「何とかなったな……シャルロット」
確信したはずだったのに、洗濯係のオバハンは想像以上の難敵だった。荒れた手を治したことに礼は言ったものの、俺の言ったことは信じていないようだったのだ。
(もしかしなくても、原因は俺とシャルロットだよなぁ)
後半、俺は平静さを取り戻したが、シャルロットは最後までテンパったままだったし、怪しまれたのは態度だ。
(俺がシャルロットと別の部屋で寝たことを証明出来たのが大きかったな、うん)
シャルロットのベッドで寝たことを思い出し、部屋のシーツを交換する従業員を捜してシャルロットのベッドも使われていたという証言を引き出すことを思いつかなかったら、どうなっていたことか。
(シャルロットと髪の色が違って本当に良かった)
二つの部屋の枕にシャルロットの髪の毛しか付着して居なかったのが決め手だった。
「これで、ようやく出発出来……シャルロット?」
「えっ? あ、お、お師匠様、何か?」
「いや……ようやく出発出来るなと言ったんだが」
ただ、まだ動揺しているのか、シャルロットは時々心ここに在らずで。
(これは、俺がしっかりしないとな)
密かに思う。この村からランシールまでは厄介な魔物が出没する地域があるのだから。
(シャルロットと手を繋いで行くぐらいが丁度良いか、いざとなったら庇えるし)
それこそ要らぬ誤解を生みそうな気もするが、シャルロットがぼーっとしていて俺からはぐれるなんて事態を招くよりはよっぽどマシだ。
「さて、荷物を纏めてしまおう。忘れ物はないよう……あ」
「どうしました、お師匠様?」
「いや、何でもない」
忘れ物と口にして、戦士のオッサンとハルナさんを引き合わせておけば良かったなと今更思ったが、後の祭りである。
(誤解解くのに奔走したから、ハルナさんはもう居ないだろうし)
かといってルーラの呪文で追いかける訳にも行かない。
「それはそれとして、船までの道のりではこちらの強さに見合った能力の魔物が化けている可能性のあるモンスターが出没する。戦闘は出来るだけ避けて行くぞ?」
「はいっ」
「いい返事だ」
ようやくいつものシャルロットらしさを見せてくれた弟子に口元を綻ばせると、ポンと頭に手を置く。
(うん、何て言うか……これだよ、これ)
純粋に師匠と弟子としてのやりとりだが、変な誤解に翻弄されていたせいか、謎の感動すら覚える。
(とりあえず荷物を取りに部屋に戻って、ロビーで合流してチェックアウト……観光地ではあるみたいだけど、お土産は買う必要もないな。と言うか、買っても次の目的地極寒の島だし)
合流もそれなりに先。日持ちしない食料品は買っても凍るか痛みそうだ。
(武器防具は当人が居ないとサイズ調整とかもあるからなぁ……って、どこから出てきた、この観光気分)
一人ノリツッコミやれる分マシか。
「では荷物を取りにいったん戻るぞ? 合流は宿のロビーだ」
シャルロットにそう言うなり俺は踵を返すと、そのまま結局ベッドを使わずじまいだった部屋に戻った。
「よし、荷物の大半はシャルロットの袋の中だし、こんなところだろうな」
いつもの鞄。外していた武器も腰にぶら下げた。
「あとは、ロビーに行ってシャルロットを待つだけだ」
荷物が少ないのもあるし、師匠の威厳というのもある。シャルロットが先に来ていて待っているという状況は避けたい。
「あ」
「ん? お」
ただ、俺の予想よりシャルロットの準備が終わるのは早かったらしい。ミミックについては所持品ゼロなのだから言うに及ばず。
「お師匠様、準備は?」
「終わっている。予定が少々ずれたな」
廊下で鉢合わせしたのは、同じ場所に向かっているのだから無理もない。俺達はそのまま宿をチェックアウトすると、ランシールの村の入り口に向かい。
「……問題はここから先だ。魔物が出る。油断はするなよ?」
「はいっ! ……え?」
元気よく答えたシャルロットがきょとんとしたのは、おそらく俺が左手を差し出したからだろう。
「少し急ぐのでな……背負っていっても構わんが、生憎背中は塞がっていてな」
まだ事態の呑み込めていないシャルロットにそう言う理由だから手を繋ぐんですよと言外に説明し。
「カパカパッ」
「あ、うん。ご、ごめんね? お、おししょうさま……その、よろしくお願いしまつ」
俺の背負ったミミックが何か言ったらしく、我に返ったシャルロットは顔を赤くしつつ俺の手を握った。
「あ、ああ」
ただね、しゃるろっとさん。そう、せきめん される と こっち も てれるんですが。
「では、行くぞ」
照れ隠しにそっぽを向いた俺は、周囲を警戒しつつ、忍び歩きで足を前に踏み出した。
(今のところ魔物の影はなし、か)
まだ村を出たばかり。油断はせず、それで居て出来るだけ早く。直線に近いルートで俺達は進み。
「……と、まぁそんな感じで目的を果たすことには成功した。ここに来るまでに遭遇した魔物は群れが一つだけだったな」
「それは重畳ですな」
無事船に辿り着いた俺がベッドのシーツ事件のことだけ伏せた形で船長に経緯を説明したのは、出発した日の昼頃。
「では、出航と致しましょう。お二人は船室へ?」
「いや、色々あった場所だからな、陸地が見えなくなるまでは船縁に残るつもりだ、少なくとも俺は」
船長の問いに肩をすくめて答えると、有言実行すべく歩き出す。
「あ、お師匠様ボクもご一緒しまつ」
「そうか」
ついてきたシャルロットと一緒に船縁に向かいつつ、ふと思う。
(お腹減ってきたなぁ)
時間帯を考えれば無理もない。
「ふむ、シャルロット――」
そろそろ昼食にしないかと提案しようとした瞬間のことだった。きゅううと可愛らしくお腹の鳴る音がしたのは。
「おっと、これは失礼を」
船長、あんたの腹の虫かい。胸中でつっこみを禁じ得なかった。
書いてる途中でお腹が鳴ったのは闇谷だけどな。
次回、第四百四十三話「船旅って言うけど向かう先は極寒なんですよね。はー、テンション下がるわぁ」