「……良かった」
おじさまが出ていった扉を見つめて、私は呟きました。
(ご主人様、シャル、ウィンディさん……)
おじさまが助かったのは、皆さんのおかげだと思います。
「私、運が良かったんですね……」
まわりに居る人は私には勿体ないようないい人ばかり。
(気づかなかっただけ、だったんですね)
父が亡くなって借金を返す為に足を運んだ職業訓練所で適正があるのは遊び人だけと言われた、あの日。冒険に誘われることなくルイーダさんのお店で料理を運んだり、テーブルを拭いたりお皿を洗うだけの日々。
(良いことなんて何もないと、私なんかに出来ることなんて何もないと思っていたのは――)
間違いだった。優しい人、親切な人に会って、鏡を見ればそこにいるのは、賢者になった私。
(ま、まだちょっと信じられませんけど……)
選ばれた者だけがなることの出来る賢者。酒場で働いていた時、お話しだけはお客様から聞いていました。望んでも実際に賢者に至れるのはホンの一握り、とも。
「そして、一定以上の経験を積んだ遊び人は僧侶と魔法使い両方の呪文を会得出来る『賢者』への転職がかなうとも聞いた」
だから、昔シャルが紙に書いたご主人様の言葉は、私にとっても衝撃でした。ご、ご主人様やシャルを疑うつもりはありませんでした、ただ。
(信じられなかったのは、私自身)
縋ったご主人様が自分を連れ出してくれたことは嬉しくて、借金を肩代わりしようとして下さったことは申し訳なくて、自分に出来ることなら何をしても恩返しするつもりでした、ただお役に立てているかはいつも疑問で。
(シャルと一緒にご主人様の下で修行したあの時)
お尻を触ってしまったのは、後日呪いのせいと解りましたけれど、まさか悪癖が役に立つとは思っていませんでした。
(あの修行もきっと私の為、ですよね)
シャルの為でもあったのだとは思います、それでもこんな私をシャルのパートナーにして下さったのは、ご主人様なりに気を遣って下さったのだと。
(気づけばシャルとも仲良くなれて……サラ、さんはまだちょっと怖いですけど……あんなことをしてしまったんですから、仕方ありませんよね)
ご主人様のお陰で友達も、旅の仲間も出来ました。そして、悩みの種だった無意識に他の方のお尻を触ってしまう悪癖、いえ呪いもご主人様のお知り合いという魔法使いのスレッジさまに祓って頂き。
(行方知れずだったおじさままで助けて頂くなんて……)
おじさまは働いていたと言うのに。
(けれど、おじさまもおじさまです! わたしはおじさまが何処かで平穏に暮らしていてくれればそれで良かったのに)
父をなくして数日後、家に父がお金を借りていた方々や来た時、私は初めておじさまも多額の借金を負ったことを知りました。ただ、その時の私にはおじさまの借金どころか父の残した借金を払うアテもなく。
(おじさま……)
再開は、ウィンディさんに言われた通りお店の裏側に回り、シャルから借りた魔法の鍵で裏口のドアを開けた先でした。
「ミリーちゃん?」
「おじさま……どうしてこんなことを?」
想定外の侵入者に呆然とするおじさまへ私は聞いたのです、スミレさんと仰るエリザさんのお友達から借りた服装のまま。
「……私は、ミリーちゃんを助けられなかった。手段も問わずがむしゃらにお金を貯めてね、自分の借金を完済した後、更にお金を貯めてミリーちゃんを迎えに行ったんだよ。あの借金は私と一緒に防具の開発になんて手を出さなければ負わずに済んでいた借金だからね」
「そ、そんな……」
「うん、解ってるよ。ミリーちゃんがそれを当然だなんて言わないことは、それにね……家を手放しただろう? 私がお金を貯めてアリアハンへたどり着いた時には、あの家には全く知らない人がいてね。それからミリーちゃんがどこに行ったのかを私は探した、ただね、ようやく探し当てた時には――」
私はもうご主人様やシャルと旅に出ていた、と。私が先を言えば、おじさまは頷きました。
「結局、私はミリーちゃんに何もしてあげられなかった。せめて借金をと思えば全額払い終わっているとあの時の借り主には聞かされ、手元に残ったのは、お金だけ。それも真っ当に稼いだとは言い難いお金だ」
「まさか……」
「そう、多分ミリーちゃんの予想通りだよ。いや、最初は違うかな……何か出来ることはないかと情報を集めたところ、ミリーちゃんが勇者様とバラモスを倒す旅をしていると聞いた。だから、強力な武器防具があれば旅の助けになると思ってね」
再開した時のことを考え、おじさまはあちこちを飛び回っていたそうです。
「ただ、そんなある日のこと……私は旅先でバラモス軍がイシスに侵攻するという話を聞いてね、急いで実家に戻ったんだ」
「あ」
商人さん達が同じイシスの人達に襲われたという話は、私も聞いていました。だから、おじさまの沈痛な面持ちが何を意味するのかも解ってしまって。
「国からもスズメの涙だけど補償金は出た、けど失ったものは帰ってこない。同じ被害に遭った仲間はイシスの人々を恨み、国を恨み、やがてその怨嗟がミリーちゃんと一緒に居る勇者様やもう一人の勇者様にも向いた。拙いと思ったよ、同時にようやく手元にあったお金と役に立てなかった私の使い道が出来たとも思ったんだけどね。だか」
「っ」
気が付くと、私はおじさまの頬を思い切り叩いて居ました。
次回、番外編21「おじさまと私の<後編>(元バニーさん視点)」