強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百九十九話「けつまつ」

「でやあっ」

 

「ぐうっ、ぶっ」

 

 爪を左から右に振るった斬撃の勢いを利用して回転し、遠心力を乗せたマントの一撃を叩き込む。

 

(擬似的な耐性装備手に入れたのは良いけど、片手塞がっちゃったし、盾と違うからなぁ)

 

 いくら遠心力を乗せてマントを叩き付けたところで、ダメージはお察しである。

 

(ここは奪ったマントをしまってブーメランに持ち替えるべきか)

 

 いくら被ダメージが減ると言っても、こちらの与ダメージまで減ってしまっては長期戦が確定してしまう。

 

(この手のボスって精神力無限がお約束だからなぁ、長引けば、俺のMPが尽きる)

 

 こんな事ならひかりのたまと一緒にいのりのゆびわでも無断借用してくるべきだったかもしれないが、キメラの翼を貰うと言う名目で袋を手に出来たのはホンの僅かな時間、あれでいくつものアイテムを抜き出すのは流石にこの身体のスペックでも厳しかったと思う。

 

「ふ、人間一人にこの態とは……大魔王というのも割と大したことはないな」

 

 もっとも内面の後悔や焦りなど外に漏らす訳にはゆかず、覆い隠そうとした結果はゾーマへの挑発という形を作って口から漏れる。

 

「くっ、言わせておけば」

 

「言わせているのは誰だ? まあいい、大魔王の遊びに付き合うのももう飽きた」

 

 言いつつ俺は左手のマントを足下に捨て、鞄から炎のブーメランを取り出して左手に持つ。

 

(吹雪かマヒャドが来たら――)

 

 足でマントを引っかけ、盾にする。ブーメランならば中距離からでも攻撃は可能だ。

 

(隙あらば踏み込んで爪で一撃)

 

 結局の所、選んだのは攻撃重視の立ち位置。

 

(このまま最終奥義でゾーマの命を削りきれる所まで持って行くっ)

 

 たった一人ではあるが、いける筈だ。原作越えの複数回行動もちのカンスト賢者盗賊のスペックなら。

 

「いくぞ、バイキルト」

 

 最初は攻撃力倍加呪文。

 

「でぇいっ」

 

 続いてブーメランを投げつけ。

 

「ぬっ」

 

「はっ」

 

 オレンジのブーメランにゾーマが反応を示した所で地を蹴り、距離を詰める。

 

「喰らえ」

 

「があっ、ごっ」

 

 ブーメランを打ち払おうと腕を振り上げがら空きになったゾーマの胴を爪で薙ぎつつ脇をすり抜け。

 

「おっと」

 

 大魔王の顔に命中し、落ちてきた炎のブーメランを拾うとそのままゾーマのマントが落ちた場所へと駆ける。

 

「おのれっ、小賢しい真似を」

 

「っ」

 

 背にかかる凍てつく波動でバイキルトの効果が消え去るが、攻撃でないだけマシだろう。

 

「マヒャド」

 

「ちっ、間に合えよっ」

 

 後から氷の刃が空を斬り裂き飛来する音を聞きつつ、前傾姿勢を作ると、左腕を伸ばし。

 

「だあっ」

 

 飛び込み前転の要領で掴んだマントに包まりりつつ、地面を転がった。

 

「ぐ」

 

 無論、それで避けられる程ヒャド系最強呪文は生ぬるくはないが、マント越しにぶち当たった氷の刃は直接受ける一撃と比べればいくらかマシであり。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 全速力でマントまで駆け戻り、そこに氷の刃の一撃を貰った俺と、俺の攻撃を二発貰いながらも凍てつく波動と呪文を放った大魔王が荒い呼吸のまま互いを見つめる。

 

「たかが人間一人と思っていたが……よもや、これほどとはな。ヘイルよ、何故そこまでもがき、抗う?」

 

「ふ、その台詞そっくり返そう」

 

「なに?」

 

「滅びこそ喜びだというなら、自分の滅びも喜びだろう? ここで俺が貴様を滅ぼしてやるから抵抗などせずにさっさと倒されるがいい」

 

