強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第五十九話「真夜中の決戦(後編)」

 

「シールド・ガァァドッ」

 

 かざした腕に装備した盾で振り下ろされた棍棒を私は強引にはね除けるッ。

 

「あ、あり得ん」

 

 ボストロールは愕然としているが、スカラのかかった時点で棍棒の殴打は以前顔面にぶち当たったメラより痛くないのだ。

 

(注意すべきは痛恨の一撃ッ)

 

 もはや、まぐれ当たりに警戒さえしておけば、負けはない。

 

「バギクロスッ」

 

「うぎゃぁぁっ」

 

 私は呪文で作り出した巨大な竜巻で黄緑の怪物を斬り裂きながら、バックステップで距離を取る。

 

(やはり呪文ではダメージが今ひとつかッ)

 

 勇者専用の攻撃呪文が使えない為、シャルロットの父親、つまりオルテガが使っていた攻撃呪文を使ってみたが、これなら攻撃力を倍加させるバイキルトの呪文を使ってからまじゅうのつめで斬りかかっていた方が戦い自体は早く終わるだろう。

 

(もっとも、接近戦に持ち込めばあちらも殴りやすくなるッ)

 

 まぐれ当たりがあることを考えるとこのまま遠レンジから呪文で攻撃するべきか、迷うところでもあった。

 

(HP自動回復ついてた気がするのだがッ)

 

 気のせいであればいい、だが、もし徐々に傷が塞がって行くとしたら火力で劣る呪文攻撃では精神力が尽きてしまう恐れもある。

 

(ならば、攻めるかッ)

 

 まじゅうのつめは等間隔に並んだ三枚の刃が爪を構成する武器、これで斬りつけると平行した三つの傷が刻まれるが、サイモンはおそらくこの武器を装備出来ない。

 

(あの状況なら問題ないッ)

 

 だからこそ、最初は呪文のみで弱らせることを考えたのだが、先程使った呪文はバギクロス。ボストロールの身体には真空の刃による無数の切り傷がついていた。つまり、切り傷が増えてもさほど目立たないのだ。

 

「うおおおおおッ」

 

「ぐおおおおっ」

 

 互いが武器を握り、吼えた。

 

「はあッ」

 

 敵の懐に飛び込んだ私は、黄緑魔物の棍棒をかざした盾で受け流し、側面へ回り込みながら脇腹を爪で削る。

 

「うぐあああっ」

 

「だあッ」

 

 悲鳴ともに右腕へ肉を斬る感触を感じつつ駆け抜けると、絨毯に飛び込むようにダイブして勢いで前転する。

 

「おのれっ」

 

 直後に私が走り続けていたなら居たであろう場所に棍棒が振り下ろされ、竜巻に切り刻まれた絨毯の破片を舞い揚げた。

 

(うむッ、間一髪かッ)

 

 私と違って奴には二度目の攻撃があるのだ。

 

(ぬッ)

 

 飛び起きるなり向き直ると、傷口から血を流すボストロールが目に入り、そこで気づいた。

 

(傷が癒えていないッ?!)

 

 自動回復は私の気のせいだったのか、別のボスだったのか。

 

「来るが良いッ、致命傷にはまだ遠いだろうッ」

 

 再び謎のポーズを作るとことさら挑発してみせる。

 

(まだまだダメージは浅そうだな)

 

 密かにバイキルトの呪文を詠唱し始めながら。

 

「喰らえぇぇっ」

 

「遅いッ」

 

 マントの力で何度かに一度の攻撃は当たらない。

 

(もっとだッ、もっと動きをッ)

 

 私は挑発することで敵の攻撃が大振りになるのを誘いつつ、観察に徹する。

 

「おのれ……ちょこまかとっ」

 

「バイキルト」

 

 些少は学習能力があるのか、振り下ろす単調な縦の攻撃から薙ぎ払う横の攻撃に切り替えたボストロールの棍棒を今度は伏せてやり過ごし、小声で発動させた呪文は攻撃力を引き上げる。

 

(これで、まずは動きを鈍らせるッ)

 

 回復手段がないなら、もう一撃ぐらいは叩き込んでおくべき。

 

「はあッ」

 

 己の判断に従って私はボロボロになった絨毯を蹴り、再び黄緑の怪物と肉薄する。

 

「ぐおおおおおっ」

 

「たッ」

 

 突っ込んで行く私を粉砕せんと振り下ろされる棍棒へ今度は盾を差し出さず、身体を低くして下を通り抜ける。

 

「貰ったぁッ」

 

 片足で絨毯を踏みしめながらターンし身体を起こすと無防備な二の腕が目に入り、すかさずすくい上げるようにして爪を突き上げる。

 

「っぎゃぁぁぁぁ」

 

 ゲームでは生命力がゼロにならなければ、行動に支障はなかったが、もし四肢に重いダメージを受けたらどうなるかという疑問。

 

(検証出来るのは相手がタフだからこそだなッ)

 

 血と思わしき液体を噴き出させながらでたらめに棍棒を振るう魔物の懐から飛び離れ、私は再び観察の目を向ける。

 

