「あ、お師匠様お帰りなさい」
宿に着いた俺を出迎えたのは、シャルロットと、もう一人。むろん、宿の主人ではない。
「久しい……と言う程時は経っておらんな。邪魔をしている」
「……勇者、サイモン」
会いに行ったのだから、居てもおかしくはない。いや、蘇生したばかりの人を静養させる為やむなくルーラで俺達の元を去ったと言う事情を思えば、むしろここに現れない方がおかしいか。詳しい話は部屋でと宿のロビーを経由してシャルロットが借りた部屋に向かい。
「運んでいった者達にはついていなくていいのか?」
切り出したのは、部屋に入った後のこと。流石に俺でも人に聞かれて拙いようなことを宿の廊下で尋ねないくらいの分別はある。
「ポルトガ王の協力を得た。今は王に借りた人員が寄り添ってくれている筈だ。全ての事情は話せなかったが、私も勇者。それで納得して頂けたらしい」
「成る程」
勇者の名声が有ればこその力業と言ったところか。
「ただ、彼らを王に預けてこの国を経つことも出来なかった。容態が安定したのはつい昨日のこと」
「それまでは王様に派遣して貰った人達と交代でほぼ着きっきりの看病だったそうですよ」
「……では、疲れてるところか。急に押しかけてすまんな」
サイモンの言葉とシャルロットの補足に事情を理解した俺は、頭を下げる。看病の大変さならシャルロットが風邪をひいた時にほんのひとかけら程度だが体験しているのだ。
(蘇生したばっかりで衰弱した人の世話何て、あれの比じゃないだろうし)
僅かながらも、カンダタ捕縛へ協力して貰えるのではと期待してしまった俺は虫が良すぎたらしい。
「ならば、このポルトガでゆっくり看病の疲れを癒していてくれ。こちらは追っているイエローオーブの手がかりを掴んだ。バハラタの南、ランシールという村の側にあるちきゅうのへそと言う洞窟にもオーブが眠っていると言う情報を掴んでいるのでな。オーブが揃うのは時間の問題だ」
オーブさえ揃えてしまえば、ラーミアを復活させ、バラモス城に乗り込むだけである。
「そちらの手柄を奪ってしまうことになるかもしれんが」
「いや、世界が平和になるなら構わぬ」
本来ならオルテガと協力してサイモンが果たすはずだった大魔王バラモスの討伐。横取りする形になることを詫びようとすれば、サイモンは首を横に振り。
「シャルロット」
と側にいるもう一人の勇者の名を呼んだ。
「は、はい」
「私とお父上、二人の悲願……託して良いか?」
「っ」
肩へ手を置き、見つめ合う一時は、妨げてはいけない時のような気がして、俺は一歩後ろに下がり。
「さてと」
俺はそのまま宿のロビーへ向けて歩き出した。
(なら、俺に出来ることは宿の主人への連絡ぐらいだからなぁ)
宿屋も商売でひとを泊めている。なら、急用でここを出立しなくてはいけなくなるかも知れないことは、伝えておくべきなのだ。
(け、けっして しりあす な くうき に のまれた とか そんなんじゃ ないんだから ねっ!)
どちらかと言えば、勇者にしかわからないものと言うのがあると思ってのこと。勿論、雷撃の呪文とかそう言う意味合いではない。
(サイモンからすれば助けたのは同じ牢獄に囚われていた、言わば仲間な訳だし)
面倒を見て貰っている人々はサイモンが連れ込んだ他国の民、放り出してこちらについて来るという選択肢をサイモンが選べる筈もない。
(助けた人達がサマンオサへ移送出来る程容態が良くなっているなら話は別だけど)
それを、サイモンの身体が空くのを待つことはバラモスに時間を与えることと同意義だ。
(結局の所、苦渋の決断をさせたことがいたたまれなくて逃げ出してきただけ、か)
強くなったような気もしたが、俺はやはり逃亡者らしい。
(ゾーマのことを話せたら、もうワンチャンス残ってるよって教えられるけど、論外だからなぁ)
知られざる真実によってフォローも出来ず、黙って見ても居られず。
(はぁ)
出来るのは胸中で嘆息することぐらい。
「急用でここを立つかもしれなくてな。これは迷惑料だ。もし出て行くことになっても宿代は返さなくていい」
「わかりました。しかし、お客さんも大変ですね」
「まぁな」
宿の主人への連絡をすませれば、返る言葉に肩をすくめて応じ。
(……戻るか)
用件を済ませれば、他に選択肢はない。
(……ん?)
ただ、引き返し、部屋の入口まで来ると、勇者同士の話し合いは終わっていたらしい。
(っと)
ドアの向こうから足音か近づいてくるのに気づいて足を止めれば、次の瞬間開いたドアから姿を見せたのは、勇者サイモンだった。
「戻るのか」
「あの娘であれば、任せられる」
問いかけに声ではなく首を縦に振ることで答えてみせたもう一人の勇者はポツリと呟き俺とすれ違う。
「安心するがいい、バラモスの討伐には俺もついて行く。師匠同伴で魔王討伐というのもどうかとは思うがな……」
「それは、バラモスもとんだ災難よ」
自分の代わりにボストロールと立ち回りをやらかしたマシュ・ガイアーの正体を知るからこそ俺の実力もその勇者は理解していた。だからこそだろう、冗談でも魔王に同情などしてみせたのは。
「ふっ」
小さく笑いを漏らすと、一応ドアをノックする。サイモンが出てきた時に部屋の外に立っていたことはシャルロットから見えていたかも知れないが、念のためだ。
(オーブとカンダタのことを説明したら、次はロマリアか)
シャルロットがサイモンから船を借り受けてくれていたなら、海路を行くという選択肢もあるが、どっちにしてもあまりのんびりはしていられない。
「はーい」
ノックに応じ部屋の中から聞こえる声にもう一度肩をすくめると、俺はドアノブに手をかけた。
次回、第三百七十三話「ロマリアへ」
主人公達、初ロマリアですよ? 初ロマリア!
バラモス城より後とか、三百七十話越えて要約とか、順番とかおかしすぎませんかね?(白目)