強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百五十七話「立派ってそんな意味でしたっけ?(閲覧注意)」

「時と場所というものをよく考えろ」

 

 近くにあった宿屋に引っ張り込んで俺がおばちゃんの子供を叱ったのは、仕方ないと思う。

 

(鼻血ダラダラ流した奴が女性にダイブとかかましてたら、普通は兵士とか呼ばれたって不思議じゃないし)

 

 ママンと連呼していたお陰で見知らぬ相手に飛びかかる変態ではないと周囲にいたギャラリーは理解してくれたようだが、かわりに常軌を逸したマザコンっぷりにドン引きしていた。

 

(どうか、俺まで変態のお仲間扱いされていませんように……)

 

 あのまま衆目に曝すとこちらまで社会的地位を脅かされそうな気もしたし、事情説明の必要もあったから、予定にない宿の部屋取ると言う緊急措置をする羽目になりつつも俺は密かに祈った。

 

(と言うか、シャルロットにも連絡を入れておかないと。目撃者の証言だけ伝わったら変な誤解をされかねないし)

 

 その辺りは宿の従業員にチップを渡して格闘場まで伝言をお願いすればいいだろうか。

 

(そして、こっちもこれ以上変態行為をやらかさないようにきちんと言い聞かせておかないと)

 

 叱ったつもりなのに、腕を組み尊大な姿勢を崩さないおばちゃんの息子を横目で見た俺は小さく嘆息する。

 

(うん、変態にまともに言葉が通じるかは自信がない)

 

 とは言え、おばちゃんが大魔王に仕えていたと言うことは、目の前の変態もやはりゾーマの配下と言うことになる。

 

(ここで上手く説得しておかないと俺達についてまで助けようとしたおばちゃんの苦労が水の泡だし)

 

 もの凄く不本意だが、このトロワというおばちゃんの子供はここでこちら側に引き込んでおく必要がある。

 

(ローブの色からすると、マザコン的ではあるけれどアークマージなのは確かみたいだし)

 

 こちらの世界に配属されたという事は、ここで引き込まなければ、バラモス城で敵として現れることだって考えられるのだから。

 

(となると、やっぱりおばちゃんの命を助けたことをまず説明して、嫌らしい方法だけどそこに恩に着せる形で裏切って貰うのがいいかな)

 

 周囲がドン引きする程のマザコンなのだ。俺には上手く行くという確信があった。

 

「しかしだな、ママンがあんな魅力的な格好をしていて自制が効くはずがなかろう?」

 

 あいかわらず の たいど で あいかわらず の へんたい まざこん はつげん を している くらい なのだから。

 

「効かせなくてどうする? あのままだったら兵士を呼ばれていてもおかしくなかったぞ」

 

「ふん、たかだか人間の兵士如きどうとでもなる」

 

 自制を促してみるが、そこは強力な魔物と言うことか。

 

「っ、それでお前の母親が困るとしてもか?」

 

 兵士が来ると言われても動じない事に話の持って行き方を間違えたことに遅まきながら気づいた俺は、切り口を変える。

 

「何故俺がお前の母親と一緒に居たと思う? そして、何故お前の母親があんな格好をしていたのか。お前は知らんだろう?」

 

「っ」

 

「説明してやろう。対して長い話にはならん」

 

 まだゾーマに仕えているであろうおばちゃんの子供にいきなり全てを話す訳にはいかない。俺が話し出したのは、砂漠で埋まっているところを見つけ、掘り出して蘇生させたこと。そして、おばちゃんが人間でないことを知りつつ一緒に旅をしているという二点のみ。

 

(これだけでも、あの母親への異常なマザコンッぷりなら充分態度が変わる筈)

 

 何せ、命の恩人なのだ。

 

「つまりママンの命の恩人と言うことか……ふん、気に入った。後で私をファ○クしていいぞ」

 

 だが、トロワの反応は俺の想定を完全に越えていた。

 

「いや、ちょっと待てお前何を言っ」

 

「皆まで言うな。本来なら地面に額を擦りつけて感謝したいぐらいだが、立場上そんなみっともない真似は出来ん。問題になるからな、それに……」

 

 いや、さっきの発言でも充分問題と言うかゾーマ軍の問題行動の定義はどうなってんだと俺は叫びたくなった。否、叫んでいれば良かったのだろう。

 

「孫が出来ればママンは喜ぶに違いない、親孝行だ。そして私が犠牲になればお前もいくら魅力的とはいえ、ママンに手を出すことはないだろう。つまり、WIN-WINの関係だ、わかるか?」

