強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百四十五話「ステレオ音声」

 

「それじゃ、旦那お気を付けて」

 

 そう俺の背中に声をかけた船員と別れたのは、先程のこと。

 

「ゆくか……シャルロット」

 

 氷と雪に覆われた大地の上で、振り返ると片手を差し出す。

 

「お師匠……さま?」

 

「今は良いが、地面の雪を巻き上げて視界が悪くなることも考えられる。袋を持っているお前さえほこらにたどり着ければ目的は果たせるが、はぐれるのはよろしくなかろう? 俺は周囲の様子を空からの視点で確認出来、はぐれても無事であればほこらの位置を確認するのは難しくないが、お前はタカのめも使えんしな」

 

 一応緊急脱出用にキメラの翼もあるが、脱出すればランシールの船旅からやり直しだ。はぐれて迷ったシャルロットがルーラで脱出するようなことは避けたいし。

 

(こういう極寒の地って、遭難して凍えてしまった同行者を直接人肌で温めるってのがよくあるベタな展開だしなぁ)

 

 ルイーダの酒場で仲間が集まらずともぽっちで旅に出ようとするくらい、いやそもそも魔王討伐なんて過酷な任務を受け投げ出さずにいる程シャルロットは責任の強い子だ。

 

(はぐれたけどルーラでの脱出をせず、一人でほこらを探し続け寒さで倒れるとか、あってもおかしくない)

 

 最悪の事態を未然に回避するためなら、手を繋ぐぐらいどうと言うことはなかった。

 

(親子だって手はつなぐもんな、父親代わりならセーフの筈)

 

 ただし、一緒にお風呂に入ってもなんて理論の飛躍は止めて頂きたい。

 

(というか、そもそも この ねんれいなら いっしょ に おふろ に なんて はいらない はず ですよ?)

 

 まあ おれ は はいった き も するがな。

 

(うん、あれは背中を流して貰っただけだし……せーふ だと おもいたい)

 

 自分の行状を思い返して、シャルロットのお袋さんに殺されないといいなぁと思った銀世界の中。

 

「お師匠様?」

 

「あ、あぁ。すまん……っ」

 

 立ちつくす俺を訝しんだシャルロットに詫びを入れると、鞄に手を突っ込んだ。

 

「はぁっ!」

 

 そのまま引き抜くなり投じたくの字の武器はオレンジの軌跡を描いて氷の固まりに命中、両断する。

 

「ゴアッ」

 

 一つ、氷塊の魔物の断末魔を残して。

 

「っ、魔物! す、凄いですね、お師匠様。ボク、気づいてませんでした」

 

「ふ。造作もない。まぁ、以前仲間にした種だけに迷ったのだがな。ここはあいつらにとって都合の良い土地だ、手心を加えて窮地に陥ったのでは笑い話にもならん」

 

 尊敬の眼差しを向けるシャルロットには、言えなかった。自己保身を考えていて、我に返った瞬間氷塊の魔物がそこにいることに気づいたなんて言えるはずもなかった。

 

(むしろ、攻撃の届く距離まで接近されていたことに気づかなかったって方が大失態な訳だし)

 

 とりあえず、誤魔化すように格好を付けてみたがシャルロットに言ったあいつらに都合の良い土地という部分に嘘はない。

 

「何せ、何処を見ても雪と氷だからな。こうして見渡す一面の銀世界の中にも何体かあれと同じ魔物の気配がある」

 

「えっ、本当ですか?」

 

「ああ。ただ、こっちに気づいていない者が殆どだ。ただし、この地の魔物はあれだけではないらしいがな」

 

 シャルロットに頷いて見せつつ俺の指さす先には、東洋風水色ドラゴン。つまり、シャルロットがバラモス城の前でてなづけたりしちゃったドラゴンのお仲間が優雅に空を泳いでいた。

 

「スノードラゴン……」

 

「足下のひょうがまじんばかりに気をとられていると、上空からあれに強襲されるわけだ。しかもこの大地、見通しが良いのは良いが、こちらが身を隠す方法も……」

 

 肩をすくめた俺は鞄に手を突っ込むと、一枚の白布を取り出して広げる。

 

「こういったものを被って伏せるぐらいしかない」

 

「お師匠様、それは?」

 

「船にあったベッドのシーツだ。白かったからな、使えると思って予備を貰ってきた」

 

 布面積はこちらの方が小さいものの、イシスの砂漠でやったの応用である。

 

「こんな土地だ。旅人がやって来ることも希なのか、あのドラゴン達が陸地にあまり関心を抱いていない様だが、油断は出来ん。シャルロット、お前はこの布の中で俺の後ろをついてこい。その髪色は流石にこの地では目立つ」

 

「あ」

 

「手を繋ぐのは無理だろうが、一枚の布で繋がっていればはぐれることもなかろうしな。何なら俺のマントの端を持っていてもいい」

 

 第三者視点からすると頭のない白い獅子舞のような滑稽な格好での行軍になるが、戦闘を避けることを求める是非もない。

 

「では行くぞ」

 

 こうして小細工もし、気合いを入れたからだろうか、それとも距離がそれ程無かったからか。

 

「……シャルロット、止まるぞ、気をつけろ」

 

 後ろに忠告してから数歩進んで足を止めた俺が辿り着いたのは、そびえ立つ塔のような建造物。

 

(いったい誰が立てたか何て考えちゃ駄目なんだろうなぁ。上層部が張り出しててバランス悪そう、とかそう言う部分にツッコむのも)

 

 正面の入り口から長い階段が上部に向かって伸びているのが見える。

 

「あそこが入り口のようだな。シャルロット、もういいぞ」

 

「ぷはっ。ついたんですか、お師匠さ……あ」

 

「見えるか? 俺達の目的地はおそらくあの建造物の最上階だ」

 

 最上階、と断定してしまったのは天井があっては復活したラーミアが飛び立つ邪魔になるため。

(天井に頭をぶつけるラーミアとかシュールだけど見たいとは思わないもんな)

 

 くだらないことを考えつつも行くぞと言いつつ、俺は歩き出し建物の入り口をくぐる。

 

(えーと、確か中には卵を守るエルフがいるんだっけ、ステレオ音声っぽい二人組が)

 

 こんな不毛の土地でどうやって暮らしてるのかとか疑問が浮かんでくるのは、俺が町の大きさなどのように矛盾点がないよう改変されていることを知っているからか。

 

「あ、お師匠様、誰か居ますよ?」

 

 考えつつ階段を上りきった俺はシャルロットの声へ我に返り、そして、聞いた。

 

「私達は「私達は」卵を守っています。「卵を守っています」」

 

 ステレオ音声だった。どう聞いてもかなりステレオ音声だった。

 

 




手を繋いで傍目から見るとラブラブになるかと思ったら獅子舞だった。

次回、第四百四十六話「お前に世界の半分、『大空』をやろう。私の部下になる気は、あ、ちょ、なにをするきさまらーっ」

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