強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百四話「おねえさんといっしょ」

 

「あ、あの……スー様、もう良いですから。あれは、無かった、無かったことにしましょう」

 

 俺の土下座タイムが終了したのは、そうお姉さんが申し出てくれたからだった。

 

(はぁ、何故気づかなかったんだろう)

 

 謝ると言うことは謝ることに至った原因を思い起こさせてしまうと言うことを。

 

(当人が忘れようとしても、こっちが謝ってたら思い出させちゃうもんなぁ)

 

 先方が望まないなら土下座もただの自己満足でしかない。

 

(埋め合わせは、別の形でしよう。例えばさっき拾った宝石とか。モノで埋め合わせって言うのも人の心をお金で買うみたいであんまり良い印象はないけれど……)

 

 シャルロットの無事もお姉さんの無事も解ったことだし、寄り道してもう一度あのあやしいかげを倒した場所に戻って宝石を拾って来るというのも一つの手だろうか。

 

(どっちにしても、事が起こってすぐにプレゼントというのは拙いな。関連づけちゃいそうだし)

 

 お詫びがお詫びであることを気づかれないように、ある程度時間が経ってからさりげなく、もしくは理由を付けて渡すのがベストだと思う。

 

(うーん、すぐに思いつくのは「パープルオーブを取りに行って貰ったお礼」とかかな)

 

 ルーラ二回のお礼として宝飾品は過剰かも知れないが、何も無しに渡すよりも大義名分が立つ。

 

(そうと決まれば、まずは行動だな。魔物が出没する危険地帯であることは変わらない訳だし)

 

 俺は周囲を見回し、魔物の姿が無いことを確認すると、歩き出そうとし。

 

「あの、スー様一つお願いをしても良いですか?」

 

「ん?」

 

 お姉さんことハルナさんの声に足を止められた。

 

「なんだ?」

 

「代わりにと言う訳ではないのですけれど……スミレさんには、樽のこと黙っていてください」

 

 理由を訊けば、尤もな要求である。ハルナさんが名を挙げた人物がどういう賢者か知っていたなら。

 

「了解した」

 

 俺はすぐさま承諾する。当事者二名が口を噤んでいればひとまずは大丈夫だろう。

 

(俺は酒も飲まないし、酔っぱらって自分から暴露すると言うことも無いはず)

 

 寝ぼけて口にするパターンについては、これまでのように出来る限り個室で一人寝る形をとるように心がけていれば、たぶん問題ない。

 

 

「俺も進んでからかわれる趣味は持ち合わせてないからな。と言うか、あいつの性格は時々悩みの種なんだが」

 

「た、隊長が別行動ですからね。それでもカナメさんとか手綱が取れる人は隊に何人か居ると思うのですけれど」

 

「まぁ、な……分散して複数の事柄に当たらせることにこんな問題があったとは」

 

 思っても居なかった。

 

「とは言え、作戦に支障をきたすようなことまではせんだろう」

 

 一応賢者なわけだし、それぐらいはちゃんと考えると思いたい。

 

「さて、スミレの話はこのくらいにしておいて、やることを済ませてしまおう。シャルロットにはお前のことを俺への伝言を預かってきたスレッジの弟子だと先程話してある。これから船の面々にシャルロットと俺がこれからどう動くかを伝えに行くが、同行していても同じ説明をすれば不審に思われることはあるまい」

 

 オーブを使ってラーミアを復活させるには、船が必須だ。

 

「卵の安置されたほこらがある島までの足がなくては話にならんし、想定外のアクシデントに船員をランシールへ向かわせる訳にもいかなくなった船側も追加の情報が無くては動きがとれん」

 

「……では、船を呼ぶのですか?」

 

「ああ。小舟を呼ぶ方法については上陸前に聞いている。ただ……」

 ハルナさんの言葉へ首を縦に振ってみせつつ、俺は荷物からそれを取り出す。

「片づけが、先のようだが、なっ!」

 

 一度も襲われずに終わるとは、思っていなかった。だからこそ、ほのおのブーメランはすぐに取り出せる場所にあり。

 

「ビギィ」

 

「ビッ」

 

「ギャアッ」

 

 俺の投げたブーメランは大きく円を描いて飛びながら、翼のあるシルエットを両断し、同じ色をした生き物の死体を量産する。

 

「スライムベス、だったか。まぁ、弱くて助かったと思うべきだろうな」

 

 ここでいつぞやの辺り判定詐欺な多頭ドラゴンやらおばちゃんの同僚やらが出てこられるよりは、マシである。

 

(とりあえず、「スライムベス たち を たおした」とでも言ったところかな)

 

 仮面を被った青い肌の腰蓑男が一緒に両断されて倒れているが、それは見なかった事にする。

 

「あ、あのスー様、あちらの魔物は?」

 

 いや、みなかった こと に したかった の ですけどね、はるなさん。

 

「……こんな格好をしているところを見ると、魔族の変質者だろう。それはそれとして――」

 

 わりと面倒な能力を持っていた気もするが、もはや死体。とりあえず、変態と言うことにすると、俺は船へと合図を送ったのだった。

 

「旦那ぁ、ご無事でなによりで……ひっ、な、この死体は旦那が?」

 

「ああ、狼煙はわかりやすいがそれは魔物にとっても同じ事だったらしくてな」

 

 小舟がやって来たのは、合図で寄ってきた魔物を二グループ程全滅させた後のこと。

 

「このままだとまた魔物が集まって来かねん。船まで案内して貰えるか? 俺とこの娘を」

 

「むす……こちらはどちら様で?」

 

「俺の知り合いの弟子だ、伝言を持ってきてくれたのだが、この後一緒にシャルロットにも会いに行くつもりでな」

 

 ここに一人残すような真似が出来ないと言えば、船員はあっさり納得し。

 

「じゃあ、出しやすぜ、旦那方」

 

 俺とハルナさんを乗せた小舟は、船に向けて動き始めた。

 

 




マクロベータ「解せぬ」

次回、第四百五話「かくかくしかじかで説明が済んだら楽なのに」

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