「しておかないといけないこと?」
「旅とはそう言うモノだろう、準備が不可欠という意味で」
言外に一体それは何と聞かれたが、はぐらかしてちらりと窓の外を見やる。
「さて、俺はそろそろ行かねばならん」
サマンオサをボストロールの手から解放するだけなら後は俺が覚悟を決めるだけで良い、ただしそれではバラモスを油断させる計画がおじゃんになる。
(せめて他の何処かに目を向けられれば良いんだけど)
注意を引くだけでは駄目だ。シャルロットの父親のようにバラモスには死んだと思わせてフェードアウトすれば油断は誘えるだろうが、今度はどうやって死を偽装するかという話である。
(火口に落ちてオルテガが助かったのは運もあるだろうし)
俺に活動中な火山の噴火口へ落ちる勇気はない。
(炎や氷のブレスから身を守るフバーハの呪文を応用すればいくらかはダメージを消せるかも知れないけれど……)
そもそもこの手の死んだふり大作戦には下準備が居るし、監視の目を誤魔化す為のものであるから、決行まではバラモスの手の者に見張られることになると考えて良い。
(そんな状況下で側にシャルロットを置いておく訳にはいかないもんなぁ)
パーティー離脱、師匠の役目途中放棄はほぼ確定だ。
(逃げるつもりだった頃なら歓迎したかな)
おそらく、その前のボストロール戦で冗談じゃないと逃げ出したかもしれない。
(とにかく、サイモンさんに相談してみよう)
元々向こうから持ちかけてきた話だ、相談に乗るくらいの助力はしてくれるんじゃないかな、と俺は思っていた。
「それなら話が早い、私を使うと宜しかろう」
だが、教会に着いてこちら側の事情を踏まえながら話をすると、いきなりそう言いだしたのだ。
「牢獄で朽ち果てたと思われていたサイモンは、何らかの形で生き延びある日サマンオサに戻ってくる。そして王に化けていた魔物を倒すが、今までの無理がたたって身体を壊し、数日後に息を引き取る」
「それで、良いのか?」
「無論」
確認する俺に、サイモンは真顔で頷いた。
「もとよりかの御仁に救われた、いや生き返らせて貰って得た命だ。それでサマンオサが救われ、恩人に報いることが出来るというのであれば」
「承知した。マシュ・ガイアーにはそう伝えておこう」
さんざん頭を悩ませてくれた問題があっさり片づいてしまった理不尽には思うところもあるが、これで後は詳細を煮詰めるだけでもある。
(しかし、一人二役も大変だなぁ)
今回、勇者の師匠とサイモンの間に面識を作る為、マシュ・ガイアーの知り合いと言うことにして変装もせず教会を訪れたが、次はマシュ・ガイアーに扮してシャルロットの元を訪ね、事情を説明する必要がある。
(無いとは思うけどキャラを間違えないようにしないと)
ちなみにボストロール戦でのマシュ・ガイアーは、中身が勇者サイモンであったと言う設定で実際には俺が戦うことになっている。
「二人で戦ってはスケープゴートの意味が無く、ソロで戦った場合サイモンでは勝てない」
と言うのが俺とサイモン二人共通の見解であり。
(だいたい、サイモンさんも生き返ったばかりだからなぁ)
俺が生き返らせたもう一人の様に衰弱しきってこそいないものの、サイモンも本調子ではないのだ。
(ま、仕方ないか)
サイモンの場合はゲームの勇者様ご一行とは違う。
(しかし、そんなことになってたとは)
何でも牢獄に放り込まれて弱りつつあったところで一部の囚人が脱走を試みようとして、暴動が起きたらしい。
「私が命を落としたのは、そんな混乱のさなか。おそらく脱走の為に武器を手に入れようとしたのであろうな」
他者に殺された為に衰弱死には至らず、看守が暴動の隠蔽を図った為にサイモンの屍はガイアの剣ごと別の牢に移された。
(魂と屍が別々の檻に別れて入ってるってのは言われてみれば、不自然だったけど)
魂の彷徨っていた方の牢が命を落とした場所だと言うなら説明がつく。ちなみに、入り口の辺りに居た魂は暴動の時に負った怪我が原因で命を落とした看守のものであろうとのこと。
(ひょっとしたら不祥事を隠す為、同僚に置いて行かれたのかもな)
寂しいと言っていた魂のことを思い返しつつ、俺はさりげなく道を外れて民家の裏で服を脱ぐのだったッ。
(そうッ、マシュ・ガイアーに変装するのだッ)
探偵「つまり、勇者サイモンの殺害現場はこの牢獄では無かった訳です」
以上、サイモンが生き返れた説明補足回でした。
次回、第四十三話「変態と勇者シャルロット」
変態とシャルロットが出会う時――凄い絵面になる。