強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百五十六話「ごろつきはやはり」

尾行(つけ)られてるな)

 

 念のため声には出さず、唇の動きだけで続けると素知らぬふりで外へと向かう。

 

(目立ったつもりはないし、事を荒立てもしなかったはずだけど)

 

 心当たりがあるとしたら、がーたーべるとの返品で揉めてた時に口を挟んだことぐらいだ。

 

(うーん、認識が甘かったかなぁ)

 

 密かに自己反省しつつも、俺は尾行をどう撒くか考え始めた時だった。

 

「あーあ、やっぱりいい男は大抵売約済みね」

 

「なぁんだ、彼女いたんだぁ」

 

 尾行者達の声が聞こえてきたのは。

 

「スー様?」

 

「いや、何というか……これは想定外だった」

 

 まだ おれ を ねらってたん ですか、きのう の せくしーぎゃる の おねえさん と くりーちゃーさん。

 

(なんて執念)

 

 おそらくは、俺の容姿で聞き込みして宿を探し当て、張り込んでいたのだろう。

 

「だが、助かった。すまんな、カナメ」

 

「ふふ、どういたしましてぴょん」

 

 彼女と勘違いされてしまったカナメさんには申し訳ないが、一緒だったからこそ先方が諦めてくれたようなものだ。

 

(別々に出発してたら昨日の繰り返しだったろうしなぁ)

 

 本当にカナメさんが居てくれて助かった。

 

(ただ、俺もまだまだだなぁ、アレと『おじさま』の手の者を勘違いするとか。がーたーべるとの代金代わりに見張りとして働かされているなんて可能性も0ではないと思うけど)

 

 カナメさんと一緒にいるのを見て諦めた時点でそのセンは薄いとも思う。

 

(それによくよく考えれば、今回の件が解決してもあの人達はカナメさんと俺がこうして並んで歩いてるのを見かけなかったらナンパしてきたかもしれなかった訳だし)

 

 意図せぬ所で一つピンチを未然に防げたことはラッキーだった。

 

「ともあれ、これで邪魔者は居なくなったな」

 

 あとは外に出て着替えてごろつきを引っかけるだけ。

 

(確か、黄色い服を着た誰かを見かけた時は捕縛、青い服の時は指定の場所に誘導だったっけ)

 

 服で間接的な指示役を担うのは、拘束と尋問担当のスミレさんではないかと予想しているが、先入観にとらわれるのも良くない。

 

(ここまで来たら、指示通りに動くだけだよな)

 

 本殿の前、何故こんな所に立っているのか未だに謎な豪奢な服を着たオッサンを視界に入れつつ俺はダーマを出ると、片手を鞄に突っ込む。手探りで探し、掴んで引き抜くのは聖水の瓶。

 

「ダーマから死角になるところまで行くぞ」

 

 聖水を撒くのもだが、着替えるのはそれからだ。

 

(魔物除けの効果がない方がモンスターに気を配らないといけなくなる分、尾行はし辛くなるし)

 

 今のところ誰かがついてきてる気配はないが、想定外の尾行者が出た後である以上、念には念を入れておくべきだろう。

 

(と言うか、木とか茂って視界を遮って貰えるところじゃないとなぁ)

 

 背を向けて貰ったとしても着替えづらい。

 

(うん、今更ってカナメさんには言われるかもしれないけどさ)

 

 イシスでの着せ替え人形の時とは違うんです。違うと思いたい。

 

「ピオリム」

 

 嫌な時間は一秒でも早く済ませたくて、俺は呪文を唱える。

 

(大丈夫、服の着方は覚えている)

 

 涙は、流さない。

 

「すまんが、暫く背を向けていてくれ」

 

「わかったわ」

 

 カナメさんがこちらの言葉に応じた所で鞄を開けて、服を取り出す。体格差を考えて服はゆったり目のものを貸して貰った。

 

(ここを開いてこう身体を通して、ボタンを留めて――)

 

 速やかに、それでいて枝に服を引っかけることなく。

 

「待たせた」

 

 今、早着替えの大会があれば、好成績を残せるかも知れない。そんな謎の確信を抱きつつカナメさんに声をかける。

 

「早かったの……ね」

 

 振り返ったカナメさんの「の」と「ね」の間に生じた間、それが全てだと思う。

 

「まぁ、元が元だからな、慰めも気休めも要らん」

 

「スー様」

 

「そもそも、回りにいる女性が美人揃いだからな」

 

 上がりすぎたハードルの前では、俺の女装姿なんてクリーチャー同然だろう。

 

「……大丈夫ぴょん。スー様は、まだお化粧という変身を残してるぴょん」

 

 なんてカナメさんはフォローしてくれたが、下手すればごろつきだって顔を見ただけで逃げ出すんじゃないかとか、思っていた。

 

「はい、完成よ」

 

「すまんな」

 

「これなら、ごろつきもナンパしてくるかも知れないわよ?」

 

「それは後免被りたいな……いや、引っかけるという意味合いではその方が都合が良いのか」

 

 くすっと笑うカナメさんに苦笑を返し考え込みつつも、俺はまだ半信半疑であり。

 

「おい、見ろよ!」

 

「うおっ、すげぇ美人」

 

「は?」

 

 だからこそ、ダーマに舞い戻るなり現れたごろつきたちの言葉に、耳を疑った。

 

(落ち着け、落ち着くんだ俺、きっと、隠れてるカナメさんが見つかったとか……は、ないな。きっと、俺の後ろにもの凄い美人が居るとかなんだ、人の気配はないけど)

 

 鏡は見せて貰った、割れる程ではなかった、だが正直これを美人というなら俺はごろつき達の感性を疑う。

 

(そんなことより、次の指示は)

 

 敢えてごろつきの俺以外への賛美は聞かなかったことにしつつ首を巡らせると、視界に入ってきたのは青い服。

 

(そうか、誘き出せばい……い?)

 

 視界に入ってきたのは、旅人の服を着たシャルロットの姿だった。

 




主人公、女装して指示遂行中、シャルロットにあう。

次回、第三百五十七話「なにこれ」

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