強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百七十話「たいめん」

「ヒミコ様、先程お話ししたお目通りを願いたいという者が参りました」

 

「おお、待っておった。通してたも」

 

 部屋の中からの呼びかけにおろちの声は若干弾んでいた。

 

(まぁ、当然って言えば当然か)

 

 来訪はこれが初めてと言う訳でもないし、取り次いでくれたジパング人が俺のことを覚えていなくても、名前か容姿ぐらいはおろちに伝えていると思う。

 

(つまり、おろちからすれば意中の人を探してくれてる人物の再訪問だからなぁ)

 

 進展があったと期待したって無理はない。

 

「ヒミコ様はお会いになるそうだ。通られよ」

 

「そうか、邪魔をする」

 

 若干デジャヴを感じるやりとりを経て取り次ぎの人の横を抜けた俺はヒミコの部屋へと足を踏み入れ。

 

「何か、何かわかったのかえ?」

 

 挨拶も何もかもすっ飛ばしてぶつけられたのは、直球の本題だった。

 

「気持ちはわからんでもないが、良いのか?」

 

 苦笑しつつ俺は顎をしゃくってお付きの者を示し。

 

「っ、そうであった。下りおりゃ。わらわはこの者に内密の話があるのじゃ」

 

「はっ」

 

 そこでようやくまだ人がいたことに気づいたおろちの命で入り口に控えていたジパング人が去って行く。

 

「さて、では話をするか」

 

 ある意味でここからが勝負でもある。

 

「うむ、待ってお――」

 

 俺の言葉に頷き、身を乗り出そうとしたおろちが固まる。

 

「あ、ええと……こんにちは」

 

 視線を辿って振り向くと凝視されたまま、何とか挨拶するマリクの姿があり、そこで俺は悟った。

 

(あー、逸りすぎてマリクの存在に気づいてなかったのか。で、ようやく気づいた、と)

 

 と、なれば次におろちの口から出てくるのは、誰何の声かもしくは問いかけだろう。

 

「この少年が探し求めていたあのお方か」

 

 と言う勘違いを含んだ。

 

(後者の場合……ここで「そうです」と言ってしまいたい誘惑に勝てるかな)

 

 そんな嘘ついてもすぐにばれるし、そのパターンはマリク当人にも拒絶されていたと思う。悪手だと解っているのに。

 

「お、お前様。このおのこはもしや……」

 

 おろちのくちを着いて出たのは、後者の方だった。

 

「っ……いや。期待させてすまんが、別人だ」

 

 だから過、誘惑を振り切って声を絞り出すまで、短い間が空き。

 

「以前、『ドラゴラムの呪文を使う者を見かけたらそれとなくお前のことを伝えておく』と言っただろう? それに、『先方がお前に興味を持ったなら、訪ねてくるか俺が連れてくることもあるやもしれん』とも。コイツはそのクチだ」

 

「そ、そうかえ……」

 

 話し出すタイミングが遅れた分を取り戻すよう一気に補足するも、おろちの落胆は明らかだった。

 

「すみません……ぬか喜びさせてしまったようで」

 

 そんなおろちの様子を見かねたのか、マリクの詫びる声が俺の肩越しにおろちに向けられ。

 

「あ、あぁ……いや、そんなことはない。せっかく尋ねてきてくれたのにすまぬ。わらわは」

 

 頭を振ったおろちの言葉が途中で止まる。理由はだいたい解る、どう名乗るべきか迷ったのだろう。

 

「大丈夫だ。コイツも少々変わり者でな、お前の正体を直感で見抜いた上に……この先は当人の口から言った方が良かろう」

 

 だから、俺は助け船を出しつつ、マリクへ話を振った。おろちの思い人の話をまだしていない以上、おろちから色よい返事は返ってこないとわかっていたけれど。

 

(意思だけは、伝えておかないとね)

 

