しながら問えば、肯定の答えと共に重そうな革袋が突き出される。
「そのお嬢さん達が置いていったわよ、あなたの報告書。今はお城かしら?」
「それで、これが報酬という訳か」
まだ利益が出るほど日数は経っていない、というか交易だって始まっていないと思うのだが、気前がいいというか何というか。
「正確には、支度金ね。生憎、ルーラでよその国までゆける人間だって、この国にはそう居ないもの。ルーラは使えても問題の国に行った事がないとか」
「なるほどな、つまり」
「ええ、あなたが王様と約束したお仕事の一つよ」
よりによってそれがこのタイミングで来るというのは、運命か、それとも。
「交易担当者の育成か」
「そうよ。駆け出しの魔法使いを何人か預けるから、最低でもルーラの呪文が使えるようになるまで育てて頂戴。あのお嬢さん達を訓練所へ向かわせたのだって、育てる為でしょ?」
「半分当たりで、半分はずれだな」
鋭いというか、やっぱりルイーダさんは侮れないと思うが、ここはそう答えなくてはならない。
「あら、半分って?」
「育てるのは俺ではない。呪文の使い手を育てるのに盗賊の俺では不適当だからな」
と言うか、灰色生き物ことメタルスライム狩りをするならドラゴラムで竜変身してからの殲滅の方がよっぽど効率がいい。
(つまるところ、スレッジの出番なんだよなぁ)
預かることになる駆け出し魔法使いさんとやらに俺が呪文を使えるところを見せる訳にもいかない以上、キャラ変更せねばならないのだ、面倒くさい。
(しかも、そうしたら俺は何をしてるんだ、って話になるし)
不在の理由を考える必要がある訳で、でっち上げた理由には信憑性を持たせなくてはならない。
「その間、俺は単独行動を取らせて貰う。見つけておきたい品があるからな」
「捜し物なら人を貸すわよ?」
「いや、不要だ。情報があやふやで探そうにも徒労に終わりかねんものだ」
予想はしていた申し出を辞退し、スレッジとの落ち合い場所と時間を伝えた俺は、その後ルイーダの酒場を後にする。
(さてと、当初と予定が随分変わってしまったなぁ)
嘆いても始まらないが、修正のしようはある。
「スー様、お話とは」
「実はな――」
とりあえず、職業訓練所に足を運んだ俺はクシナタさんを呼びだして事情を説明、他の者に渡してくれとキメラの翼を差し出した。
「訓練が終わったらそれでジパングへ飛んでくれ。顔は隠してな」
まず、始めにクシナタさんと駆け出し魔法使い、それと名簿に載っていた戦士の男にスレッジを加えたメンバーでジパングへ飛び、洞窟で灰色生き物狩りをする。
「この時、日に三度ほどジパングへ寄ろう。皆には、そこでこちらと合流して貰う」
駆け出しさん達の休憩と食料などの補充と言う名目だが、後でやって来るお姉さん達と合流するのが狙いであるのは言うまでもない。
「合流出来る頃には、初期参加メンバーなら足手まといにならないぐらいには成長している筈だ」
あとは、初期メンバーでお姉さん達のフォローをしつつ、戦い続ける。
「ただし、駆け出し魔法使い達には一定まで育ったところでアリアハンへ返って貰う」
人数が多いと効率も悪くなるし、ずっと音信不通はまずいだろう。
「国王やルイーダへの報告をして貰うと言う意味も有るが、アリアハンの情報も伝えて貰いたいところだからな」
返ってきた魔法使いが、シャルロット完治の情報を持ってくれば、レベル上げはいったん終了。
「シャルロット達と旅を再開することになるだろう」
駆け出し魔法使い達との待ち合わせに赴く前にバニーさんと話をしておく必要もあるが、この件についても俺はクシナタさんと話し合った。
「だいたいこんな所だ、では明日は頼むな」
「はい、承知つかまつりまする」
そして、夜は明け。
「うむ、良い天気になったのぅ」
次の日は快晴だった。
「あ、あなたがスレッジ殿でありますかっ?」
「何じゃい?」
投げられた声に振り返った俺が目にしたのは、女性二人と老人一人と言う構成の三人組だった。
「お初にお目にかかる」
「我々、国王陛下から交易の担当を仰せつかった者達であります」
「しばらくの間、宜しく頼むよっ」
順に頭を下げて三人が自己紹介をした数分後。
「おぅおぅ、遅れちまったみてぇだなぁ、俺はライアス。よろしくなっ?」
筋骨隆々の男が現れ、全員が揃う。ちなみにクシナタさんとは真っ先に合流済みである。
「何にしても、これで揃った訳じゃな? ならば行くとしようかの……ルーラッ」
「うおっ」
「きゃっ、これが移動呪も……きゃぁぁぁぁっ」
「ひっ、ひああああっ」
呪文を唱えて身体が舞い上がると、ルーラ初体験の方々から驚きの声や悲鳴が上がった。
(こんなのでルーラ会得出来るのかなぁ? ま、初めはこんなモノかぁ)
やたら怖がっている女性魔法使い二名に先が思いやられる俺だったが、これはまだ序章。
「そろそろ着地じゃぞ」
「え、あ」
「ちょっ、そんなこと言われたって」
地面が徐々に近くなってきたタイミングで警告を発しつつ、この後のプランを組み立てる。
(洞窟は面倒な魔物も結構いたもんなぁ、となるとあれか)
タンッと足取りも軽く着地した背後で、どすんとかどたっと言う音がして悲鳴が重なった。
「痛たたた……」
「うぐっ、移動呪文ってなぁ便利なんだろうけどよぉ、こう、まだタイミングが掴めねぇな」
「慣れじゃよ。そこの嬢ちゃんを見てみぃ」
呻いた戦士を横目に俺が示したのは、クシナタさんで、徐に口へくわえたのは指。
「スレ様、それは?」
「まぁ、洞窟に入る前の準備運動じゃな。全員身を守っておくのじゃぞ?」
勢いよく口笛を吹いた理由は、言わずともがな。
「ゴァァァッ」
「ひっ」
口笛に釣られて出てきた巨大熊の咆吼に怯えた声を誰かが漏らしたが、レベル1では是非もない。
「ではさらばじゃ、ベギラゴンっ!」
「ゴ」
もっとも、俺にかかるとそんな熊の魔物ことごうけつ熊も呪文で一撃だったりするのだが。放出された強大な熱量に包み込まれた熊は、一瞬で燃え尽きて崩れ落ち。
「え」
「な」
「なん……だ、そりゃ?」
「攻撃呪文じゃが?」
驚き呆然とする面々の前で肩をすくめた。
「ともあれ、これで心の準備くらいは出来たじゃろう?」
ついでに初期レベルも脱したと思う。
「では、超狩猟時間の開始と行こうかのぅ」
もはや黒こげの死体に過ぎない熊から盗み取ったちからのたねを弄びつつ、俺は歩き出す。
「ほれ、ついて来んかい」
「流石スレ様でする……」
かっておろちと戦った洞窟へ向かって。
素早さカンストからの1ターン二回行動で極大攻撃呪文とか言うチート。
熊にとっては災難以外の何者でもなかった。
次回、第八十八話「洞窟突入」
無双が始まる予感しかしない。