強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第六十三話「バハラタ到着」

「ほっほっほ、最初の威勢はどうしたのかのう?」

 

 ポルトガを出た後も追いかけっこは続いていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 もっとも、スペックを考えればシャルロットが俺に追いつけるはずもなく、バニーさんとのセクハラ追いかけっこで鍛えられていたにも関わらず、既に息は荒くなっていたりもするのだが。

 

(あぁ、幸せの靴を履かせらればなぁ、シャルロットの経験値が稼げるのに)

 

 こちらには考え事をする余裕もある。

 

「ただ、他のお嬢ちゃん達と離れすぎるのは感心できんぞ? 聖水の効果範囲からあちらが出てはワシの同行する意味が半減してしまうのでな」

 

「あ」

 

 シャルロットは声を上げるなり慌てて後ろを振り返るが、そこはぬかりない。考え事をするついでに他のメンバーの位置も把握済みである。例えば、シャルロットのすぐ後ろに忍び寄っているバニーさんとか。

 

「うみゃぁぁぁぁ」

 

「ま、近すぎるのもかんがえものかもしれんがのぅ。ありがたや、ありがたや」

 

 一度決めたキャラを崩す訳にも行かず、この手のアクシデントで拝むのはもはや六回目に達している。

 

(恐るべしはバニーさんか)

 

 しかし、バニーさんの何がああさせるのか。

 

「もうっ、ミリーっ!」

 

「ごっ、ごめんなさい。その、つ、つい……」

 

 お冠なシャルロットにバニーさんが謝り倒すのはもはや見慣れた光景である。

 

「まったく、このエロウサギは懲りるということを知りませんのね」

 

「ひっ」

 

 そしてだだ黒いオーラを纏って追いついてきた魔法使いのお姉さんにバニーさんが悲鳴をあげるのもまた。

 

「ううっ、男の人だったらいい絵になるのにぃ……はっ、そうですぅ! ここは心の目で性別を転換して見るですぅ!」

 

 あと、シャルロットがいったんアリアハンへ戻って連れてきたらしい腐った僧侶少女は相変わらずブレなかった。

 

(や、ブレないというか、悪い方向に成長してるような気がするんだけどきっと気のせいだよね?)

 

 足には幸せの靴を履いたままなのでどんどん経験値が貯まっているとは思うのだが、別のレベルを上げられても困る。

 

「少年勇者のお尻をついつい触ってしまうピエロさんに、その光景に手を合わせて拝む魔法使いのお爺さん。やがて少年勇者さんと深い関係になったピエロさんはぁ……」

 

 と言うか、俺までセットで腐った妄想にぶち込むのは止めて下さい。

 

「きゅぴーんっ! 何だか素晴らしいお話が書けそうな気がしてきましたぁ」

 

 魔物が出ないのを良いことに宣言するなり荷物を漁って羊皮紙を取り出した僧侶の少女。

 

「魔物が出ないなら、縛ったまま歩くのだって問題有りませんわよね?」

 

 据わった目でロープを取り出す魔法使いのお姉さん。

 

「ひっ」

 

 怯えて縮こまるバニーさん。

 

「あー、えっと」

 

 俺を追いかけていたことも忘れて目の前の惨状に顔を引きつらせるシャルロット。

 

(なに この かおす)

 

 フードと付けひげで顔の大半を隠しては居るが俺の表情もシャルロットに似たり寄ったりだろう。

 

「お師匠様、ボクこの人達をこれから御して行けるんでしょうか……」

 

 俺ではなく、きっとここには居ないはずの師へ語りかけるシャルロットの呟きに、俺は何とも言えない顔になる。

 

(うん、流石にこれはなぁ)

 

 もし、師匠として同行していたらシャルロットになんと声をかけてやれただろうか。

 

(手を打ってみるか)

 

 成功するかはわからない。だがパーティーにはちゃんと機能して欲しい。

 

「お前さん方、そろそろロマリアの関所に着くぞ?」

 

 そう俺が口にするまでにカオスは四回ほどあって、何とかしなきゃと言う思いは強くなる一方だった。

 

「ここが、関所……」

 

「うむ、ここの扉は本来の鍵以外では、魔法の鍵か最後の鍵と呼ばれる特定条件を満たした扉ならどんな扉でも開けてしまう鍵でしか解錠出来ぬ扉を使っておってな」

 

