強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第五十四話「ダンジョン攻略・ソロ」

 

「これは、どう考えても町に寄るのは避けた方が良いな」

 

 ポツリと呟いてしまったのは、町中を歩き回る兵士の姿があちこちに見えたからだ。

 

(おそらく、囚人が逃げ出してる方までばれてるんだろうなぁ)

 

 着地の姿勢を作りつつ、そんな予測を立てる。

 

「っ」

 

 衝撃は思ったより弱い、これは俺がなれてきたのか。

 

(となると、このままダンジョン突入か。ああ、ガイドブックとかあったらなぁ)

 

 キメラの翼はまだ残っているし、脱出呪文であるリレミトを唱える精神力だってまだ残っていた。

 

(問題はダンジョン構造さえ覚えてないことかな)

 

 一応現在居る場所の名前と階層を知る呪文は覚えているが、これで解るのは自分が何というダンジョンの何階にいるかだけである。

 

(忍び足で出来るだけ交戦を避けて行くしかないか)

 

 まじゅうのつめなら当てれば一撃で倒せるとは思うが、防具の方が布の服と心許ない。

 

(ん? ひょっとしたらルーラでの着地が思ったより楽だったの、防具の軽さも影響していたのかな)

 

 微妙に思考は脱線しつつ、俺は町の入り口から遠ざかる。

 

「さて、南東だったな」

 

 大まかな場所は聞いていた。

 

(しっかし、森に山地に……何というめんどくさい立地)

 

 タカのめがあるので迷うことはないが、頭を抱えたくなるような行程だった。

 

(隠れる場所も多いけど、逆に死角も多そうだし)

 

 この世界は、ゲームと違って移動画面が急にバトル画面に切り替わる訳ではない。故に見通しがよければタカのめと併用することで魔物のいる位置を避けて行くことも出来るのだが、上から死角になる場所の多い森などでは活用出来ないのだ。

 

(後半はともかく、森ではしのびあしに期待するしかないかな)

 

 時間との勝負でもあった。

 

(おっと)

 

 緑色の大猿が大木にぶら下がる姿を発見して迂回し。

 

(うっ)

 

 吐き気を催すような腐乱臭を感じて、風上を避ける。

 

(あー、これはひょっとしてこのあたりアンデッドが出るのか)

 

 グロ耐性のない俺にとって実力以外の面で相性の悪い敵の存在を文字通り「臭わせる」展開に、テンションは嫌が応にも下がった。

 

(別の意味でも戦闘は避けていかないとな)

 

 そう言えば、このゲームには動く死体を使役するようなイメージのモンスターが居た覚えがある。

 

(経験値勿体ないけど少数なら見つけ次第狩っておくべきか)

 

 もし、そいつらが死体を魔物に変えているというなら数を減らしておかないと、天敵まで増加するかもしれない。

 

(けど、確かあれって人型なんだよな)

 

 シャルロットはナジミの塔で経験済みだが、俺は人型の敵を殺したことがまだ無い。せいぜい半分魚の魔物ぐらいなのだ。

 

(いざというときに躊躇ったら後悔するし)

 

 割り切るべきなんだろうか。

 

「シャァァァ」

 

 少し悩みながら、木と木と間に甲羅が挟まって動けなくなった亀とドラゴンのあいのこの様な魔物、ガメゴンをスルーして山地に突入し。

 

(あれ、か……)

 

 山の中腹に固まっている縦に長い仮面をつけた蛮族もどきを視界に入れた俺は、足を止めた。

 

(とりあえず、今回はスルーしておこう)

 

 向こうがこちらに気づいていないこともあったが、何より所々に骨の除いた人影を伴っていたのが大きい。

 

(うーん、一度も戦ってないからかなぁ)

 

 山地を通過するまでにあわや接触が三回ほど。遠くから気づいてこちらが避けたのを含めると両手両足の指数で足りなほどの数魔物を発見し、俺は平原にたどり着いた。

 

(だいたいここからサマンオサまでと同じくらいかな)

 

 ここからは見通しが良いが故に行軍速度も上がり、徐々にオレンジへと染まり行く中、敵を避けて疾駆すればやがて橋が見えてくる。

 

「あ」

 

 そして、気づいたゲーム世界との違い。橋の先に広がるのは毒々しい色をした沼地、。所謂、毒沼である。

 

(そっか、フィールドもゲームより広いなら一マス分の毒沼地もこうなるよなぁ)

 

 学校の運動場を八個集めて囲ったらこうなるだろうかと言う広大な沼の中央に、ぽっかりと口を開けた洞窟。

 

(仕方無いよね)

 

 毒沼地を無傷で渡る為の呪文、トラマナを俺が唱えたのは言うまでもない。

 

(いくら精神力は温存したいって言っても……うん、無理。帰りは入り口からルーラしよう……)

 

 惰弱と罵るなら罵ってくれて良い。

 

(で、ここが話にあった洞窟か……)

 

 そんなこんなで辿り着いた洞窟は不気味な霧が漂っていた。

 

(とりあえず明かりがあるのはありがたいけれど)

 

 こんな場所の燭台にわざわざ火を灯しに来る人間が居るとは思えない。おそらくは人型の魔物が視界確保に油を差しているのではないだろうか。

 

(まずは正面に行くか右手後方に行くかか)

 

 いきなりの分かれ道に、少し迷いつつ、俺は直進を選んだ。理由は単純、行き止まりなら引き返すだけで戻ってこられるからである。

 

(次は右折か直進か、か)

 

 最初の右手後方の道は左手に折れ曲がっていた。

 

(となるとさっきの入り口はこの階の南東にあるのかも)

 

 だったら北西の端に下り階段はあるのではないだろうか。

 

(行ってみよう)

 

 盗賊のはなによると、このフロアに宝箱はない。故に目的地は地下二階以降。

 

(地底湖、それとも地下水脈かな)

 

 パチャパチャと水と戯れるガメゴン達の微笑ましい光景を気配を殺してのすり足による迂回でやり過ごし。

 

(上が毒沼地だからと思いたいけど……あ)

 

 充満する腐敗臭にMPではない精神力を削られつつも、たまたま地下に降りる階段を発見する。

 

(うん)

 

 さっさと降りる以外の選択肢なんて無かった。

 

「え」

 

 まぁ、降りてからも問題だったのだが。

 

(これは、古典的というか、何というか)

 

 等間隔、と言う訳ではないがいかにもこっちにおいでと言わんがばかりに宝箱が転々と置いてあったのだ。

 

(まず、あっちは違うな)

 

 と言うか、この中のどれかがラーの鏡だったら俺は暴れる。

 

(となると、怪しそうなのはもう一つの出口か)

 

 宝箱が誘うのは北西、右手に箱を見ながら進むと左手の方にも今居る大きな空間の出口があってそっちには宝箱もない。

 

(そして最後に、あの穴)

 

 階段ではなく、穴。下に降りるという意味では穴を落ちるのが一番早そうだが、一方通行でもある。

 

(ん?)

 

 そう、普通ならば一方通行だ。

 

(そう言えばロープがあったっけ)

 

 サマンオサの牢で兵士を縛った残りだが、試してみても損はない。

 

(ま、階段に近い位置だしたぶんハズレだろうけど)

 

 さして期待もせず、俺はアサシンダガーにロープを巻き付けると地面に突き刺してから近くの石で撃ち込み下に降りる準備を始めたのだった。

 

 




宝箱をスルーし、先に進むことを優先する主人公。

ロープを使って降りた先にあるものとは?

次回、第五十五話「ラーの鏡」。

ようやくサマンオサ編終わりの兆しが見えてきた、かも。

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