「むッ、これではまるで弱い者いじめではないかッ」

 

 傷だらけで血だまりの中に立つ魔物とほぼ無傷の私。もっと苦戦するとばかり思っていたのは、思い出補正だったとでも言うのか。

 

「ばっ、馬鹿にしおってぇぇっ」

 

 激昂して偽国王が棍棒を振り上げた時、私は既に絨毯の残骸ごと床を蹴って飛んでいた。

 

「っ、うぬうっ」

 

「ふむッ」

 

 叩き付けた反動を利用して持ち上げた棍棒を常に視界に入れながら、ボストロールの背中側に逃げるように回り込んで、まじゅうのつめを持った手をだらりと下げる。

 

「やはり遅いッ」

 

 後ろに引き絞っってから繰り出す一撃や上からの一撃よりもすくい上げるような斬り方の方が出しやすい。腕を怪我している上振り向いてから攻撃する必要のある先方と素早さに定評のある盗賊でなおかつ出の早い攻撃を選んだこちらではどちらの一撃が早いかなど確かめるまでもない。

 

「ぐぎゃぁぁぁぁっ」

 

 ボストロールの絶叫を伴った結果は、ただそこにあり。

 

「だがッ、弱い者いじめであろうと、この『マシュ・ガイアー』、情けをかけるつもりは無いッ」

 

 腕を振るって爪についた血を振り払うと、今度はこちらから飛びかかる。

 

(あまり追い込んで窮鼠になられては困るがッ)

 

 シャルロット達の元に連れ出すには早すぎる。流石に人前で爪を使った攻撃をすれば私の正体がバレかねない。

 

(呪文とシャルロット達の援護で倒せるぐらいには弱らせねばなッ)

 

 もっとも、こちらの思惑など知るよしもないのであろう。

 

「おのれっ、おのれぇ」

 

 流れ出る血の量と傷が増えるに連れ、ボストロールの動きはこちらを叩き潰すのではなく、振り払い近寄らせまいとする動きに変化していた。

 

(頃合いかッ)

 

 やることは全てやってしまうべき。私は密かに呪文を唱えつつ、意味もないポーズを取る。

 

「モシャスッ」

 

「なっ」

 

 唱えたのは、変身呪文。ボストロールの姿となった私にオリジナルは目を剥いて立ちつくした。

 

「説明しようッ、変身呪文によってボストロールとなったのだッ」

 

 驚いているようなので、一応解説をしてやる。

 

「何を考えているっ」

 

「知れたことだッ、私はお前の行動をつぶさに観察していたッ」

 

 故に。

 

「こういうことが出来るのだッ! ルカナンッ、ルカナンッ」

 

「うげっ」

 

 そう、私が狙っていたのは、二回行動の出来る魔物と遭遇し動きを観察し、二回行動を会得すること。

 

(人の身体でいきなり模倣は無理だろうが、オリジナルのコピーなら難易度は下がるッ)

 

 後はこれを人に戻ってからも使えるように試行錯誤してみればいい。

 

(まぁ、流石にルカナンが効くとは思って無いけどね)

 

 それでも、レベルでカンストしている以上、これ以上強くなる方法が能力アップアイテムの使用ぐらいしか思いつかない今、二回行動の会得というパワーアップ機会は大きい。

 

「おのれいい気になりおって、貴様の呪文など効いておらんぞっ」

 

「ぐうッ」

 

 たとえ、モシャスの効果に引っ張られて守備力の下がった所で受けた棍棒の殴打は肩が砕けたかのような激痛だったが、覚悟の上だ。

 

「鏡よッ」

 

 俺は片手でラーの鏡を取り出すと自分が映るようにして覗き込む。

 

「流石に人に戻って即座に実践は無理かッ」

 

 出来ればついでに回復呪文をかけたいところだったのだが、肩に受けた傷の痛みもあってままならず、ヨロヨロと後退する。

 

「けけけけけっ、当たりさえすればこんなものよ」

 

「くうッ」

 

 演技でなく苦痛に足下のおぼつかない私を見て、気をよくした黄緑の魔物に怯んだ芝居をしつつ、密かに呪文を唱える。

 

(ベホマッ)

 

 完全回復呪文を使ったのは、傷の程度がどれほどなのか判別出来なかったからである。

 

(さてと、ついでにそろそろ頃合いかな)

 

 ただ、怪我の功名と言うべきか、モシャスしたことでボストロールの消耗具合もだいたい理解出来た。

 

「やむを得ぬッ、ここは退くッ」

 

「待てっ」

 

 わざとらしく寝室の外へ逃げ出そうとすれば、偽国王はドスドスと足音を立てながら居ってきて、私は覆面の下でほくそ笑む。

 

 いよいよ決着の時が来たのだ。

 

 




まさかの主人公に二回行動フラグ。

ここで閃かないと、次バラモスまで機会無いですからね。

そしていよいよボストロールに終焉が。

次回、第六十話「マシュ・ガイアーの正体」

ついに、謎の人の正体が明かされる

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