 それが故に許可されたもの以外が通り抜けるには俺の述べた鍵のどちらかを必要とする。

 

「もちろん、アバカムの呪文が有れば簡単に空いてしまうが、それはそれじゃ」

 

「アバカムっていうとお師匠様のおっしゃってた解錠呪文?」

 

「その通り。この呪文じゃったら、関所の扉を開けてロマリアへ行くことだけでなく、地下道にある鉄格子を開けて旅の扉を利用することも可能となる。そっちのお嬢ちゃんも経験を積めばやがて覚えられるじゃろう」

 

「わ、私が?」

 

 シャルロットの疑問に答えつつ示した魔法使いのお姉さんは驚いた顔をするが、無理もない。アバカムを覚えるレベルは確か三十レベルを幾つか過ぎてから。ボストロールの経験値が入ったとは言え、まだ当分先の話なのだから。

 

「ま、その頃には今よりまともなパーティーになっとるじゃろ。人は成長するものじゃ、お前さんも気に負いすぎぬようにの?」

 

「あ、えっ?」

 

 いきなり真面目にフォローしたことへ面を食らったのか、シャルロットが驚いた顔をするが、これはまぁ仕方ない。さんざんエロ爺を装ってきたのだから。

 

「あ、ありがとうございまふっ」

 

 だが、それでも感謝の言葉が言えるのはシャルロットの凄いところだと思う。

 

「ほっほっほ、まぁあの男なら言うであろうことをかわりに言ったまでじゃ、礼などよいよい」

 

 俺はヒラヒラ袖を振りながら笑うと、アバカムの呪文で関所の扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 

「さ、行くぞ? 地下道じゃから足下に気をつけての。何ならワシが腰辺りを支えてやっ」

 

「「一人で行けます」」

 

 わざとらしいセクハラ発言をすると、言い切る前に予想通りの答えが重なって返ってくる。

 

(ふぅ、これで良し、と)

 

 身体を密着させると中身が老人でないとばれてしまう以上、この手の言動は仕方ない。

 

「む、むぅ……最近の若者は素直でないのぅ。こっちじゃ、ならばさっさと行くぞ」

 

 一応残念そうな態度を装い、更にふてくされた演技をしつつ俺は早足で階段を降り始めた。

 

「問題の旅の扉はこの地下道の間にある……あそこじゃな」

 

 話ながらT字路にあった場所を示し、そこで曲がるとアバカムで鉄格子を開けて旅の扉へ。

 

「とんだ先には複数の旅の扉がある。言わば中継点のようなモノじゃな。間違えてはぐれるでないぞ?」

 

 前回来た時間違ってあちこち行った俺は流石にどれが正しい旅の扉か解るが、シャルロット達はそうもゆくまい。

 

「さてと、それでここがオリビアの岬じゃ」

 

 中継点を経由してオリビアの岬にある宿屋までどれほど時間がかかったのかは、正直解らない。旅の扉は瞬時に別の場所に運ぶと何処かで説明があった気がするので、関所に着いた時間からはそれ程経っていないと思いたいが。

 

「勇者サイモンが幽閉されておったほこらの牢獄のある島も天気が良ければあっちの方角に見ることが出来るかもしれんの」

 

「あのマシュ・ガイアーさんが……」

 

「と言うか、あんなでたらめに強い方が良く虜囚に甘んじてましたわよね」

 

 ガイドよろしく俺が説明すれば、シャルロットと魔法使いのお姉さんがポツリと呟く。

 

(あー、言われてみればそうかもなぁ)

 

 と言うかマシュ・ガイアーでちょっと全力を出しすぎただろうか。

 

(今頃寝室の改修費要求されてたりして……って、それはないよな救国の英雄だし)

 

 豪奢な寝室で遠慮無く竜巻起こしたのは、俺だ。あれは状況的に仕方のないことだと思うが、ボロボロの室内を思い出すと流石に良心が痛む。

 

「ちなみに、ここは宿屋でもある。疲れているようなら一泊し」

 

「「大丈夫です」わ」

 

 気を紛らわせる為ことさら戯けて口にした提案は、あっさりはね除けられ。 

 

「むぅ、そう声をハモらせんでもよいではないか……しかたがないのぅ」

 

 残念そうに言ってみるが、これで良かったのだろう。

 

「ええっと、スレッジさん?」

 

「む?」

 

 気の進まぬ様子でアバカムの呪文を唱えようとした俺は、シャルロットの声に振り返る。

 

「気を遣ってくれてありがとうございます。けど、ボク達なら大丈夫ですから」

 

「何のことじゃな?」

 

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 

(ひょっとして気を遣っているように見せかけたセクハラ発言を真面目に受け止めていたとか?)

