「終わったな……」
空を仰ぎ、目を閉じて嘆息する。
(たぶん、これで良かったんだ)
おろちの恋は実らぬものだった訳だし、マリクが無理矢理おろちに迫った訳でもない。
「とりあえず、問題は片づいた。後はバラモスだけか」
厳密には竜の女王の所へマリク達を連れて報告に行くといった事後処理も残ってはいるし、マザコンで変態なおばちゃんの娘をどうするかという別枠の問題も残っている。
(けど、ようやくここまで来れた……)
俺というイレギュラーによってあちこちショートカットしたり脇道に逸れたりした勇者シャルロットの旅も、国王から依頼されたバラモスの打倒まであと僅かというところまで辿り着いたのだ。
「……ただし」
「うぅ……言えない。ボクには、あんな……」
顔を赤くしたまま何やら悶々としているシャルロットを正気に戻さないと決戦も何もあったモノでは無いような気がするけれど。
(と いうか、なに を いってたんだ、あの だへび)
シャルロットの様子を見る限り、知らない方が良さそうな気しかしない。
「しゃ、シャル……だ、大丈夫ですか?」
気遣う様子の元バニーさんはなんともないようだが、そこは魔物の言葉がわかるのと解らないので明暗が分かれたか。
「……そう言う意味では、言葉がわかるのに割と平然としていたな、トロワは」
「マイ・ロード、当然です。私はママンにならあれより卑猥なことだって言えますから」
なんと いうか、へいじょう うんてん でしたよ、この まざこん。
(驚かないって言うのは駄目な方向に俺が慣れてしまったからなんだろうけど、やっぱ卑猥なことを口走ってたのか、あの変態蛇)
シャルロットの態度から何となくは察せた。だが、これはちょっとOHANASIが必要になるかも知れない。
(もちろん、一番大切なのはシャルロットのケアの方だけど。しっかしなぁ……)
せくしーぎゃるったおろちにショックを受けたシャルロットをどうしたらいいかなど俺にはまったく見当がつかない。
(そも、この手のことを男の俺が何か出来るとも思えないし……任せるなら同性。こう、人生経験豊富な方が頼れるかなぁ?)
そこまで条件を絞り込むと、人数は絞られてくる。
(今ジパングにいる女性でだと……ウィンディ、はないな。トロワも論外。おばちゃんは一見良さそうだけど、これの親だし)
魔法使いのお姉さんや元バニーさんは、シャルロットとそれ程年齢が離れていると思えない。
(いっそのことアリアハンに戻ってシャルロットのお袋さんに頼……たら、俺が殺されるな)
まさかの八方ふさがりというか、該当者なしである。
(結局、俺が何とかするしかないってことなのかなぁ)
人を頼ろうとするのは虫が良すぎると言うことだろうか。
「シャルロット」
「ううん……けど、がーたーべるとをしてたら――」
声をかけてみるが、心ここに在らず。独り言を呟くだけでこちらの言葉は聞こえておらず。
(そもそも、いま ものすごく ふきつ な たんご が とびだしましたよ?)
あのろくでもない品の名がここで挙がる理由は一つしかない。
(がーたーべるとを付けたら、おろちみたいになってしまうんじゃないかという恐怖、なんだろうな)
男の俺には完全に理解するのは難しいが、性格がむっつりすけべに矯正されてしまうネックレスだったら付けさせられそうになったことはある。
(ともあれ、こっちの声が届かない状態なら仕方ない、か)
いつまでも洞窟の外に立ちっぱなしと言う訳にもいかないだろう。
「シャルロット、ミリー、ジパングに戻るぞ?」
おろちならヒミコの部屋まで直通の旅の扉もどきも作れるのだ。マリクを残していっても何の問題もない。
「シャルロット?」
「ボク、ボク……」
「き、聞こえてないみたいですね」
念のためにもう一度呼びかけてみても反応の無い様に、元バニーさんの言葉へそうだなと頷く。
「おろちの言動の刺激が強すぎたと言うことか。……やむを得ん。シャルロットは俺が運ぼう」
「えっ」
「いや、持ち上げるのに手をかければ流石に我に返るかと思ってな」
それでも駄目だったら、生半可なことでは効果もないと思う。
「どちらにしろ、ここでこのまま待つよりもマシだ。女子供一人分の重さでどうにかなる程ひ弱なつもりはないしな」
呼びかけに反応するようだったら、何とか言葉を探してフォローするつもりだったけれど、言葉が届かないなら時間をおいて仕切り直すしかない。
(とは言え、トロワとおばちゃんはアークマージ。鎧を着たシャルロットを背負って山野を歩くのは大変そうだし)
元バニーさんに頼むべきかは迷ったのだが、バニーさんがシャルロット背負って歩いた場合、まず間違いなく行軍のペースが落ちる。
(一応鎧があるから直接触る訳じゃない。セクハラには当たらない筈だ)
一応父親代わりでもある訳だから、そっちの面でも容赦して貰いたいと思う。
「……よし。いや、全く反応がないという意味では『よし』ではないか」
シャルロットの鎧に手をかけて持ち上げると、ちらりと腕の上のシャルロットが相変わらずであることに苦笑し。
「ご、ご主人様?」
「どうした? この抱き方か? 呼びかけても反応がないのにしがみつけと言って聞くとも思えんからな」
安定を考えた結果、俺が選んだのは言わばお姫様だっこ。
「解りました。ではマイ・ロード、私が背中にしがみついて背負って頂きます」
「何がどうして『解りました』と『では』でそう言う答えが出てくる?」
「あらあらまぁまぁ」
多分まだ孫を母親に見せる作戦を諦めていないのだろう。胸を押しつけてくる作戦以外考えられなかった。
(それにおばちゃん、見てないで止めて下さいよ)
お前の娘だろ何とかしろ、である。
(おかしいなぁ、モテるってもっと嬉しいモノだと想像してたのに)
モヤモヤしつつ嘆息した俺はシャルロットを抱いたままジパングに向けて歩き出すのだった。
トロワ、自重せず。
次回、第四百七十七話「結果がどうあれ、報告はしておかないと行けないですよね、うん」
竜の女王、息子の養父母あれでいいのか?