 

「わかってたまるかぁぁ!」

 

「おごぼっ」

 

 ドヤ顔で言い放つおばちゃんの子供に、気づけば俺は素でツッコんでいた。

 

「だいたいどの辺りがWIN-WINなんだ、誰と誰がWINだ? 説明してみろ! 助けた相手の子供に恩を着せて手を出したって悪評が広まって社会的に俺は死んでマイナスだろうが!」

 

 マザコンをこじらせて狂気に片足突っ込んでるようだが、こっちまで巻き込むのは止めて欲しい。

 

(ったく、一瞬思考がとまりかけたじゃないか。しかも孫とか)

 

 ウィンディ、エピちゃんのお姉さんこそバラモス軍一の変態だとか思っていた俺が甘かった。

 

「ぐふっ、良い拳だ。なるほどそう言うプレイが好みなのか」

 

 口元を拭いつつ立ち上がった狂気のマザコンが口の端をつり上げ笑む。

 

(こんな、更に限界突破した隠し球がいたなんて)

 

 おばちゃんの教育方針はどうなってんだ、本当に。

 

「そもそも男同士で子供が出来るか!」

 

「……何を言っている? 私は女だぞ?」

 

「は?」

 

 とんでもない発言の連続がおわったかと思った矢先の爆弾発言に、俺の思考はもう一度止まった。

 

「え?」

 

「おおっ、そう言えば忘れていた。少し待っていろ」

 

 孫と言い出してもその可能性に思い至らずすんなり流してしまったのは、母親に対して鼻血をダラダラ流していたこともあるが、あのおばちゃんに対して、トロワの胸が平坦というか絶壁だった事に起因する。だから、男だと思ってマザコン野郎と称したのだが。

 

「ここをこうして、よしっ」

 

 腕を袖の中に引っ込め、何やらごそごそやり始めて数十秒後の事だった、ローブの胸部分が爆発したのは。

 

「な」

 

 いや、爆発ではない、一瞬で急激に膨張したのだ。

 

「驚いたか? 世界の何処かには容量と重量を無視して何でも入るという袋があると聞いてな。軍事転用が効きそうだからと再現を試みたことがあったのだ。まぁ、出来たのは入れたモノの体積を縮小させるだけの袋だったのだがな。ママン譲りのこの胸は嫌いじゃない……と言うかむしろ大好きだが、どうしても人目をひいてしまうからな。失敗作を応用して作った乳袋を付けていた訳だ。ちなみに尻袋も付けて居るぞ?」

 

 なんですか、それ。

 

(あのチートな袋を再現しようとして、体積圧縮袋を作った?)

 

 へんたい だけど てんさい じゃないですか、やだー。

 

(エピちゃんのお姉さんと良い、こいつと言い、ゾーマ軍の俊才はド変態か)

 

 天才と何とかは紙一重という訳なんだろうか。

 

「……つまり、お前は、女で」

 

「うむ」

 

「女で、ありながら、自分の、母親の、姿を見て、鼻血を吹いた、と?」

 

「その通ってちょっと待て何故頭を掴む? な、なんだこの力は? ば、馬鹿な、人間にこんな力があ、あぎっ、や、止め」

 

 しかた が ない こと なのよね、へんたい に あいあんくろー で おしおき を するのって。

 

「しかし、解せん。なぜ、こんな変態を見てアンは立派と言ったのだ?」

 

「そ、それはだな」

 

 立派の対極にあるようにしか思えず首を捻っていると、答えは当の変態からもたらされた。

 

「ママンがアレフガルドからこちらに赴任した時、この袋はまだ未完成だったのだよ。私のアイテム作りの腕をママンは褒めていてくれたからな。この乳袋だって、そもそもは胸が重くて肩が凝るとママンが仰っていたから応用とは言ったが、構想自体は軍事転用を思いついた時点で存在したのだ」

 

「アン……こんな変態、俺にどうしろと」

 

 ドヤ顔をするトロワに頭を抱えたくなった俺は、この部屋には居ない親御さんの名を呼んだ。

 




ちなみに、アンが同室に居ないのは、トロワを男だと思っていた主人公が男女で二部屋かりて居たからです。

次回、番外編26「何でだろうみんなと再会出来るのに、胸騒ぎがするなんて(シャルロット視点/閲覧注意)」

まだ主人公はトロワとお話を残してマスので、カメラを切り替えて、次は番外編。

勇者一行の再会シーンの予定です。

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