「わぁ、凄いですよお師匠様っ」
オレンジ色の景色の中、はしゃぐシャルロットが指さす先にあるのは、夕日に染められた神殿の姿だった。
「ほぅ」
村の規模に比べて大き過ぎるからか、所々に苔などが生えてはいるものの、その巨大さには圧倒されるモノがある。
(付着した苔もこの神殿がこの地にあり続けた証だとすれば、これはこれで味わい深いというか、オレンジに染まった外観と相まって寂寥感というか……)
心に訴えてくるその景色は、俺に絵心があれば筆を取らせたかもしれない。
(けど、とりあえず詩人にはなれそうにないな。ボキャブラリが乏しいし)
切り取られた陸地の向こうには、まるで堀の様にオレンジに染まった水面が広がり、真っ直ぐ伸びた廊が水によって前後に分断された神殿を繋いでいた。
「あの、向こう側のさきにあるんですね……ちきゅうのへそって」
「そうだな。尤も神殿を抜けた先にはその手前に小さな森があるがな。森を抜けた先に砂漠があり、ちきゅうのへそは砂漠の中にある筈だ」
こういう時、タカのめは便利だと思う。本当は景色を別角度から見る為こっそり使ったのだが、本来の用途を考えるとむしろ補足説明の材料になった方が正しい使い方だろう。
「……お詳しいですね。ひょっとして、お師匠様は地球のへそに行ったことがあるんですか?」
「いや、単にタカのめを試してみただけだ」
ただし、補足したが故に勘違いされるのは本意でない。質問されれば即座に否定して見せ。
「あ、そっか」
「まぁ、それとは別に情報収集はしたがな。例えば、ちきゅうのへそには宝箱に扮した魔物が潜んでいる、とかな」
ひとくいばこだったかミミックだったかまでは覚えがないが、原作では一番の脅威だったと記憶するそれを伝聞の形でシャルロットに吹き込みつつ、俺は肩をすくめた。
「しかし、いかんな」
「え?」
「今日は観光のみのつもりが、結局探索についての話だ」
シャルロットのコンディションを整えると言う話はどこに行ったのやら。
(何だか急にやる気になってたし、話を振ってきたのはシャルロットな訳だけどさ)
タカのめで見て得た情報を付け加えるかとか、もう少し考えてから話しても良かった気がする。
「探索関連についての話はここまでにしよう」
ここまでも何も、他に有益そうな情報のストックもないのだが、それはそれ。
(問題は「じゃあ、ここから何を話すか」ってことだよね)
いけない、と思って話題を打ち切ったものの、プランはない。
「シャルロット……」
「はい、お師匠様」
とりあえず、名を呼んで返事を貰うも、次の一言が思いつかず。
「もう少ししたら戻るか。村の中とは言え、日が没すれば暗くなろう」
彷徨わせた視線が足下の影に至ってようやく口に出来た言葉はこの状況下での一言としてあまり良いものとは思えず。
「あ、そうですね。それじゃ――」
思えないからこそ、気になった。
(なんで おれ の うで に だきついて くるんですかね、しゃるろっとさん?)
やはり、父親が恋しい年頃なのか、それとも。
「お師匠様、ありがとうございます」
「……ん? 何かしたか?」
おまけに感謝までされてしまえば全く持って理解不能だった。普通なら、ありがとうございますと行って然るべきは俺なのだ。腕を挟んで貰ったのだから。
(あ、うん。「ありがとうございます」は冗談だけどね)
腑に落ちないのは確かだった。やがて夕日が高山の向こうに沈み始め、宿に向かう道でも、一泊し、向かえた次の朝でも。
「おはようございます、お師匠様」
「あぁ、おはよう」
そして、俺にとっても油断の許されない朝はやって来る。
(いよいよだなぁ。首尾良くお姉さんと入れ替わって、シャルロットについていかないと)
今のシャルロットの実力であれば、隠れて尾行する理由は保険の為でしかないとは言え、万が一と言うこともある。
「俺が前にいては挑戦者と間違えられてしまうからな。今日はお前の後ろをついて行こう」
「わかりまちた。ただ、宿のチェックアウトがありますから、入り口で待っていてください」
「ああ」
相変わらず噛むシャルロットに頷きで応じ、向かう先は宿の入り口。
(さてと、ハルナさんは……居た)
さりげなく周囲に視線を巡らせつつ進むと、道具屋の影に俺と同じ色のフード付きマントを身につけた人影が目に留まり、無言でそちらへ頷いてからシャルロットの方に向き直る。
(あれなら入れ替わっても気づかない筈。道具屋できえさりそうを買ってるから、事が露見しても誤魔化せるし)
モシャスという変身呪文もある。
「お待たせしました、お師匠様。丸一日以上潜ってるとは思いませんけれど、明日以降の部屋もお師匠様のお部屋はボクのと別に予約しておいたので、あまり遅くなるようでしたら、宿に戻っててくださいね? それから、これ、お弁当です」
「すまんな」
半日では終わらないと見てか、宿に用意して貰ったらしい昼食用のお弁当を受け取ると俺は礼を言い、それを鞄へしまい込む。
「さて、行くか」
「はい」
こうして俺達は宿を後にすると、神殿へと向かったのだった。
ああ、やっとちきゅうのへその探索に移れる。
次回、第四百二十話「攻略開始」