強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百五十四話(仮)「失敗しちゃった」

「なに、これ」

 

 口から漏れ出た声は明らかに俺の声ではなかった。どう聞いても女性の、そう、元バニーさんのそれだった。

 

(いや、まぁ体が借り物だから最初から俺の声って訳じゃなかったんだけどね、ある意味)

 

 そういう問題ではない。

 

「なに、このむねおばけ」

 

 いや、元バニーさんは最初に会った時も背中に押し付けてきたし、先日ベッドの上でシャルロットと元バニーさんにサンドイッチされた時など意識する機会がいくらかあったのは間違いない、ないが。

 

(あれですか、イメージだけで変身したから、こうなったと?)

 

 どう考えても本物の元バニーさんより大きな胸をじっと見て愕然とする。俺は、今まで元バニーさんをどんな目で見ていたんだと。

 

「と言うか、格好も賢者じゃなくて遊び人のままなんだけど」

 

 これに関してはまぁ、無理もないと思う。転職したのはつい先日だし、接してきた時間を考えれば遊び人だったころの方が長いのだから。

 

「……とりあえず、実物を見ずのモシャスはもうやめよう」

 

 元バニーさんがこうなるようでは、他の人物に変身したとしてもコレジャナイ的な偽物になってしまうのは明らかだった。

 

(けど……うん、何と言うかいくらなんでもコレはあんまりだよなぁ)

 

 この後元バニーさんにどんな顔をして会えばいいというのか。

 

(全力で土下座したいところだけど理由を言う訳にもいかないし)

 

 後ろめたさとどうしてこうなったという気持ちで頭を抱えたくもなったが、あまりの事態に気を取られ俺は失念していた。

 

「スー様、どうなったぴょん?」

 

「あ」

 

 ドアの向こうから声をかけられるまで、検証することを知っている他者がいた事を。

 

(ちょ、しまったぁぁぁぁっ)

 

 思わず心の中で叫んだのは、ドアの外に事情を知っている人物が居ることを一瞬忘れたからだけではない。それが、カナメさんでもあったから。

 

「むねおばけって何ぴょん?」

 

 さすが もと とうぞく、みみ の よさ は てんしょく しても そのまんま ですか。

 

(じゃなくて……俺、終わった――)

 

 思いきり聞かれてるじゃないですか、独り言。

 

(どうしよう。ここは仮想の友人「むねお氏」でもでっち上げて誤魔化すか……いや、カナメさんにそんな小細工が通用するはずない)

 

 だいたい、百歩譲って前半は良いとしても後半の「ばけ」をどうする話だってことになる。

 

(……もうここはあきらめて素直に打ち明けよう)

 

 流石に元バニーさんへのこの仕打ちを自分の胸だけに収めておけるほど俺の面の皮は厚くない。

 

(それに、カナメさんにはとうぞくのかぎがあるもんなぁ)

 

 ドアノブを手で押さえてでもいない限り、鍵を開けて入っても来られる訳で。

 

「……と言う訳だ。穴があったら入りたいところだが」

 

「あっても、その胸じゃつっかえるぴょんね」

 

 結局、打ち明けた俺は床の上に正座してカナメさんと向かい合っていた。

 

「ただ、話を聞いて思ったのだけれど、それはイメージだけで変身したのよね?」

 

「あ、あぁ」

 

「たぶんそこに問題があったのだと思うわ。情報の少なさをイメージで補おうとする分、相手の特徴が極端な形で反映されたんじゃないかしら?」

 

「極端な形? それはどういう」

 

「そうね。まず、聞いた限りだけど、そのモシャスって呪文は――」

 

 いつの間にか盗賊の頃の口調に戻ったカナメさんは人差し指を立てて説明を始めた。

 

「姿と能力を写し取るわけでしょ? 中身はスー様のままだから性格のような内面は反映されない、もしくは中身に引っ張られてしまう。つまり、イメージで変身する場合外見的な特徴のみが過剰に反映されてしまうということよ」

 

「……なるほど」

 

 言われてみると、元バニーさんの特徴で一番に挙げられるのは、引っ込み思案なところだ。

 

(挙動とか、不安そうな表情とかで反映される可能性もあったけれど、変身後の姿に俺が驚いたり取り乱したから、見る影もなくなったってことかぁ)

 

 だとすれば、この姿もバニーさんのことを胸しか見ていなかったとか、俺がスケベだとか大きな胸が好きだとかそういう理由でないということなのだろう。

 

「ただ、それでもスー様がその娘のこと胸が大きい娘と見ていた事実は揺らがないぴょん」

 

「うぐっ」

 

 遊び人としての口調に戻し、冗談めかしたのはカナメさんのやさしさだと思うが、それでも言葉は俺の心を深くえぐった。

 

(まぁ、悪いのは俺だけどさ……けど)

 

 イメージで変身できるなら、なれるかと少しだけ期待していたのだ。

 

(……少しだけ残念だったな。この検証で望む結果が出れば、借り物の姿で無く本来の姿をみんなに見せられたかもしれないのに)

 

 ちなみに、元バニーさんに変身しようとし理由は、俺が囮になることにより不意打ちで元バニーさんがおじさまと会話できるタイミングを作ろうと思ったからだが、さすがにこの残念変身では無理がある。

 

(スレッジの格好で面と向かい合ってモシャスすると、スレッジとして登場してる間、俺が不在になっちゃうからなぁ)

 

 結果的にこちらの目論見は微塵に打ち砕かれた形だが、むしろこれは変な小細工をするなということなのか。

 

(まぁ、エピちゃんのお姉さんにだって事情は話してあるわけだし)

 

 ちゃんと考えてくれていると思う。

 

「まぁ、スー様の趣好についてはそれぐらいにして、指示された件についての話し合いを始めるぴょん?」

 

「いや、ちょっと待て趣好って……いや、さすがに今回は反論する権利もないか。わかった、始めよう」

 

 むしろ真面目な話をした方が、忘れられる。俺はカナメさんに頷くと買ってきた紙と筆記具を取りに棚の方へと歩き出した。

 

 

 




そろそろダーマのお話も終わらせたい。

次回、第三百五十五話(仮)「打ち合わせの結果」


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