「ルーラは任せても良いなッ?」
ボストロールと戦うとなると流石に万全の体勢で挑みたい。移動呪文でMP、つまり精神力を消費する役をシャルロットに任せれば、一人の傷を完全に回復するベホマの呪文一回分くらいにはなる。
(とはいうものの、ラーの鏡の探索まで考えるとなぁ。と言うか、鏡って何処にあったっけ?)
毒の沼地に沈んでいたのは、未来の話。確かドラクエⅡだったと思う。
(おそらく聞き込みをすれば何とかなるとは思うけど)
この辺りはゲーム特有のご都合主義に感謝するより他にない。現実ならご丁寧にヒントなど用意してないだろうし、場合によっては問題を解決する為の方法さえないことだってある。
(わからない部分はなるべく一番悪いケースを想定して準備をしておこう)
シャルロット達には顔を隠させる、とか。
「わかりました、他には?」
「念のため、途中からはこのマシュ・ガイアーが先行するッ、サマンオサ周辺に出没する魔物は手強いのだッ」
質問してくるシャルロットに返した答えは嘘ではないが、全てでもない。
(時間の経過を考えると、ゲームでは処刑されていた人達がまだ生きてる可能性もあるもんな)
ゲームで見られた景色は、あくまでプレイヤーの分身である勇者の目を通してのもの。原作をぶっ壊す勢いでショートカットするハメになった現状ならより多くの人が救える可能性はある。
(もっとも、シャルロット達が到着したのがフラグになってゲームの通りに何てのも考えられる訳で)
先にサマンオサを訪れるのは、確認と希望の為。
(フィールドみたいに矛盾を修正する力が働くとするなら)
先行した俺が、ゲームでは処刑されていたがまだ処刑されていない人々を確認していた場合、はどうなるだろうか。
(最悪のパターンだってあるかも知れないし、全くの徒労で終わる可能性もある訳だけど)
つまるところ、ここまでしておきながら「ゲームではこうだから」と言う名の不条理によって決意やら何やら全てをふいにされる可能性に思い至り、手を打った訳だ。
まさに一番悪いケースを想定しての行動。
(ほこらの牢獄でサイモンが屍の状態だったのも、ゲームでは屍としてしか存在しなかったからなのか、たまたま脱獄騒ぎに巻き込まれ命を落としたのかはっきりしないしなぁ)
ゲームの通りと先入観に囚われるのは良くないが、逆もまた然り。
(ドラクエの世界だって知ってなかったらこんな不安とも無縁だったんだろうけど)
悩んでたって仕方ない。
「以上が作戦だッ。顔を隠す覆面は各自で用意して貰いたいッ、視界を妨げ戦闘に支障が出ないレベルを考えてだッ」
そう言いつつ俺はシャルロットに支度金を渡すと、二三やりとりを交わしてから部屋の外に出る。
「レムオル」
呪文で透明になってしまえば、もうマシュ・ガイアーの演技は必要ない。
(後は着替えた場所に戻って、いつもの格好になってから教会に――)
作戦が動き出したことをサイモンに伝え、準備を終えれば俺も宿で休む。
シャルロット達が変装の準備などをしている間に一人先行して色々やってみると言うことも考えたが、マシュ・ガイアーしてから寝てないのだ。
(オリビアの岬からほこらの牢獄までにぶっ放した攻撃呪文、魔物に変身する為に使ったモシャスの呪文、蘇生呪文のザオリクに行き帰りで使ったルーラの呪文。さっきのレムオルを勘定に入れてもMPに余裕はまだあるはずだけど、睡魔ばっかりは……)
だいたい、ここでコンディションを整えておかないと対決に響く。
(そうだよなぁ、寝られる時に寝ておこう)
緊張して眠れないんじゃないかとちょっとだけ心配したが、身体は疲労に正直なのか後から言うなら杞憂だった。
「おはようございます、夕べは良くお休みでしたね」
「ああ」
気づけば宿の主人と挨拶を交わしている自分が居て。
「準備は出来ているようだなッ」
宿の戸口にはビシッとポーズを決める覆面マントの変た……マシュ・ガイアーの姿がある。
「こ、これで良いか?」
「ああ、体格や体つきの違いがあるからな。マントの前を閉じた格好なのが少々気になるが、仕方なかろう」
どことなく自信なさげに確認してきたマシュ・ガイアーこと勇者サイモンに俺は頷きを返すと歩き出す。
(まさか、やって くれる とは おもわ なかった ですよ)
謎の人と俺が同一人物ではないとシャルロット達に知らしめる為の苦肉の策だが、本当にサイモンさんごめんなさいである。
「で、では行くとしようッ」
「承知した」
どことなく照れたようにどもった辺りで非常にいたたまれなくなりながらも、俺は感情を顔に出さず歩き出す。
(何て言うか、自分でやっておいてあれだけど、良くあんな格好したよな、俺)
第三者視点になったことで見えてきたモノに心の中で顔を引きつらせ、罪悪感と静かにバトルしながら向かったのは、シャルロットの家。
「あ、お師匠様……とマシュ・ガイアーさん、おはようございます」
「な」
ぺこりと頭を下げてきた覆面マントの少女に俺は思わず固まった。
(なんで しゃるろっと が あの かっこう してるんですか?)
まごう事なきマシュ・ガイアーとのペアルックである。
「そ、そのおはようございます」
バニーさんは何故かボンデージ姿に黒い仮面を付け、「はがねのむち」を装備していらっしゃった。
「おはようございますわ」
「あ、ああ」
魔法使いのお姉さんは、何というか「まほうつかい」だった。ナジミの塔に出てきたモンスターの方の格好そのまんまである。お陰でうっかり身構えそうになったのはここだけの秘密だ。
「しかし、その格好は……」
流石にどうよと、言いたくなったのは俺だけではあるまい。
「私も迷いましたわ。けどお財布事情を考えると節約しておくべきだと思いましたのよね」
「節約?」
「実はこれ、塔で倒した魔物の服ですの」
(うわぁ)
逞しいというかしたたかというか、魔物かと思ったらそのものズバリ魔物の着ていた服だったでござる。
「も、もちろん覆面部分は違いますわよ? 間接キスなんて後免ですわ」
そう言う問題なのだろうか。
(しっかし、ほんとに色々酷いなぁ)
僧侶のオッサンは下に着ていたタイツを色違いにして頭も覆った言わば全身タイツwith仮面。
「どうですかな?」
「変態だな」
オッサンには正直に答えておいた。
ちなみに、新人二名は女戦士と一緒にお留守番で、女戦士には一時的に勇者が使っていた装備で勇者のコスプレをしつつ二人の監督をして貰うことになる。
「話は聞いたよ、留守番はシャクだけど誰か残ってないと確かに勇者一行が消えちまうからね。あたい……いや、ボク、頑張るよ」
「無理してキャラまで似せようとする必要は……いや、努力は買おう」
思わず遠い目をしてしまったが、責めないで欲しい。何というか緊張感の方が先に何処かに旅立ってしまった朝だった。
朝からなんちゅうモンを見せてくれんや、とか言われそうな展開。
魔物と変態のタッグチームにしか見えなくなった勇者一行。
次回、第四十五話「サマンオサへの旅路」
ほこらの神父さん、寝込まないと良いけど