 

 天然っぽいところのあるシャルロットならあっておかしくはない、とも思ったが。

 

「一刻も早く行きたいんですよね? お師匠様と行こうとしている本来の旅に」

 

「っ」

 

 シャルロットは思った以上の成長を遂げていたらしかった。

 

「戯けたフリをしてる見たいですけど、地下道も老人とは思えないほど早足でしたし、ボクをからかったのだって不自然でなく行軍の速度を速くする為、あなた達が何をしに行くかはお師匠様に聞いちゃいましたから……ここに泊まろうという提案も自分のペースに付き合わせてしまったボク達を気遣っての」

 

「何を言っておる? ワシもいい歳なのでな、張り切りすぎて疲れたから休みたいと思っただけじゃよ?」

 

 ここで動揺しては駄目だ。そして、エロ爺の演技も崩せない。

 

「それにピチピチギャルとのお泊まりじゃぞ? こんな役得を」

 

「スレッジさん……」

 

 尚も演技を続ける俺に向けたシャルロットの目は、最初にエロ爺を追いかけ回していた時と違い、暖かで、それでいて何かを見透かしているかのようで。

 

「まったく、あの男の弟子はやり辛くてかなわんのぅ」

 

 結局のところ、先に音を上げたのは、俺だった。

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「そこはお前さんの想像に任せるわい。ただ、泊まろうと言うのには別の思惑もあったのじゃよ」

 

「思惑?」

 

「うむ」

 

 ため息と共に漏らした言葉へ食いついてきたシャルロットへ、腕を組み頷く。

 

「ワシの推測通りなら愉快なモノにはならんのでな、こっそりやってみようと思っておったことがあるのじゃが……バハラタについたなら、ちょっと協力してもらっても良いかの?」

 

「えっと、ボクで良いなら」

 

 結局のところシャルロットには完敗だった、まぁ約束を取り付けられたことは成果かも知れないのだが。

 

「騙されましたわ」

 

「ひょ?」

 

「すっ、すみません、すみません。てっきり本当にエッチなお爺さんかと……」

 

「あ」

 

 俺は失念していた、一緒に居たのがシャルロット一人でないことを。

 

「私達にも協力出来ることがあるならお力添えしますわ」

 

「で、出来ることなら……その」

 

「ぬ、ぬぅ……」

 

 気持ちはありがたいのだが、こっそりやるつもりだったことにも理由がある。

 

(うわぁ、どうしよう)

 

 この状況はちょっと拙かった。

 

「で、ではバハラタに着いてからじゃ。まずはバハラタに向かうぞい」

 

 テンパった俺は咄嗟に問題を先送りにし。

 

「「はいっ」」

 

 態度が180度逆転した女性陣の協力もあってオリビアの岬からは完全な強行軍となる。

 

「はぁはぁ、はぁ……心が通ったことで深まる絆ぁ、うぅん、これもいけますぅ」

 

 一名、ブレない僧侶も居たが、あれはもう放置しようと思う。

 

「はぁはぁ、っきゃぁぁぁ」

 

「サラっ」

 

「す、すみませんっ。けど、急がないと……その」

 

 魔物の出ない旅路はいつしか謎のセクハラマラソンもどきと化していて。

 

(いや、どうしてこうなった)

 

 バハラタに到着したのは、本来の予定より半日近く前のことだった。

 




演技、あっさりと見抜かれる。

成長を遂げたシャルロットによって目論見を崩された主人公。

バハラタへ至った勇者一行、そして勇者と取り付けた約束。

主人公が試みようとしたものとは?

次回、第六十四話「立つ前に」

さようなら、       さん。
(ネタバレ防止のため空白スペースです、反転しても何もありません)

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