強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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最終話「新たな旅立ち」

 

「これで終わりだ、イオナズンっ」

 

 崩れ落ちた骨が再利用されないよう、最後に爆発を起こす呪文で消し飛ばす。

 

「くそっ」

 

 戦いが終わり、一つの試みが終わった。シャルロット達のアレフガルド行きはもはや防げない。

 

「……レムオル」

 

 戦いの音か直前の爆発音を聞きつけてやって来る者に目撃されぬよう透明化の呪文で姿を消すと、俺はその場を後にした。

 

(……はぁ)

 

 一人で挑んだのが失敗だったとは思いたくない。ゾーマの動きが、バラモスゾンビを出すまでおおよそ予測通りに動いたのも俺が単独で動いたからこそだ。

 

(シャルロット達と共に挑もうとすれば、宴の主役がお城に来ないのだから宴自体が始まらない。そんな事態に至ればゾーマだって訝しむ)

 

 その後、原作という筋書きを外れたゾーマが何をするか。

 

(手ぶらで帰る? まずないな)

 

 何らかの被害は、きっと出ていた筈。

 

(とは言え、クシナタ隊は急すぎて連絡がつかなかっただろうし、酒場にいる勇者一行の二軍メンバーは弱すぎて逆に足手まとい。おばちゃんやあの変態娘も足手まとい枠だな)

 

 先程の状況下で本気の大魔王とやり合うなら、欲しいのは補助呪文や回復呪文を使ってくれる仲間だ、自分の身は自分で何とか出来るレベルの。

 

「……何が引き分けなものか」

 

 明らかに大魔王ゾーマとの戦いは、俺の負けだ。万全を期すなら、バラモスとの戦いに赴く前にクシナタ隊に連絡してアリアハンで待機して貰っておくべきだった。それなら、ゾーマが取り巻きをゾロゾロ連れていてもまともな勝負になったのだから。

 

「ともあれ……まずはこの『ひかりのたま』をシャルロットに返さないと」

 

 一度はがしたゾーマのバリアだが、おそらくは既に張り直しているだろう。

 

(不思議と原作のゾーマ戦で全滅した記憶はないからあれだけど、全滅して再戦するとき、バリアが解除されたままってのは考えづらいし)

 

 シャルロットのお袋さんに約束は果たしたとか言って出てきてしまった手前、シャルロットと顔は合わせづらいが、何も直接返す必要はない。シャルロットの部屋に忍び込み、袋に戻しておいても良いし、人を使って渡すという方法だってある。

 

(ゾーマの宴会介入は俺が阻止したから、そうすると今はまだお城かな……って、待てよ?)

 

 ゾーマの介入を防いだことで、あちらはめでたしめでたしと完全に完結してる可能性がある。

 

(ひょっとしてアレフガルド行きの話もなくなったとか? いや、それはないな。勇者の夢に出てきたルビスの僕っぽい妖精だか何かが封印された主人をそのままにしておくとは考えにくいし)

 

 夢に出てきてゾーマの存在について警告し、諸悪の根源が残っていることを知ったシャルロットが再び魔王討伐の旅に出るという展開は充分にありそうだ。

 

「……一番大きな問題は、その旅に俺がついて行けないこと、だな」

 

 ついていったとしても、途中で離脱することになるだろう。

 

「結局の所、何処かで別れなきゃいけなかったんだ……」

 

 シャルロットの母親に自分の役目は終わった的なことを伝えた今こそ、丁度良い。

 

(なのに……なんで)

 

 足取りも心も重いのか。こんなに辛く感じるのか。

 

(くそっ、解ってた事じゃないか。こうなることは)

 

 この世界に、この身体で生まれた訳ではない。元の世界に戻ることだって考えて、その場合シャルロット達との別れがやって来るのは必然だったのに。

 

(こちらの世界にいる神竜に挑んで願いを叶えて貰うなら、ゾーマとの戦いにはついて行けない)

 

 ゾーマを倒すと、こちらとアレフガルドを繋ぐ穴が塞がり、こちらの世界には戻れなくなる。それでは、神竜に挑むことは不可能だ。

 

(原作のようにラスボスを倒したら、最後にセーブした場所から再開出来るというなら話は別だけど……)

 

 保証もないのに危ない橋は渡れない。

 

