「さて、ひとまずはこれでいいかの」
ポツリと漏らしたのは、シャルロットを縛り終えた後のこと。
(終わったらロープの補充もしないとな)
切らずに使うと縛り目で面倒なことになる為、必要な長さを切って使っていたロープはかなり目減りしていた。
(ま、後一人ぐらいなら何とかなるんだけど)
どちらにしても、目的の人物が戻ってきてからだ。
(俺は宿に寄らずそのまま旅立つことになっているからなぁ)
シャルロットの方を呼びに魔法使いのお姉さんが来る可能性もあるが、距離的には教会か道具屋の方が近い。ならば、先に戻ってくるのは、バニーさんか、僧侶の少女と言うことになる。
「お、お待たせしました。聖水買って……えっ?」
結果だけを先に言うなら、先に戻ってきたのは、バニーさんだった。居るはずの場所に俺達が居ない事態に驚いている姿を見ながら、俺は呪文を唱える。
「うむ、すまんの。ラリホー」
それで、バニーさんも眠ってくれると、そう踏んでいた。
「なっ……あれ?」
「な」
そう、失念していたのだ。運の良さが高いと状態異常にかかりにくいことを。
(しまった、肝心のところで失敗するとか)
シャルロットに眠って貰っているのにここでバニーさんに騒がれたり逃げられては終わりである。
「す、スレッジさん……ど、どうして」
「むぅ」
誤魔化すべきか、きっちり話すべきか。
「もうちょっとじゃったんじゃがのぅ……」
流石にもう一度ラリホーを使って抵抗されては取り返しがつかなくなる恐れもある。
(やむを得ないか)
流石に警戒の色を見せ始めたバニーさんへ、俺は真相を話すことにした。
「お前さんについてこっそり確かめたいことがあったのじゃよ」
「た、確かめたいことですか?」
「うむ、旅の間も仲間のお嬢ちゃん達の尻を何度も触っておったじゃろ? ああ、謝らんでもよい。本来尻を触るのは男の遊び人の筈、そこが少々気になっての」
そう、ゲームなら決してあり得ない行動をこのバニーさんが何故とるのかという疑問は前々から抱いていた。
「そこで一つの呪文をかけてみようと思ったんじゃよ、ただお嬢ちゃんの意思に反して身体が動いておるなら抵抗される恐れもある」
「で、では」
「うむ、とはいうものの縛られて身体を調べられたなどというのは良い気がしないと思うたのでな。眠っている内に全て済ませてしまおうとして失敗し、当人にも気づかれぬように調べることを諦めたワシはこうして説明することにした訳じゃ」
「す、すみません。呪文にかからなくて」
根が善良なのか、気弱だからかバニーさんは謝ってきたが元はと言えば遊び人の運の高さを計算に入れていなかった俺のミスだ。
「謝らんでもいいと言うに。ともあれ、このままだとそっちのお嬢ちゃんも起きてしまうのでな、さっさと済ませ――って、何故服を脱」
「え? そ、その身体を調べるって」
「だぁぁ、脱がんでもよい。呪文をかけるだけでいいのじゃ」
いきなりの行動に俺は慌ててバニーさんの脱衣を止めさせると、即座に呪文の詠唱に入った。
(確実にこれで良いって確証はないけど)
唱えた呪文の名は。
「シャナクっ」
「えっ、あ……う、あぁぁっ」
呪いを解く呪文をかけた直後、ラリホーの呪文でケロッとしていたのが嘘だったかのようにバニーさんは己の身体を抱きしめながらがくりと膝をつき、悲鳴をあげる。
「くっ……あ、うぁっ、ダ……ダメ、ダ……カワ、イイ……あうぅ」
同時に身体から不吉な色をしたオーラが立ち上り、人の形を作りながらバニーさんの口を使って男の声を出し始めた。
「ぐぅっ……カワ、イイ……オンナノコ、はうっ、あ……オンナノ、コノ……オシリハ、スベテッ、スベテッボクチャンノモノォォ」
端から浄化呪文で削り取られながらバニーさんを吼えさせる人型はピエロ、というかデフォなこの世界の男遊び人の格好をしていた。
(いや、まさか本当に呪われてたとはなぁ)
職業訓練所というのがあるそうだから、そこで呪いにかけられたのだろうか。何にしても、眼前の男遊び人な悪霊もどきがバニーさんにセクハラを強いていた根源なのだろう。
「グゥゥ、ボクチャンハ……ガァッ、ボクチャンハ、キエ……ナイ、マダ」
「やかましい、シャナクっ、ニフラムっ!」
「ギャァァァァッ」
シャナクを目の前で使ってしまった以上、今更取り繕っても仕方ない。と言うか明らかに往生際の悪い呪いだったからだろうか、つい呪文を重ねて浄化してしまった。
(って、あれ? 一度に二回呪文が使えてる?!)
しかもこんなしょーもない相手であれほど望んでいたモノが完成してしまった俺はどうすればいいのやら。
「はぁ、はぁ、はぁ……い、今のは?」
「お前さんにかかっておった呪いじゃ。これでもう、仲間のお嬢さんのお尻を追いかけ回す様なことも無かろうて」
知らぬ間に呪われていたなどという事実など知らない方が良いと思ったのだが、是非もない。
「あ、ありがとうございますっ」
「礼は要らんわい、ただワシが僧侶と魔法使い両方の会得する呪文を扱えることだけを黙っておってくれればの」
シャルロットが眠っている以上、バレたのはバニーさんだけの筈。恩に着せる格好になってしまうとしても、これで秘密は守られるだろう。
「は、はい」
「ではな。ワシはそろそろゆくのでな。さっきのを見られぬようにやむなく眠らせて縛ったお嬢ちゃんがそこに寝ておる、お前さんにはお嬢ちゃんのことも頼んで良いかな?」
呪いが解けたなら、安心して任せられる。
「わ、わかりました。その、どうかお気をつけて」
「うむ」
深々と頭を下げるバニーさんに見送られ、俺はバハラタの町を後にする。一人の少女を救えたというささやかな満足感を胸に。
と言う訳で、セクハラバニーさんがログアウトしました。
呪われてるんじゃないか発言のフラグ、ようやく回収ですね。
次回、第六十六話「転職の神殿、遠いダーマッ」
また主人公ソロのお時間ですか、シャルロット達成分は番外編とかで補完して行きたいなぁ。