強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百四十四話「ままとぱぱ」

「あれが、そうか……」

 

 目の下に隈を作りながら、毛皮と毛布にくるまりつつ、見ているのは、真っ白な陸地。

 

(しかし、本当に肌を刺すようだなぁ)

 

 外気が低すぎて寒いではなく痛いと言ったレベルだが、眠気を振り払ってくれるのであれば、むしろ丁度良かった。

 

「真っ白ですね、お師匠様」

 

「ああ」

 

 出来れば腕にダイレクトに伝わる感触の方も誤魔化されてくれればいいのにと思いつつ、俺は頷く。

 

「目的地はあの陸地の中央、窪んでいる場所の側だと聞いた。……シャルロット」

 

「あ、タカのめですね? わかりました」

 

 皆まで言わずとも伝わると言うところまでは喜ばしいことなのだと思う。

 

(だけどさ、その けっか は うで に かんじていた ぷれっしゃー が せなか に いどうするだけ なんですよね)

 

 鎧着なくて良いのかとシャルロットには問いかけたいところだが、上陸にはまだ間がある。

 

「お師匠様のタカのめが終わったら着替えてきます」

 

 と言われてしまえば、そうかと返すしかない。

 

「では頼むぞ」

 

「はい」

 

 短いやりとりを挟んでから俺は心の目を鳥に変えて空へと飛ばす。

 

(っ、しっかし本当に真っ白な所だ……あっ)

 

 遮蔽物も殆どない、一面の銀世界を眼下に飛べば、目的地の発見は想像以上に容易だった。

 

「見えたぞ、シャルロット。やはりあの窪んだ部分だ。少し南下したところにそれらしき建造物が見えた」

 

「じゃあ」

 

「ああ、もうすぐだ」

 

 これでラーミアさえ蘇れば、魔物との遭遇を気にすることなく空の旅が出来る。

 

(しかし、ラーミアって卵の状態だったよな……刷り込みとかあったりするんだろうか)

 

 もし、ラーミアが最初に目についた者を親だと思ってしまったら。

 

「ぱぱとままか」

 

 また面倒なことになる気がする。

 

「えっ」

 

「いや、何でもない」

 

 シャルロットに言えるはずもなかった、ラーミアが俺達を親だと誤解するかも知れないなんて懸念は。

 

(そもそも俺が勝手に可能性について想像しただけだって言うのに)

 

 万が一と言うことがあったとしても、俺が気をつけていれば良いだけの話だ。

 

「それよりシャルロット、そろそろ鎧を着て来い。出来るだけ最寄りの海岸に船を着けるとしても、目的地のほこらに着く前に魔物と出くわすことも考えられる」

 

「あ、そうですね。じゃあ、ボク、着替えてきます」

 

「ああ、そうしてくれ。ただし、防寒具は忘れぬようにな」

 

 こう細かく口出しをすると、父親代わりどころかおかんかお前はと突っ込まれそうな気もするが、この一点は譲れない。

 

(防寒着を忘れて一つの防寒具の中へ二人一緒になんて展開はなぁ)

 

 先日やみのころもでやって自分からピンチを招いたばかりだ。

 

「さてと、俺も準備はしておかねばな」

 

 これで弟子に申しつけておきながら自分の準備が万全でなかったら師匠失格である。

 

(武器、よし。防具、よし。防寒具も良い。オーブはシャルロットの袋の中だから、携帯食料ぐらいか。野営道具や寝袋みたいにかさばるモノはシャルロットの袋に入れて運んだ方が効率が良いし)

 

 俺が運ぶべきは、背負子に乗せたミミックぐらいだと思う。

 

「む、しまった。ミミックにも防寒具が必要か聞くべきだったな」

 

 ただ、箱の同行者の事を思い出してからポカに気づいた俺は船室の方を振り返る。

 

「気にはなるが……シャルロットが戻ってきてからでいいな」

 

 この状況で聞きに行こうモノならまず間違いなくシャルロットの着替えを目撃してしまう。この世界の悪意はそう言うモノだ。

 

(これ以上は、やらかさない)

 

 組んだ腕の中に隠すようにした拳をぎゅっと握りしめ、向き直った先は海の上に浮かぶ銀世界。

 

(ダンジョンに潜る訳でも強大な敵と斬ったはったを繰り広げる訳でもない。ただ、台座にオーブを置いて不死鳥を蘇らせ、その背に乗せて貰うだけだ)

 

 上陸後は最短距離を進むし、俺とシャルロットの実力であれば失敗する方が難しい。

 

「お師匠様ぁ、お待たせしました」

 

 シャルロットが戻ってきたのは、そうして俺が腕を組んだまま陸地を見つめて居た時のこと。

 

「来たか。シャルロット、すまんが通訳を頼めるか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 シャルロットに頼んだ通訳で寒さはともかく風はこたえるかも知れないとミミックは防寒具を希望し。

 

「これでいいな。……船長、世話になった」

 

「ありがとうございました」

 

 ミミックの毛皮撒きを背にくくりつけた俺はシャルロットと共に船長へ別れを告げた。次にこの船で旅立つのはアリアハン、船とも船長達ともしばしの別れになる。

 

「いえいえ、どうぞお気を付けて」

 

「さてと、小舟に乗り移ってくだせぇ。陸地までお送りしやす」

 

 すまんなと軽く頭を下げて小舟に乗り込めば、船からつり下げられた小舟は海面に降ろされる。

 

「さ、いきやすぜ」

 

「ああ」

 

 動き出す小舟。上陸まであと僅か。

 




シャルロット「ままはこれからお友達と会ってきますから、大人しくしていてね」

サ    ラ「勇者様?! い、何時の間に――」

 とか、そんな誤解が発生する可能性がある訳ですね。


次回、第四百四十五話「ステレオ音声」

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