「ん……そうか、もう朝か」
その後、モシャスはなしで出来うる限りのことをすると言う事にした俺達は、大事をとって早めに休み、目覚めると窓から朝日の光が差し込んでいた。
(しっかし、久しぶりの布団だったな)
この世界ではベッドで寝るのが多数派である。ゴザやむしろ何かを敷いてその上に寝かせるパターンも何処かで見たような気がするが、記憶違いだったかも知れない。
(まぁ、床の上とか地面の上に直接寝てるケースもあるからなぁ)
後者だと某村の熊殺しの墓に詣でていた男性なんかが良い例だろうか。
(って、だったらカザーブに行けば幽霊が目撃出来たんじゃ……いや、わざわざ見に行く必要もないかぁ)
こうして振り返るとこの世界、見て回れる場所がけっこう残っていることに気づく。まぁ、バラモスが何をやらかすか不明な今、のんびり観光しているような余裕がないのは解っているけど。
(そもそも、「戦いが終わったら~」とか「平和になったら~」ってのが全力でフラグだもんな、ありがたくない方の)
迂闊なことは言えないし、考えられない。
「だいたい一人気ままな旅なんてな……」
今の俺には望むべくもない。
「ま、マイ・ロード」
交易商人向けの宿にはベッドも完備されていた。そしてそこに横たわって俺を呼ぶのは、念のためロープで縛ったマザコンな変態さんである。
(うん、まぁ……なんて言うか、現実逃避でもあった訳だけどさ)
常に側に侍るを実行しようと俺の部屋に入ってきたトロワに同室でもいいが、と代わりに出した条件が、寝ている間は拘束させて貰うと言うモノだった。
(当人はそう言うプレイと勘違いしてたってとこかな)
俺としては孫を見せて母親を喜ばせたいというこのアークマージのぶっ飛んだマザコンっぷりを見ている。だからこそ野放しにはしておけなくて勘違いに便乗して拘束させて貰ったのだ。
(怪我の功名と言うか、不幸中の幸いというか)
シャルロットも元バニーさんもこの部屋に泊まっていかなかった理由はある意味でトロワのお陰だろう。
「野放しにしたら何をするか解らないので、縛った上で隔離している。寝ぼけてお前達の部屋に忍び込むかもしれんからな」
そう説明したら、二人ともすんなり信じてくれた。元バニーさんのお尻に顔を埋める変態行為をやらかしたのが大きかったのだと思う。
(しかし、まぁあんなことやらかせば気にはなるよな。しかも姿が見えなければ安全の為見に来たっておかしくないし)
側に侍ると言っていたのだから、俺の所にいるだろうと判断するのも間違っていない。
「ま、マイ……」
「解った解った。今解いてやる」
エピちゃん事件を色違いコンプする気はない。
「マイ・ロード、その……側に侍ると」
「ああ、トイレだろう? ノーカウントにしてやるから行ってこい」
手を振るだけでもじもじする変態を部屋から追い払うと、俺はとりあえず解いたロープを拾い上げる。
「……このロープも買い換え時、か」
縛られたままもがきでもしたか、何度か使ったために傷んだのか、ロープを構成する糸が切れている場所を見つけ、丸めたロープは鞄の元入れてあったのと違う場所にしまう。
「このままだとロープの消費が激しくなるな。アンと相談してみるか」
今は女の子除けとして機能しているが、このままトロワを側に置いておくのは色々拙いような気がする。
「一番良いのはあいつも誰かとくっついてくれることなんだけどなぁ」
美人でスタイルが良くても何もかもを台無しにして限界突破するレベルの変態だ。
(もし俺が元の身体だったとして……うーん、究極の決断だ)
ないわーと蹴るには過去の俺がモテなさ過ぎた。
「と言うことは、低確率ではあるが、ひょっとしてひょっとすれば嫁の貰い手はあるのか」
エピちゃんのお姉さんだってくっついた訳だし、変態でも可能性はある。
「そうだな、あいつの趣向からすると自分の母親にモシャスで変身出来る男ならあっちはバッチ来いなん……あ」
そっか、もしゃす が つかえる こと が ばれたら もう あぷろーち かけられるんですね、わかります。
(あいつだけには絶対ばれないようにしないと……)
もしくは、モシャスが使える誰かに即行で押しつけるか。
(アランの元オッサンには魔法使いのお姉さんが居るし……マリクはおろち一筋だろうし、うーむ)
男性魔法使いはレアケースを除けばデフォルトで老人だ。マリクの様な都合の良い奇跡は二度もないだろう。
「お師匠様、良いですか?」
ドアが外からノックされたのは、そう俺が生存方法を模索していた時のこと。
「ん、シャルロットか。いいぞ、鍵はかかっていない」
「あ、本当ですね。お師匠様、おはようございます。えっと、おろちちゃんからお使いの人が手紙を持ってきて」
ドアを開け、入って来るなり挨拶したシャルロットはマリクとの手合わせの時刻が書かれていたと俺に告げた。
「政務が始まる前なら時間がとれる……と言うことか、成る程。俺の所に来たのは一番最後か?」
「いいえ、これからミリーやアランさん達にも知らせに行くつもりです」
「そうか。ならばアランの方は俺が受け持とう。アンの所にはトロワに行かせる。母親と引き離したままだと反動が何処で出るかわからんしな」
変態レベルが跳ね上がっても拙い。と言うか、まだ上がるのかとも思うが、現状の変態さを見ていると油断は出来ない気がするのだ。
(杞憂であって欲しいけれど……うん。今はもうこのことは考えないでおこう)
想像してしまうと正気を失いそうな気がして、頭を振った俺は、鞄だけ拾い上げると、用件を告げて去っていったシャルロットの後を追い部屋を出た。
「ほう、こんな朝早くからですか」
「ああ。出来ればサラの装備を幾つか借りたいが、良いか?」
「もちろん構いませんわよ。と言うか、私達は行かなくてもよろしいですの?」
「まあな。回復も補助も賢者が一人居れば事足りるし、ゾロゾロ出かけては何事かと回りに思われるだろう。ミリーと俺、あいつとそれなりに親しいという理由でシャルロットが居ればそれでいい。まぁ、あのマザコン娘は己に課した誓いを理由に付いてくるだろうが……」
俺としてはおばちゃんと留守番でも全然構わない。
「苦労しておられますな」
「まぁな」
「お待たせしましたわ、どうぞこれを」
「すまん」
アランの元オッサンの言葉に苦笑し、魔法使いのお姉さんから盾を受け取った俺は、トイレから戻ってくるところだったトロワと会い、伝言を頼むとそのまま宿の入り口に向かう。
「あ、へ……スーザンさん、シャルロットさん」
「どうだ、しっかり眠れたか?」
「はいっ」
カウンターの前のロビーで俺のかける声にマリクは力強く頷き。
「いい返事だ。なら、大丈夫そうだな。装備を借りてきた、慣れる為にもここで身につけていけ」
今やジパングはおろちの支配下。そこへ俺が聖水を振りまけば、道中で魔物に襲撃されることはまず無いと言って良いだろう。
「ありがとうございます」
「ふ、では、残りの同行者が揃えば出発するとするか」
「「はい」」
こうして、おろちにマリク、そして竜の女王の子。幾人もの運命が決まるかも知れない一日は始まったのだった。
ガッツリ書いたのに出発までだと?!
申し訳ありませぬ。
次回、第四百七十四話「男を見せる日・中編」
次回こそ戦いまでをっ