 もし他人に倒されるのが嫌だなどと我が儘を言って来るなら、こちらも他人に倒されたくないと返すつもりで俺はゾーマの反応を待った。

 

「ふふ、ははははは……わははははは。面白い。このわしにその様な事を言ったのは貴様が初めてだ」

 

 その言葉の一体何処がゾーマの笑いのツボに入ったのかは解らない。

 

「最初かどうかに興味はない。俺が求めているのは返答だ」

 

「まあ、よい。今日の所は引き分けと言うことで退くとしよう」

 

 おかしくてこらえきれないと言った態のゾーマを俺は追求したが、返ってきたのは、答えですらなく。

 

「引き分け?」

 

「たった一人、わしに挑んでくる人間をなりふり構わず相手にすると思うてか? わしはまだ本気を出して居らぬ」

 

「な」

 

 ゾーマの発言に驚きの声を俺が漏らしたのは、ゾーマには没になったが第二形態が用意されていたと言う話を聞いた事があったからに他ならない。

 

(だけど、本当にあるのか、第二形態?)

 

 半信半疑の状態だが、笑い飛ばす訳にも行かず。

 

「だが、このわしを相手にここまで抗って見せたは見事」

 

 言いつつ、ゾーマは己の服に腕を突っ込む。

 

(え? まさかそこから「敢闘賞にわしのブラジャーをプレゼントじゃ」とか言い出すんじゃ)

 

 一瞬アホな想像をしてしまったのは、全く行動が読めなかったからだと思いたい。

 

「よって、わしが本気であればどうなっていたかを教えてやろう」

 

「っ、それは……」

 

 俺の思考を無視してゾーマは腕を抜くと、そこにあったのは何処かで見覚えのある袋。と言うか、明らかにトロワが胸やら尻やらを誤魔化していた袋であり。

 

「ほう、知って居るか。ならば」

 

 興味深そうに俺の表情を見やり、手を袋に突っ込み取り出したのはいくつもの袋。

 

「入れ子構造?」

 

 思わず声を上げる俺の前で、ゾーマはそれらの袋をひっくり返す。

 

「っ」

 

 ボトボトと落ちてきたのは、肉片のこびりついた何かの骨。それは、地面に落ちるなり動きだし、一つの形に組み上がって行く。

 

(ちょっ)

 

 俺はそれが何だか知っていた。同時に引き分けだと言い出した理由も。

 

(バラモス……ゾンビ)

 

 虚ろだった頭蓋骨の眼に怪しげな光が灯ると、ガシャガシャと骨を鳴らし、ゾーマの前に進み出る。

 

「成る程な、本気であれば二対一だったと言う訳か」

 

 迂闊だった。ゾーマがこちらの世界にやって来た理由が宣戦布告とバラモスの死体の回収だったとしたなら、想定しておくべきだったのだ。

 

「貴様の相手は我が僕がしてくれよう。先程の貴様の顔、見物であったぞ。ではな、さらばだ」

 

「くっ」

 

 ゾーマを逃がすのは悔しいが、流石にバラモスゾンビとゾーマを相手に一人で戦うのは厳しい。俺は視界の端に去って行くゾーマを入れつつも、新たな敵を無視する訳には行かず。

 

「スカラ、スカラ」

 

 とりあえず、呪文を唱えた。俺の記憶が確かなら、新手の骨(バラモスゾンビ)は攻撃力特化型で通常攻撃しかしてこないのだ。

 

「守りさえ固めてしまえば――」

 

 あとは防御の隙をついた形で繰り出される痛恨の一撃を受けないように気をつけ、立ち回るだけ。そこからは完全な消化試合だった。

 

 




待っていたのは、バラモスゾンビとの戦い。

そしてゾーマはアレフガルドに去り――。

次回、最終話「新たな旅立ち」

第一部・完と言う意味でなのか、それともアレフガルド編は別のお話でやるのか、はたまた……。

ご愛読ありがとうございました、もう暫しお付き合い下さい。

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