「俺が、こっちに残らなければ……最悪、シャルロット達は何の救いもないまま終わっちゃうんだ」

 

 オルテガの蘇生も叶わず、異郷のアレフガルドから生まれ故郷に戻ることも叶わず、シャルロットのお袋さんや祖父にしたってシャルロットとオルテガを失ったも同然。

 

(叶えられる願いは最大で三つ。原作では選択式だったけれど、この世界なら自分の願いを直接言える)

 

 オルテガだけでなく元バニーさんの父親やアークマージのおばちゃんの旦那さんだって勇者一行の肉親で他者に殺されたものと一括りで蘇生を願えば生き返らせて貰えると思う。

 

(纏めてしまえばそれで一つの願いだもんな……けど)

 

 叶えられる願いはあと二つ。

 

(竜の女王……確かに俺は選択を強いられたと思う)

 

 一つだけ自分を救う手段があったと言われた時、どの手段が有効であったかはすぐに解った。一番現実性が高かったからだ、同時に天秤にかけるものが一番重いものでもあった。

 

「この場合、『ごめんなさい』と『ありがとう』のどっちを言えばいいんだろう」

 

 ポツリと零しつつ進む俺はアリアハンの入り口をくぐり。

 

「っ」

 

 あり得ない人の姿を視界に捕らえて、立ちつくす。

 

(シャル……ロット?)

 

 まだ宴は続いているはず。その主役が、こんな所にいて良いはずがないのに。

 

(くっ)

 

 誰を待っているか一目瞭然な、女勇者に俺はただ歯を食いしばり、すれ違い態に道具袋へひかりのたまと短い手紙を押し込んで脇を通り過ぎる。

 

(ごめんっ、シャルロット。けど)

 

 ただいまを言ってしまえば、もう一度お別れをしなきゃいけなくなる。

 

(俺、必ず神竜を倒すから。願いを叶えて貰って、ハッピーエンドにしてみせるから)

 

 今は、逃げ出すことを許して欲しい。

 

(ごめん、シャルロット……本当に……ごめん)

 

 メインストリートを映していた視界が、滲んで歪む。

 

(そろそろ、レムオルの効果が切れる……横道に逸れないと)

 

 出来るなら、そのままアリアハンの外に出てしまえればいい。未練を断ち切れるよう。

 

「っ」

 

 だが、勇者一行は何処までも俺に優しくなかった。

 

(元バニーさ……ミリーまで)

 

 アリアハンのもう一方の入り口でポツンと佇む女賢者の後ろ姿には見覚えがあった。

 

(ちくしょうっ)

 

 溢れ出てくる涙を隠すように顔を押さえ、俺は呪文を唱える。入り口が封鎖されているなら出口は上にしかない。

 

「ルー」

 

「マイ・ロードぉ!」

 

 涙声で完成させかけた呪文、最後の一音を発す直前に感じたのは、背中への衝撃。

 

「ラぁっ」

 

 出かかっていた言葉は止められず、柔らかな何かにしがみつかれたまま俺の身体は空に浮かび上がる。

 

「……トロワ」

 

 まもの って、ほんとう に くうき を よまない。新たな門出を台無しにされた怒りで涙が引っ込んだのは、幸か不幸か。

 

「はい、マイ・ロード。私はこぎっ、ちょ、マイロード空中でのプレイは斬新すぎあっ、い、痛い、や、やめ」

 

「時と場所を考えて発情しろぉぉっ!」

 

 心からの叫びは地上のみんなに聞こえていないと思いたい。

 




バラモスゾンビ「解……セヌ」

うむむ、プロット的な何かではアランの元オッサンに見つかってボロボロ泣きつつ一部ネタばらししてから離脱する予定だったんですが、トロワの登場で結末が歪んでしまいました。

おのれ、マザコン娘め。

ともあれ、これにて勇者シャルロットとそのお師匠様のお話はお終いとなります。

ふぅ、何とか主人公は逃亡出来ましたね、これでタイトル詐欺と言われる生活ともきっとおさらばです。

あ、ひょっとしたらこの後、「シャルロットがアレフガルドを冒険するお話」か「主人公が神竜に挑むお話」を書くかも知れませぬ。

流石にここで完全終了では「そりゃねーぜ」ってなると思いますので。

ともあれ、長々とお付き合い頂いた読者の皆様には感謝を。

ご愛読ありがとうございました~。



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