「ごっ、ごめんなさい」
「気にするな」
頭が痛い。とはいえそんなことも言ってられなくて、俺はペコペコ謝る勇者を前にキャラを崩さず宥めるのに苦戦していた。
(と言うか、あの宿屋の満室勇者の出発に絡んでたんだなぁ)
払った筈なのに身体に埃が付いていて、宿が満室だったので納屋で寝たことをうっかり漏らしたらご覧の有様である。
「それよりも、これからのことだが」
話が進まないので、俺は強引に話題を変えた。弟子入りについては想定の範囲内であったし、普通のパーティー加入より途中で抜けやすいだろうという目論見でOKをだした。
(というかふくのはしっこひっぱってうわめづかいとかはんそくすぎる)
かてるわけないじゃないですかやだー。
「は、はいお師匠様」
「俺にも準備がいる。修行は明日からと言うことでいいな?」
強引にも見えるかも知れないが、勇者の話を聞いて酒場の一件は確認しておきたいし、他にもやっておきたいことが幾つかあった。
(だいたいこの勇者の性格からすると、今すぐにでもとか言い出しそうだったしなぁ)
経緯を考えると自分に責める権利はないが、カリキュラムじゃなかった訓練内容を考えて煮詰める時間も欲しい。
「ではな、明日になっ」
「ま、待ってください」
「どうした?」
「あの、お師匠様の名前をまだ――」
(あ)
俺は踵を返そうとして少女に呼び止められ、訝しんで投げた問いの答えに内心硬直する。
(ちょっ、忘れてた。どうしよ? お師匠様呼びで解決したと思ったのに)
頭の中は踊り出すほどに混乱中だったが、ここで名乗らないのは不自然。
「名か」
短い呟きで、時間を稼ぎ必死に考える。
「過去にはあった、だが今の俺にはそれを名乗る資格すらない」
苦心の末思いついた返事は、ある意味真実であり、追求するのを躊躇わせる様なモノだった。
(うん。良く考えついたよなぁ、俺)
密かに自画自賛しつつ、勇者には好きに呼べと言って今度こそ勇者宅を後にする。
(ふぅ、何とか乗り切れた)
中の人は割といっぱいいっぱいだったなんて些細なことだ。
(そう、ゆうしゃのなまえをききわすれてことだってささいなことですよ?)
忘れ物というのは後になって思い出すから忘れ物なのだよ。銅の剣の一件しかり。
(明日はちゃんと聞こう)
俺は自己反省しつつ、酒場へ向けて歩き出した。
(あの娘の言い分を疑う訳じゃないけど裏をとっておかないとな)
ついでに名簿を見せて貰って良さそうな人材がいたなら勧誘してみよう。
(呼びかけると勇者の二の舞になりかねないし。まぁ、男なら酔っぱらいに絡まれる展開はない……よな?)
ホモ展開は全力でお断りさせて頂く。
(パーティーに加えるなら、人数はとりあえず多くて二人かな。経験値が分散しすぎると意味ないし)
勇者を鍛える事になるのはほぼ確定だろうし、だったら一緒に鍛えてしまえば勇者と面識も出来るし上手くいけば仲間意識だって芽生えるだろう。
(上手いこと目当ての人材が見つかると良いけど)
こればっかりは行ってみないとどうにもならない。
(買い物は明日だな)
勇者も王様から仲間用の装備を貰っていると思うので、その辺りの確認が先だ。
(いまごろになってききわすれていたことがぼろぼろでてくるのは、きっときのせいなのです)
こうもうっかりが多いと、人の言葉を完全記憶する勇者の固有特技「おもいだす」が羨ましい。使えたとして聞き忘れを防止するような応用が使えるか何てわからないけど。
「いかんな、これ以上気が滅入る前に酒場に入ろう」
勇者の家とは向かいの立地だけあって気づけば俺は酒場の前に立っていた。
(時間的にまだ午前中だし、入ってみると流石に酔客も少ないな)
さっさと済ませてしまおうと人もまばらな客席を通り抜けてルイーダの元に向かい。
「悪いが名簿を見せて貰えるだろうか」
口にして依頼した直後だった。
「あのっ」
「ん?」
「お願いですっ、私を連れて行ってくださいっ!」
ウエイトレスをしていたバニーさんが後ろからしがみついてきたのは。
(ちょっ)
これにどうしておちついていられるだろうか。せなかごしにおしあてられたやわらかなものはゆうしゃのものよりたぶんおおきい。
(……じゃなくて! 落ち着け俺、クールだ氷の心で対処するんだ)
解せぬ。身体はハイスペックな筈なのにピンチの連続でござる。外見上はただ突っ立ってるだけだが、内面は謎の侍口調になってしまうほどに混乱していたのだ。
「落、ち着け」
うっかり「お」から始める別の単語が飛び出そうとしたのを何とか誤魔化して、俺は出来るだけ冷静さを装った声を発すと、助けと説明を求める視線をルイーダさんに送ったのだった。
新キャラ登場しました。
脳内プロットではずいぶん前から登場確定してたキャラなんですが、実はまだ名前決めてなくて。
うーむ、良い名前はないかなぁ。
続きます。