強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百九十九話「神殿へ行こう」

「何だか、凄く久しぶりの陸地って気がしちゃいますね、お師匠様?」

 

「あぁ」

 

 タンッと軽い足取りでボートから地面へ着地し、くるっとこちらを振り返るシャルロットへ短く応じ、後に続いた。

 

(ま、盗賊の身の軽さからすれば流石にここで失敗はないよね)

 

 世界の悪意が俺を転ばせてシャルロットを押し倒させるんじゃないかという警戒は頭の隅にあったけれど、杞憂で終わったらしい。

 

「お見事でさぁ。じゃ、あっしも……よっと」

 

 そして、続く形で跳躍による上陸を果たしたのは、小舟に乗っていた船員の一人。

 

「村があるとなりゃ、物資の補給が出来やす。補給できるときに補給しとかねぇと、海は何があるかわかりやせんから」

 

 と言う主張も間違ってはいない。

 

「けど、おじさんも初めてなんですよね、この土地は?」

 

「へい。ですが、そこに人が住んで居るとなりゃ、食い物と水はあるって事でさぁ。飢饉とかでこっちに売る物が無いってんなら諦めるしかありやせんが」

 

 主張に疑問を覚えたらしいシャルロットが小舟に揺られつつ問えば、船員はそう答え、ランシールの村まで同行すると言い出したのだ。

 

(一応、物資を補給して積み込むと言うところまでは予想してたからなぁ)

 

 この大陸に着くまでは良い、そこから影武者役のお姉さんをどうやって上陸させるか。俺は幾つか方法を考えていたが、一番無難なのが、この積み込みを利用する方法だった。

 

「確か、一度村まで着いてきて、あちらで必要な人足の数を計算してから戻るんだったな?」

 

「へい、旦那方はこの地の洞窟を探索なさるんでしょう? それなら、二往復するぐらいの時間は優にありやすし」

 

「空振りになる可能性があるのに大人数で押しかけるのは良くない、と言うことか?」

 

 俺もゲームの時の知識はあるが、実際には見知らぬ土地だ。

 

「まぁ、知らない人間が大勢でやって来れば、村人も警戒する、か」

 

 先触れのみを同行させるのもそこまで考えれば理にかなっている、と思う。

 

(あの小舟の定員って問題もあるかも知れないけれど、小舟でピストン輸送すれば人数揃える事は可能な訳だし)

 

 やろうと思えば人数は揃えられるはずなのだ。

 

(シャルロットだって、ランシールに着くなりそのまま地球のへそに挑むことはないだろうし)

 

 焦ることはない。

 

(ダンジョンに挑むなら、準備は万全に。俺がシャルロットだったら、宿に泊まってコンディションを整えてから挑戦する)

 

 バラモスに出来るだけ時間を与えないようにと直接地球のへそに向かう可能性もゼロではないものの、その場合は俺が諫めれば済む話だ。

 

「俺に反対する理由はない。それに、こんな場所で立ち話をしていても時間を浪費するだけで何の易もなかろう」

 

 さっさと出発しようと言外にのべ、歩き出そうとした時だった、「それ」が視界に入ったのは。

 

「な」

 

「お師匠様?」

 

 訝しげにこちらを見るシャルロットは、まだ気づいていない。

 

(迂闊だった、ここもあいつらの――)

 

 蝙蝠のような翼を持つシルエットは、以前人攫いのアジトで遭遇したのと同じ、ゲームではこちらの実力に見合う正体の魔物が化けている可能性があると言う俺にとって一番遭いたくない魔物だった。

 

「シャルロット、先に行け。魔物だ」

 

「えっ」

 

「この距離ならと聖水を撒かなかった俺のミスだ。魔物は俺が片付ける」

 

 距離が遠いせいで正体を推測することも能わない以上、俺に出来るのは、囮になることと、脅威の排除ぐらい。

 

「それ すべて ひとり で やってるんじゃね?」

 

 とはツッコまないで欲しい。影の正体が、アレフガルドとかゾーマの城を闊歩してるモンスターだったら、シャルロットが不覚を取ってもおかしくない。

 

「見つけた魔物は、あやしいかげ。その魔物は、こちら実力に合わせた魔物が化けていることもあると聞く」

 

「っ」

 

 知らぬが仏とばかりに敢えて教えないで行かせる事も考えたのだが他のあやしいかげにばったり出くわすことを考えると、伏せるのは危険すぎた。

 

「俺の実力に合わせて居る可能性もあるという訳だ。シャルロット、お前は俺に勝てるか?」

 

 残酷なことを言っているとは思う。だが、時間が無かった。

 

「先に行け、シャルロット。何、こちらの実力に合わせているとしてもそれ即ち互角と言うことだ。そう簡単に負けはせん」

 

「で、ですけど……」

 

 むしろ、シャルロットが側にいては攻撃呪文も回復呪文も補助呪文さえ使用不可能という縛りプレイを要求させることになる。

 

「神殿の前で会おう、シャルロット。ただ、俺の強さに見合った魔物が他に居ないとも限らない。ランシールの村に着くまでは油断するなよ?」

 

 正直に言うならそっちも心配なのだが、何らかの方法で強さを感知して見合った敵がやって来るというなら、俺が同行する方がシャルロットは遙かに危険な方へ身を置くことになる。

 

「お前は船に戻って触れ回れ。このことを知らぬままだと大変なことになるやもしれん」

 

「っ、へい」

 

「頼むぞ」

 

 同行するつもりだった船員にはそう指示をして、返事を確認するなりまじゅうのつめを利き腕に装着し、足音を殺し、歩き出す。

 

「行け、二人とも」

 

 声には出せない。ただ、俺は顎をしゃくることで意思を伝えると、二人のことは意識から外し、標的までの距離を詰め始めた。

 




想定外の事態から、フラグを全力で立てた主人公。

このまま、どこかの勇者の家庭教師みたいになってしまうのか?

次回、第四百話「師、勇者のために」

果たして、遭遇したあやしいかげの正体とは?!

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