強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百十三話「話を聞こうか」

「はぁ」

 

 ため息が出てしまうのは、仕方ないと思いたい。

 

(首飾りって言うか、アメリカンクラッカーだよなぁ、これ)

 

 首の後ろを回したロープの片側は縛られた怪しいかげがくくりつけられ、もう一方にハルナさんがぶら下がることでバランスを取っているのだが、歩く拍子に時々服の中で揺れるのだ。

 

「大丈夫か? 辛いようなら言え」

 

 あやしいかげとそれこそ比喩に使ったアメリカンクラッカーの玉のようにぶつかる可能性があると荷物をクッション代わりにするよう勧めておいたものの不安は残る。

 

(流石に自重に匹敵した重量物まで担いでの行軍となると……)

 

 服の中だけには気遣っていられない。

 

「だ、だいじょうぶです」

 

「なら、いい。今のところ魔物には見つかっていないし、このままいけると良いな」

 

 胸の辺りから聞こえた返答に下を見ないで応じると、軽く首を巡らせて前に進む。

 

(一時はどうなることかと思ったけれど、トロルって皮膚がかなり厚いからなぁ)

 

 しかもそれなりに脂肪まで備えているとあっては、お姉さんの身体の柔らかさを感じ取る方が難しい。

 

(それがラッキーかアンラッキーかは人と状況に依るんだろうけれど)

 

 雑念が入らないのなら、幸運だったと言うことにしておこう。

 

「さっさとシャルロットと合流しないとな」

 

「は、はい。そうで」

 

「無理に話すな、舌を噛むかもしれんぞ?」

 

 首からロープでつり下げる式だからこそ俺が動けば反動でよく揺れる。

 

(うん、下手すると酔いそうだ)

 

 俺だったらこんな提案はしない。だからこそ、時間短縮のため、苦行を買って出てくれたハルナさんには頭が下がる思いなのだが。

 

「……ふぅ、何とか辿り着いたな」

 

 それから海岸に着くまでどれ程かかっただろうか。足は短いが身体は大きい。だから、一番苦労させられたのは、足音だった。重量級の巨体が同じモノを担げば、背負った死体が生前に歩いていた負担の倍近い力が足にかかる。

 

(地響きさせてたら、ここに居るぞって全力で自己主張してるようなものだし)

 

 それでも魔物に遭遇しなかったのは、多分地響きを味方の足音と認識しているからなのだろう。

 

(人間は地響きさせながら歩かないもんなぁ)

 

 もっとも、ハルナさんに無理をさせる気はないので、このまま魔物除けに紫トロルの格好でランシールへ向かうなんてつもりはサラサラないけれど。

 

「遺留品はボロボロの棍棒と毛皮の服の切れ端に血痕ぐらいでいいか」

 

 加害者をあの腰蓑の変態と腐った死体という想定で偽装したのだ。

 

「もし実際に戦わせて勝ったとしたら、ちまちま削っての勝利だった筈だしな」

 

 だから、残るとしたら傷だらけの死体が丸々と言うことになるが、それでは拙い。

 

「で、では死体は?」

 

「海に捨てる」

 

 三流ミステリーじみてきたが、やってることがほぼ似たようなモノなのだから仕方ない。

 

「ハルナ、陸の方を向いて見張りをしていて貰えるか?」

 

「え?」

 

 毛皮の服に手をかけつつ俺はお姉さんに頼み事をしてみたが、ぼかし過ぎたか、お姉さんに理解した様子は見つけられず。

 

「コイツ、多分雄だ」

 

「あ、は、はいっ」

 

 仕方なく、補足説明すれば、ようやく俺が言わんとすることを察したらしい。顔を赤くしながら背を向け。

 

「さて、と」

 

 後に残されたのは、嫌な作業だけだった。

 

「……まぁ、尋問も楽しい作業では無いけどな」

 

「スー様?」

 

 ハルナさんぁら怪訝そうに見られた頃には、偽装工作も終わり。

 

「さて」

 

 あやしいかげに歩み寄ってまず手を伸ばした先は、耳。

 

「耳栓を取った以上、聞こえているな? お前に聞きたいことがある」

 

 猿ぐつわは噛ませたままだが、首を固定はしていない。

 

「まず、首を振って答えろ。正直に話すようなら、良し。そうでない時は――」

 

「ん゛ーっ」

 

 正直、抵抗はあるのだが、安易に「命は助けてやっても良い」と言えない以上、別の方法で口を割らせる必要がある。

 

(例えばそれで、嫌な誤解を自分から助長するハメになってもね)

 

 不本意だが、情報は欲しい。

 

「お前達が仕えているのは、大魔王ゾーマだな?」

 

「ん」

 

 始めの問いには肯定が返った。まぁ、以前に斬ったアークマージから盗み聞いた話やおばちゃんから聞いた話からすると、質問と言うより確認に近かったのだけれど。

 

(本来アレフガルドにいるはずの紫トロルとか腰蓑変態の存在もあるし)

 

 俺が色々やらかした為、バラモスがゾーマに泣き付いて兵力を借りたというなら話は別だが、こちらの問いに答えたことで、そのセンは消えた。

 

(やっぱり、こっちの世界は左遷された者の行き着く先なのか)

 

 ただし、これまでに出会ったかげの正体をリストアップすると、左遷された魔物で済ませてしまって良いか悩む。

 

(一部、本当に洒落にならない奴ら居たもんなぁ)

 

 アークマージも今回の紫トロルも、辺り判定詐欺な多頭ドラゴンも俺だからこそ何とかなったが、俺抜きのシャルロット一行だったら、どうなっていたことか。

 

「……次だ。以前、別の派遣先で今回のように本来ならアレフガルドを闊歩してるのが相応しい格の魔物が行方不明になっているという話を聞いたことはあるか?」

 

 続いて聞いたのは、別のあやしいかげが配置されている地域のこと。

 

(情報の共有が為されているかどうかで、こっちの出方も変えないといけないし)

 

 情報が入ってきているなら入ってきているで、入ってきていないなら入ってきていないでメリット、デメリットがある。情報が共有されているなら、この場で得られる情報が増えるし、共有化されていないなら、この吸血鬼を始末すれば、一連の騒動も有耶無耶に出来るかも知れない。

 

 




次回、第四百十四話「到着」

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