「ごめんなさいね。私にはそなたの考えていることが解りました。だからこそ、言えなかったのです」
立ちつくす俺の前で、竜の女王は続ける。
「今になって明かした理由は、もうそなたに選択を強いることもなくなった為」
「一体、何を……」
「今から私の病を治そうとしても、もう間に合いません」
残酷な告白は、静かな瞳でなされた。
「……ちょっと待て、じゃあ、あの時、最初に会った時に病を治そうと動いていれば間に合ったのか?」
「いいえ、それでも間に合うことがあったかも知れない程度のものです」
ようやくいくらかの理解が追いついて問いを発すと竜の女王は首を横に振る。
「だからこそ、可能性にかけて色々なモノを天秤にかけるようなまねをそなたにさせたくありませんでした。病にかかったのは私、見ず知らずのそなたには何の責任もありません」
「だがっ」
「そなたには感謝しています。我が子の行く末を案じた私の我が儘を聞いてくれた。私の赤ちゃんを育ててくれる二人はもう来ているのでしょう? ですから、もう、いいのです」
「くっ」
食い下がろうとする俺を見つめ返す瞳は何処までも穏やかで、反論を許さぬ力があった。
「そなたの記憶に有る通り、私はこの子を産んで逝くことになるでしょう。ですが、この子の行く末までがそなたの記憶通りになるとは思えません。あの竜の魔物と添い遂げようとする人の王族の子が、この子を育ててくれる。ですから、心残りはありません。そなたに嘘をついたことを詫び、何の責任もないと伝えることも出来たのです」
「待て、縁起でもな」
「大丈夫、まだ逝きはしません。養い親になってくれる二人にも話はありますから。呼んできて、下さいますね?」
どうすれば、その願いを断ることが出来ただろう。
「……わかった」
絞り出すように答え、踵を返した俺は、その足でおろち達の待つ小部屋へと向かった。
(くそっ、全部見通した上で……嘘ついてたのかよっ)
竜の女王の言う通りだった。真実を知っていたなら、多分俺はその可能性にかけていたと思う。同時に何を代償にしようとしたかもあの口ぶりと自分の行動パターンから察せた。
(全てを救うのは傲慢だと解っていた。それでも……助けられる可能性が残ってたのに、取りこぼすなんて)
強く握った掌に爪が食い込む。
(けど)
この気持ちのまま、今の表情のままマリク達の居る部屋に顔を出す訳にはいかない。
(ポーカーフェイス、ポーカーフェイスだ)
城を出て呪文で飛び立てば、人目を気にしなくても良い。
(女王の残された時間をこんな所で無駄遣い出来ない、今だけは――)
感情を押し殺し、おろち達を呼ぶ。
「入るぞ?」
「あ、はい」
ドアをノックしつつ問えば、中から聞こえたのは、マリクの声。
「待たせたな、竜の女王が呼んでいる」
「解りました。では、いきましょうか、おろちさん」
「そうじゃな」
この短いやりとりで、俺のここでの役目は終わった。
「あ、ヘイルさん、ありがとうございました。こうして、一緒になれたのもあなたのお陰ですし」
「いや、俺は些少手伝っただけだ。修行をして力を付けたのはお前自身だろう? では、おろちと幸せにな」
そのまま立ち去ろうとした背にかけられた声に、平静を装いつつ応じると、そのまま出口へと向かう。
(ありがとうございました、か)
心境が心境だからなどと言ったところでそれはいい訳だろう。感謝の言葉へ振り向きもせず立ち去ってしまった。
「駄目だな、俺は」
竜の女王がマリク達に卵を託して逝ったなら、直前の失礼ともとれる対応に説明はつく。
(つくとは思うけど、感情に振り回されてるのがバレる訳だし)
いや、自分の未熟さが露呈する事なんてどうでもいい。
(頭の中はゴチャゴチャだ)
だから上手く言葉にならないけど、最悪の気分だった。
(救えなかった自分が許せなくて、目の前の現実が認められなくて)
ただの我が儘で、癇癪だったとしても。
「助けたかった……」
何時の間に城を出たのか覚えはない。ポツリと漏らして見上げれば、青空が広がっていた。
「こうしてモヤモヤしないように、俺の責任じゃないって竜の女王は言ったんだろうけど……」
生憎とその心遣いを活かせる程、俺は出来た人間じゃなかった。
「さて、あちらの方も復活しててくれるといいんだけど」
なんて、ジパングの方を見て暢気に呟く心境にはなれない。
「ルーラ」
ポツリと呪文を唱え、浮かび上がり。
「くそっ、ちくしょおおおおっ」
高度が上がる中で俺は叫んでいた。
完全シリアス回。
短めで済みませぬ。
次回、第四百八十話「ジパングへの帰還」