強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三十四話「天の配剤」

「そうか」

 

 結論を先に言うと、反対意見は出なかった。

 

「初めて聞くお話も色々ありましたが、相手が魔王となれば手を尽くすと言うのは頷けますからな」

 

 偽勇者については反対意見も上がるかと思ったのだが、一番口にしそうだった僧侶のオッサンはそう答えていたし、俺の爆弾発言から挙動不審だったバニーさんも「ご、ご主人様がそう仰るなら」と言いつつ手をワキワキさせていた。

 

(だいたいの問題はクリアーかな)

 

 あとは一点、早急に確認しておきたいことがあるが、此方には単独行動が必須となる。

 

「ならば最後に一点。お前達が追加人員を定めている間、独断行動をさせて貰いたいのだが」

 

「お師匠様、それってどういう……」

 

「一つ、確認しておきたいことがある。空振りに終わる結果を否定出来ないのだが……」

 

 急ぐ必要があると俺が振り返ったシャルロットに真顔で言えば、何らかの理由があることを察したのだろう。

 

「わかりました。お土産話は期待してもいいですよね?」

 

 一瞬顔を曇らせつつもすぐに誤魔化すような笑顔で聞いてくる。

 

「そうだな……首尾良くいったなら話と言わず土産も持ってこよう」

 

 俺はシャルロットに頷きを返すと、ロープを解いてくれるよう頼み。

 

「すまんな、シャルロット。本来なら、もっと師匠らしいことをすべきなのだろうが」

 

 一瞬だけ浮かべていた表情に罪悪感を覚えていたこともあって、自由になった手でシャルロットの頭をなでると財布からいくらかのゴールドを取り出し、まだずっしり重い財布を差し出す。

 

「これで装備を調えておくと良い。囮パーティーの間は使えないだろうが、ここの武具はアリアハンのモノよりそれなりに強力だ」

 

 オススメはこれだと、ポルトガ城に行くついでに武器屋で購入した「はがねのむち」を勇者に手渡し、俺はちらりと窓の外を見やった。

 

(完全に日は沈んでるかぁ)

 

 外を移動するには出来れば昼間の方が良かったが、是非もない。

 

「ではな、アリアハンでまた会おう」

 

 言い残して宿屋を後にし、厩に行く。

 

(改めて考えると、無かったのが不思議なんだよな)

 

 勇者の家のトイレでもそうだったが、ゲームでは必要なくても人が暮らすなら必須に近い施設がある。例えば食料品を扱う店、八百屋や魚屋、シャルロットと揚げ魚を買った店もそうだが、そんなモノはゲームになかった。

 

(メタなこと考えると容量の関係から削ったんだろうけど)

 

 無ければ、人々が暮らすのに矛盾する。俺が足を運んだ厩にしてもそうだ。

 

「ポルトガ王から許可を貰っている。ロマリアへ向かうのに馬を借りたいのだが」

 

「へい、こいつをお使いくだせぇ」

 

 正確には途中にある関所まで向かう為だが、詳しく説明する必要もない。

 

(さてと、たいまつと聖水はあるし、急ごう)

 

 俺はただ「すまんな」と馬番の男に頭を下げると、聖水を振りまき鞍に跨った。俺自身には乗馬経験も無いが、最悪身体のスペックで何とかする。

 

「はあっ」

 

 参考にしたのは、時代劇。見よう見まねだったがそれでも走り出してくれた馬の上で俺は呪文を唱えた。

 

「ピオリム」

 

「ブルルッ」

 

 自分の身体に未知の作用が働いたのを感じたのか、身震いするが伝令用の馬だけあって本来臆病な生物の筈なのにそれ以上動じた様子は見せない。

 

(さてと、この馬なら関所までもそんなにかからない)

 

 問題はその後だ。

 

(しっかし、すっかり忘れてたな)

 

 俺が今目指そうとしている目的地のことを思い出したのは、ポルトガ城で王と謁見し貿易網についての詳しい話をした時のこと。

 

(あの時見た地図の通りなら……)

 

 目的地は、ポルトガから関所までの距離の三倍、普通に向かえば一日や二日で着く距離ではないが、馬に乗っている上にピオリムでその馬を加速している。

 

(少なくとも夜が明ける前に関所にはたどり着く)

 

 聖水をまいたお陰で魔物も近寄ってこない。

 

「ここか」

 

 馬の疲労もホイミをかけたり薬草を食べさせることで軽減した俺は、予想より早いタイミングでポルトガとロマリアを隔てる関所にたどり着いて馬を止めた。

 

「関所を通して貰おう、ポルトガ国王からの許可は得ている」

 

「むっ、確かにこれは……良いだろう、通るといい」

 

 ロマリア側の出口に居た兵士と話すと、別に寄るところもあると言って馬を預け、そのまま関所を出る。

 

(とりあえず、これで一つめの問題は良し)

 

 少なくとも俺はロマリアの関所を普通に抜けた証人が出来た訳だ。

 

(問題はこの後だな)

 

 俺は荷物を漁るとポルトガで着ていた服を脱ぎ、布地をアサシンダガーで裁断して簡易な覆面を作り出す。

 

「やはり、あれで行くか」

 

 手袋や靴を予備の色違いのものと取り替え、パンツ一丁のまま覆面をかぶってマントに分類される「やみのころも」を羽織った。

 

「変・装ッ!」

 

 どこから見ても変態だった、何て言うかロマリアで金の冠を盗んだ変態の色違いである。

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 攻撃呪文の使えない何処かの勇者のお師匠様とは別の人物なので間違えないで貰いたい。

 

「くッ、装備出来ないからとケチらず鉄の斧も買ってこればよかったかッ」

 

 おててがお留守なことに一抹の寂寥感を禁じ得ないが、シャルロットに渡す軍資金をそんなしょーもない理由で減らすことなど出来なかったのだ。

 

「まあいいッ! この『マシュ・ガイアー』からすれば、この程度の関所……目撃されずに破ることなど容易いッ、レムオルッ!」

 

 私はさっそく呪文で透明になると関所に再突入し、謎のポーズを決めながら小声で呪文を唱えた。

 

「アバカムッ」

 

 本来ならとある鍵がなければ空かない鉄格子さえマシュ・ガイアーの前では無力。

 

「任に着いたのがこの『マシュ・ガイアー』だったことこそ天の配剤ッ」

 

 旅の扉に飛び込んだ私は、こうして一気に距離を稼ぐのだった。

 




変質者・爆誕ッ!

突如現れた謎の人、その名は『マシュ・ガイアー』。

彼は英雄なのかそれとも悪魔なのか。

謎の新キャラの登場にきっと人々は困惑する。

と言うか、呪文使えない縛りを主人公がしていた理由の一つがこれなのだ。

次回、怪傑マシュ・ガイアー第一話……じゃなかった、第三十五話「自重などという言葉は忘れてきた」

そのサブタイトルに、嫌な予感しかしない。

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