「ええと、ボクはこの人でどうかなぁって思うんだけど」
勇者様が持ってきたのは一枚の羊皮紙。
「女性の僧侶でがんばりやさん……ですの?」
そこまでは良いと思う。問題はこの羊皮紙に書かれている人物が勇者様のなされた要求を満たす人物でもあると言うことだ。
(つまるところ、対象が男性になったあのエロウサギみたいな生き物と言うことですわよね?)
不安だった、不安以外の要素がなかった。
「時に、その女性のお名前を聞かせて頂いても良いですかな?」
と、勇者様に名前を聞いてらした僧侶の方……アラン様も実際答えを聞いて絶句されていた辺り、お知り合いだったのかも知れませんけれど。
(反応からするに、まともな人物ではなさそうですわ)
と、言うか何故勇者様はそんな人材を求められたのか。
「あ、うん……ええっと、修行にちょっと、ね」
「す、すみません。すみませんっ」
質問してみたら何故か遠い目をされた勇者様にエロウサギが謝っていた。
(何だか非常に気になりますけれど、聞いてしまったら後悔する気がしてなりませんの)
そもそも、件の僧侶さんの加入が決まった訳ではないし、パーティーの空き枠はもう一つある。
「んー、そっちは商人さんが良いかなって思ってるんだけど」
「ふむ、パーティーの金銭管理をする人材というわけですか」
「うん、男の人にするか女の人にするかも決めかねてるけど、そっちは最初の人が確定してからにしようかなぁって」
アラン様と勇者様のお話を聞いている限り、そちらも職業だけは定まりつつあるようですわね。
(盗賊さんの指示通りならそちらも女性でしょうけれど)
私は好ましいとは思わない。
(勇者様が盗賊さんをお慕いされているのはもうほぼ確定ですもの)
一方で盗賊さんも勇者様を大切にしてはいるようですけれど、微妙にその辺りがはっきりしませんのよね。ポルトガの一件は私とエロウサギの盛大な勘違いでしたし。
(新しい女性が入って勇者様達との三角関係に発展でもしたなら――)
パーティーが空中分解してしまうかも知れない。
「私は男性の方が良いと思いますわ。今のままだとアランさんが肩身の狭い思いをするでしょうし」
だからこそ、話に割り込んで男性がよいとプッシュしてみた。もちろん、本当の理由は伏せてだ。
「何だか申し訳ありませんな、気を遣って頂いて」
「っ、そ、そんなことありませんわ」
表向きの理由に感謝されると目を合わせづらいですけれど、これは私の自業自得。
「うーん、じゃあ一人は男の商人さんで、もう一人はさっきの僧侶さんでいいかな?」
「拙僧としては全力でお止めしたいところですが……わざわざ条件指定をされたと言うことは外せない項目だったということでしょうからな」
何か言いたげだったアラン様が結局折れてしまわれては、他の誰からも異議は出ず、勇者様は登録所の方へと戻って行かれた。
「我が主よ、この選択は正しかったのでありましょうか?」
勇者様の背を見つめながら呟いたアラン様が、問いかけの答えを得られたかはわからない。
「お待たせ、それじゃ、下階に行こっか? 顔合わせもしておきたいし」
戻ってきた勇者様がそう仰って、ルイーダの酒場に戻ってきた私達は、一度パーティを解散した。新人達を呼んで貰おうとしたら、「そんなにお仲間が居るのに?」とこの酒場の主人に言われてしまったからだ。
「ご指名ありがとうございますぅ、エミィと申しますぅ、あ」
「いやはや、勇者ご一行に誘って頂けるとは感激ですわ。わいは商人のサハリ、以後よろしゅうに」
ペコッと頭を下げて帽子を落っことした僧服の少女と、日に焼けた肌で訛りのある男性。
「と言う訳で、この二人が新しいメンバーだよ。仲良」
たぶん仲良くしてあげてねと私達とお二人を引き合わせた勇者様は、仰りたかったのだと思う。
「あーっ、アランさんじゃないですかぁ」
「はっはっは……我が主よ、これも試練だと言われるのですか」
それを遮ったのは、僧服の少女でアラン様はかわいた笑いを顔に貼り付けたまま小声で呟かれた。
(たぶん、面識がおありなのですわね)
表情から察するに、歓迎とは真逆なのは明らかだ。
「えーっと、実際にパーティーを組むのはお師匠様が帰ってきてからにするとして……」
「お久しぶりですぅ、勇者様と旅に出られてたって本当だったんですねぇ?」
言葉を遮られる形になった勇者様は微妙に気まずげなのだが、知った顔に気付き、興奮した様子の僧侶の少女に気づいた様子はない。
「ははは、ちょっと外の空気を吸ってくるね?」
「勇者様? わ、私も外の空気を吸ってきますわね?」
そのまま店を出て行こうとする勇者様を追いかけて私は外に出る。勇者様を気遣ったのもあるが、酒場に残ることを危険だと第六感が告げたのだ。
「ふみぃぃぃっ」
(ああ、やっぱり)
早速エロウサギの洗礼を浴びたらしい先程の少女の声に、自分の判断の正しさを再確認しつつ。
「……い」
「勇者様、どうなされま」
私は、アリアハンの入り口に立ちつくされる勇者様を見て声をかけようとした。
「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」
だが、あんな者が居てどうして言葉を失わずに居られるだろうか。
(何、ですの……)
やせこけた男性を抱き、背に死体をくくりつけた覆面姿の変態。しかも、それが何だかよくわからないポーズを取っていたのだ。
「謎の人物……ええ、確かに謎でしょうとも、と言うかツッコミどころが多すぎて意味不明ですわ。そもそも誰がそんな説明を求めたと言いますの?! って、え?」
呆然とした状況から我に返り、指を突きつけて叫んでから私は気づく、その場にもはや変態が居ないことに。
(……きっと幻覚ですわ)
色々あったから気疲れで変なモノが見えてしまったのだろう。現に勇者様は騒ぎ立てる様子もなく。
「か、格好いい……」
と、何処かぼんやりした様子で呟かれていたのだから。
(……いや、呟かれていたのだからありませんわよね?)
そこまで情景をナレーションしてから、思わず自分にツッコむ。
「ゆ、勇者様?」
「あ、サラ。さっきの人、格好良かったよね……」
耳を疑う、というのはこういう時に使う言葉なのだろう。
「は?」
思わず聞き返した私は悪くないと思いますの。
「えっ、ほら。あの、荒々しさとか……お父さんが生きてたらあんな感じだったかなぁって」
「の、ノーコメントとさせて頂きますわ」
オルテガ様を冒涜する気ですかと窘めるべきか、とりあえず空気を読んで同意しておくべきか迷った私は声を絞り出すと、勇者様へくるりと背を向けた。
(お酒の力を借りないと行けないなんて、情けないですけれど)
これが飲まずに居られようか。だが、飲み過ぎはよくないものだ。
「ただいま」
「待たせたな。新しいメンバーが決まったと聞いたのだが……」
暫くして、勇者様に伴われ酒場にやって来た盗賊さんが先程の変態とダブって見えたのだから。
オルテガさんと結婚した女の人の娘が勇者、シャルロットの反応はつまりそう言うことです。
感性的なモノが遺伝?
ともあれ、ようやく主人公が合流。
次回第三十八話「計画と人命」。
この裏側で語られていた勇者サイモンの話に、主人公は――。