強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百九話「かげの正体」

 

「正体を現せ」

 

 落下するかげの元に駆け寄り、血が付いたままのまじゅうのつめを突きつけ、最初にした要求がそれだった。

 

「あぐっ、うぐ」

 

「……ふむ」

 

 落下のダメージがこちらの想像より大きかったのか、それともこちらが想像した魔物より弱いモンスターであったのか、俺の言葉に答えるどころではなさそうなのは、少々想定外である。

 

(始末するつもりなら、ここで回復呪文を使っても良いんだけど、鞄に薬草残ってたかなぁ)

 

 そもそも薬草が効くような魔物なのかという問題もある。

 

「す、スー様」

 

「……見ての通りだ。少しやりすぎたのかもしれん」

 

 翼のある悪魔、サタンパピーやバルログ辺りなら、会話さえ出来ない状況に至るとは考えにくい。

 

(あとは飛べる魔物で、人語を解するモンスターって何が居たっけ……あ)

 

 少し考えてから、思い至る。正体を探るのに丁度いいモノがあったと。

 

「ハルナ、こいつの片翼がこの辺りに落ちていると思う。探してくる間、こいつの見張りを頼めるか? 抵抗したり逃亡しようとするようなら殺して構わん」

 

「……い、いいんですか?」

 

「やむをえん、最初はお前に翼を拾って来て貰おうかとも考えたが、そんな奴がうろついている場所だからな」

 

 肩をすくめてブーメランを持った方の手で示した先には、先程倒した大物の死体が転がっている。

 

「確かあいつはアレフガルドに出没する魔物。このあやしいかげから目が離せない状況ではああいう危険な魔物と出くわした時、助けに入るのが遅れるかもしれん」

 

 貴重な情報源だろうが、お姉さんの命には替えられない。

 

「こいつが重傷のふりをしている可能性もゼロではない。見張りだけでも充分危険だが頼まれてくれるか?」

 

「スー様……そ、その」

 

 俺の申し出に、ハルナさんはまごつきつつ、そっと指をさした。

 

「あ、足下……それがお探しのものではないでしょうか?」

 

「え? あ、本当だ」

 

 言われて下を見れば、確かに蝙蝠っぽい翼が足の下敷きになっており。

 

「……ふ、灯台もと暗しだな」

 

 いたたまれなさと恥ずかしさを誤魔化すために、俺はとりあえず格好を付けた。

 

(と いうか、べた すぎません か、この てんかい)

 

 足下は草地、直接地面で無かったことで草を踏んでいると思いこんでいた訳だが、いくら本体に気をとられていたからって、足下ぐらいちゃんと見ろよと数十秒前の俺に言いたい。

 

(そう言えば足下不注意ってこれが最初じゃないんだよなぁ。バラモス殴りに言った時もバリア床踏んづけた気がするし)

 

 青い皮膜を持つ褐色の翼を拾い上げつつ、過去の失敗を思い出し遠い目をしてみる。

 

「スー様?」

 

「あ、あぁ、すまん。この翼、見覚えはあると思うんだが……色合いならライオンヘッドに近い気もするが、あれは人語を話した記憶がないし、記憶の中にある実物とも一致せん」

 

 我に返った俺は記憶を掘り返しつつ、応じてみるが、どうにも思い出せず、うーむと唸り。

 

「で、では出会ったことのない魔物では?」

 

「出会ったことのない、か……そんなモノがいただろうか」

 

 ハルナさんの提案に首を傾げた。

 

(原作はクリアしてるし、ほぼ全ての魔物に会ってる筈なんだよなぁ)

 

 さっさと正体を明かして欲しいところだが、苦しむだけの姿を見る限り、その余裕はなさそうだ。

 

「やむを得ん、手当をしよう。先に縛ってしまえば問題なかろう」

 

 ついでに目隠しと耳栓をしてしまえば、回復呪文を使ったとしても誰が使ったかはわかるまい。

 

「さてと、抵抗しないように縛……ん? そうか!」

 

 ただ、いざ行動に移ろうとして閃いたのは、本当に皮肉だったと思う。

 

(変わってるのは見た目だけなんだ、触って調べればいいじゃないか)

 

 先程倒した紫肌の巨人(トロルキング)も人間大のシルエットにもかかわらず地響きを立て、カンダタ一味のアジトの外、森の中で倒した多頭ドラゴンが正体だったあやしいかげはシルエットより外の何もない場所を斬っても手応えがあった。

 

(俺の想像通りなら、触感までは誤魔化されていない筈)

 

 問題があるとすれば、この魔物が女の子だったケースだが、先程会話は聞いている。

 

(余程ハスキーボイスでなければ男だよな)

 

 人間と声帯が違う何てオチもありそうだが、そこは考えないでおこう。

 

(大丈夫だ、確率からしてもこれまでの圧倒的な女性率を考えたら次は男の筈)

 

 保険としてハルナさんに触って貰ったうことも少し考えはしたが、正体不明のこのあやしいかげが男だったらセクハラになってしまう。

 

「よし」

 

 覚悟を決めよう。だいたい、確認するために触るとは言っても異性だったらアウトな場所へ触らなければ良いのだ。

 

(まずは顎、髭があれば男確定だし)

 

 世界が俺の想定を裏切ったとしても、顎ならまだ取り返しが付く。

 

(あとはのど仏の有無かな)

 

 とりあえずの指針を立てた俺は、鞄からロープを取り出すと、悶える怪しいかげへと手を伸ばす。捕縛という目的も忘れてはいない。

 

「すまんが周囲の警戒を頼む」

 

 念のためハルナさんに依頼すると、俺は始めた、かげの正体を確認する作業を。

 

 




次回、第四百十話「おからだにさわりますよ」


なるとす、じゃないですよ?


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