強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第八十六話「時間との戦い」

 

「口に合うかはわからんが……」

 

 シャルロットの家に戻った俺は、そう前置きしてから土鍋の蓋を開けた。

 

「わぁ……えっと、これお師匠様が?」

 

「あ、あぁ……」

 

 何故か嬉しそうなシャルロットを前にして、俺自身は戦々恐々というところか。

 

(アリアハンの人には馴染みのないジパング料理だからなぁ)

 

 しかも、コーチして貰っていたし味見もしたとは言え、素人の料理でもある。

 

(まぁ、俺に出来そうなことなんて他にはないし)

 

 ベッドの横で付き添い、頭に濡れた布を乗せてやると言うのも考えたが、長時間拘束されるとクシナタさん達のレベル上げが出来なくなってしまう。

 

「お師匠様がボクに……えへへ」

 

 熱があるのか、頬を紅潮させながら幸せそうに微笑むシャルロットを見て、ちょっと居たたまれなくなる。

 

(俺が作るよりクシナタさん達に任せるべきだったかな)

 

 もう一度言うが、素人の料理である。俺がシャルロットの師匠でなかったら、きっとプレッシャーに負けこの場で土下座していたと思う。

 

(どうしよう? 素人の料理だと前置きしてハードルを下げるか、それとも)

 

 足りない分は行動で補うか。

 

(よし、両方とろう)

 

 これ以上ポカは出来ない、だからこそやれるだけの事はやる。

 

「素人の料理だがな」

 

 何気ない風を装いつつもしっかり前置きをした俺はキッチンで借りた器に土鍋の中身をよそってさじを添え。

 

(猫舌では無かったと思うが、念には念を入れたほうがいいかな)

 

 一口分をすくうと、二度ほど息を吹きかけて、ベッドから身を起こしたシャルロットへ差し出す。

 

「熱いかもしれん、気をつけろよ」

 

 忠告と一緒に。

 

(こんな感じだったよな)

 

 年頃の女の子を看病などしたこと無いので、参考にしたのはアニメや漫画、ライトノベルなんかで見かけた同様のシチュエーションである。

 

(何だか、緊張するな)

 

 ちょっとやりすぎのような気もしたが、素人料理という残念部分を埋める術を俺は知らなかった。ただ、じっと反応を待ち。

 

「お、おっ」

 

「お?」

 

 次の瞬間、目にしたのはオットセイみたいに「お」を連呼しながらプルプル震えだしたシャルロットの姿だった。

 

(ひょっとして、悪寒がするって言いたいとか?)

 

 だとすれば問題だ。

 

「どうした、シャルロット? 寒いのか?」

 

 わざわざ看病に来て病状を悪化させたのでは何の為に戻ってきたのか解らない。俺はさじと器をベッドの脇に置くと手袋を脱ぎながら歩み寄って素手でシャルロットの額に触れる。

 

「あっ」

 

「ふむ、熱は……」

 

 ひょっとしたら掌で確認するまでもなかったかもしれない。シャルロットの顔は真っ赤で、瞳も潤んでいた。

 

(そう言えば、熱とか酔いを好意や恋慕からくるモノと勘違いするって話がどこかにあったっけ)

 

 もし、俺が既読で無ければ変な誤解をしていたか可能性がある。危ないところだった。

 

(そんな誤解して居ようモノなら、現実ならむしろ「何勘違いしてるの、きもーい」とか蔑まれかねないよな)

 

 それなりに仲の良かった異性の知り合いが自分に好意を持っているんじゃなんてのぼせ上がって、突撃し撃沈したのは、思い出すと今だ枕に顔を埋めて暴れたくなるリアルの黒歴史だ。

 

(OK、俺は冷静だ。勘違いはしていない)

 

 わざわざ自分で冷静だなんて言ってしまう所は、人が聞いたら噴飯ものかもしれないが、心の平静を保つには必要な事で。

 

「どうする、シャルロット? 調子が悪いなら、眠るか?」

 

 胸中で発した自分の言葉に力を借り、表向きは取り乱すこともなくシャルロットへ問う。無理をさせる気はもうとう無いのだ。

 

「ふぇっ? え、あ、ううん……あのね、お師匠様」

 

「ん? どうした?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 モジモジしながら口を開いたシャルロットへ聞き返せば、返ってきたのは消え入りそうな感謝の言葉。

 

「大げさだな。そもそも、素人の料理だからな、あまり大仰に感謝されると俺もいたたまれん」

 

 第一、まだ食べて貰っても居ないのだから。

 

「あはは……」

 

「ふっ」

 

 照れを隠し顔を背けると、シャルロットが笑い、釣られて俺の口元が微かに綻ぶ。

 

(これで、おかゆも口に合うようなら言うことはなしかな)

 

 クシナタさん達のことも気にはなるが、途中で投げ出す訳にもいかない。

 

「あの、お師匠様……」

 

「何だ、シャルロット?」

 

「さっきみたいに、食べさせて貰ってもいいですか?」

 

 例え、予想も出来ないおねだりをされたとしても。

 

(はい?)

 

 混乱したのは、ホンの一瞬。

 

(そっか、お袋さんの言っていたあれか)

 

 シャルロットが育ったのは、母子家庭だ。俺を父に重ねているのだろう。

 

(看病はどっちかって言うと母親のイメージなんだけどなぁ)

 

 元を正せば、食べさせようとしたのは、俺が最初なのだ。

 

「火傷しないように気をつけろよ」

 

「あーん」

 

 言外に承諾した俺は苦笑しながら、口を開けたシャルロットへ卵がゆを食べさせる。

 

「美味いか」

 

 とは、言えないし聞けない。

 

(拙くてもシャルロットならこっちに気を遣いそうだもんな)

 

 その後、器を空にしておかわりまでしてくれたので、不味くはなかったと思いたい。

 

「……そう言う訳で、やまたのおろち自体はまだジパングに残っている。もっとも、敢えて見逃した形だからな。そうそう変な気は起こさないと思うが」

 

 立ち去る前にジパングでのことを一部ぼかして語り。

 

「お師匠様、お師匠様とスレッジさんがおろちにトドメを刺さなかったのって」

 

「バラモスに警戒されない為だ。約束をしてしまった今となっては、手を出す訳にも行かなくなったがな。ただし、お前は別だ。父の代わりにおろちを倒すというなら止めはせん」

 

 ただし、手助けも出来ないと補足しておく。

 

「倒すか、倒さぬか。俺はどちらを選ぼうとも構わない」

 

 おろちを倒さないと世界に散らばるオーブの一つが手に入らないので、正直に言うと倒して欲しいところだが、強制する気はなかった。

 

(シャルロットが手を出さなければ、たぶん……)

 

 他の人物が倒すだけだから。

 

「ではな、シャルロット。ゆっくり休むといい。俺はスレッジやジパングから連れてきたという娘達に合わねばならん」

 

 表向きはジパングでの騒動の事後処理と言うことにして、その実はクシナタさん達のパワーレベリング。

 

(時間との戦いだよな、まったく)

 

 シャルロットに配慮して、急いではいるが静かに階段を下りると、下に居たシャルロットのお袋さんにも一言二言交わしてから外に出る。

 

「相変わらずの、雨、か」

 

 盾を傘代わりにしながら俺はルイーダの酒場を目指した。

 




さて、いよいよ協力者達のハードな修行が始まるかも知れません。

次回、第八十七話「超狩猟時間」

何だか、某狩猟ゲームやりたくなってきました。

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