 相手はせくしーぎゃるったやまたのおろちだ。ムラムラして我慢しきれずマリクをお持ち帰りするミラクルだって起きるかも知れないのだから。

 

(うん、せくしーぎゃる に きたい する ひ が くる なんて おもわなかったよ、おれ)

 

 内心複雑になりつつ、会話がしやすいよう脇に退くが、俺に出来るのはここまでだ。

 

「ありがとうございます」

 

 マリクの第一声は、脇に退いた俺への礼。

 

「こんにちは、イシスの出身で、マリクと申します。あなたのことは勇者シャルロットとイシスに降り立った時に初めてお見かけして……その時、心を奪われました。もし、あなたさえよろしければ――」

 

 さらに自己紹介から、どういう経緯で相手を知ったかの説明に続く形で一気に告白へ。

 

「あ」

 

 差し出される手におろちの手がピクリと震え、口からは声が漏れ。

 

「っ」

 

 何かに気づいたように反応しかけた手をもう一方の手で押さえ、後ずさる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「お、おろちさん?」

 

「あ、あぶないところじゃった。つい、ムラムラ来て寝所に引きずり込むとこ――」

 

 この場合、いつものおろちで安心したと思うべきか。それとも惜しいと悔しがるべきだろうか。

 

「すまぬ、マリクとやら。わらわには心に決めた……はぁ、はぁ……方が居るのじゃ」

 

 申し訳なさそうな表情を作りつつもまだ荒い呼吸をするおろちは何かをこらえるように強く先程震えた手を握り込みつつこちらへ視線をやる。

 

(えーと)

 

 多分スレッジというか思い人のことを話せと言うのだろうが、言い方と視線のせいで俺が思い人みたいにもとれるので止めて下さい。

 

(や、間違ってはいないんだけどね)

 

 マリクでさえああなのだ、正体がばれた日には抵抗しないと捕食されかねない、性的な意味で。

 

(と言うか、もういっそのこと二人を丸ごと寝所に押し込んでしまおうか……って、流石にそれは拙い)

 

 心の中で悪魔がやっちゃえYOと囁くも何とか自制し、はね除ける。

 

「……さて、そのことだが、良い報告と悪い報告がある」

 

 結局、おろちに思い人という希望が残っていては、マリクの手を取ることは叶わないと言うことなのだろう。

 

(だったら、ここで恋に引導を渡すしか……ないよね)

 

 結局の所、知らずにとは言えまいた種なら、俺の手で収穫すべきだ。

 

「良い報告と悪い報告かえ?」

 

「ああ。まず、良い報告だが……お前の思い人とあの洞窟に居た他の者を連れてきた。女が怖いと聞いているから、ここまで連れてく」

 

「会う、呼んでたも」

 

「っ、話を遮るな。呼んでもいいが、あまり意味はないぞ?」

 

 案の定、話の途中で割り込んできたおろちに眉を顰めつつ、俺は言う。

 

「話をした結果、お前の思い人が誰だったかは判明したからな」

 

「な」

 

 驚き、立ちつくすおろちを見つめつつ、密かに拳を握り込んだ。

 

(言った……言ってしまった)

 

 口にしたからには、誰であったかを嘘でも告げねばならず、良い報告をしたのだから悪い報告もしなくてはならない。

 

「ただな、悪い報告もあると言ったろう?」

 

 おろちが俺の言葉を理解し、驚きが歓喜に完全に変わってしまうよりも早く、続けて口を開く。これを言ってしまえば、もう戻れないとしりつつも。

 

「思い人がお前の夫になる可能性は、ほぼ無いと見ていい」

 

 残酷すぎる言葉を俺は口にしたのだ。

 

 




主人公、遂に言ってしまう。

「マリクの告白と探し人の報告のどっちを先にしたか」「マリクとおろちをどれだけ会話させたか」「おろちをどれだけ落胆/絶望させたか」+αで分岐する模様。

次回、第四百七十一話「ひょっとして割と酷い奴ですか、俺って?」

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