「そうですか、スー様はダーマにいらっしゃるのですね」
机に向かい、ポツリと独り言をもらした私はもう一度羊皮紙に視線を落とす。
「はぁ」
何から書くべきかで、まず迷う。書き出しの一行、所謂季節の挨拶の所まではすらすらと書けたがそこでペンは止まってしまったのだ。
「しかし、このようなモノで字を書くことになるなんて」
自分の世界がまだジパングとその周辺だけだった時のことを思い出し、あの頃の私は
想像すらしてませんでしたと呟きつつじっとそれを見る。
「人生、何があるか解らないものです」
字の書き方もペンの持ち方も習ったのは、職業訓練所。短期間で色々詰め込まれ、自分を含めた何人かの仲間が音をあげかけた。
(それでも――)
自分達が命を落とした時に比べればどうと言うことはない、スー様のお力になれるならと叱咤激励し合って、隊長を除き、皆が職に就いた。
「だから、迷ったのですけれどね」
苦笑が漏れ出てしまうが、全ては自分で選んだ道。
「……とりあえず、経緯報告から書き出しましょうか」
主観が混じってしまうとは思うが、これまでにあったことを順に綴って行くだけなら、先程のようにペンが止まることもないと思う。
「スー様とお別れし、目指していたロマリアへたどり着いた私達は到着するなり一旦解散しました。一人がルーラで連絡要員の居るところまで戻り、連絡要員を連れてくることでキメラの翼、もしくはルーラで移動出来る人員を増やす必要があったからです。ちなみに、魔法使いだった私がこの役目に選ばれ、居なかった二日間のことは伝聞になるのですが、モンスター格闘場にはまってしまって隊長から大目玉を食らった子がいたそうです……あ」
書いてしまってから、こんな告げ口じみたことを書いて良かったものかと言う疑問が生じて、一枚目は没にした。
「けれど、他に大したことはなかったと聞いているのですよね」
武器屋に並ぶ品は品質でイシスやバハラタの物に劣り、周辺の魔物も脆弱。
「スー様のお話ではアリアハン大陸を抜けた場合、最初に足を運ぶ国と言うことでしたし、ある意味これも仕方ないのかも知れませんけれど」
それに、力を持たない人々にとって魔物が弱いのに越したことはない。
「と、続きを書かないといけませんね」
羊皮紙もそうだが、時間はも有限だ。私はペンを取ろうと手を伸ばし。
「うーん、……仕方ありませんね。ロマリア王に謁見して金の王冠を奪回してくるように頼まれ」
「女王陛下、よろしいでしょうか?」
少し考えてから羊皮紙の上へとペンを移動させた姿勢で固まった。
(っ、なんてタイミングで)
恨めしく思う気持ちはあるが、これもまぁ仕方ない。
「……少し待ちなさい」
まだ慣れない命令口調で答えつつ、私は書きかけの手紙を机の中に隠すと、扉へ向き直る。
「入りなさい」
「はっ、失礼します」
許可を出せば、入ってきたのはこの国の騎士。近衛騎士団の副団長と紹介された覚えのある顔だった。
「何用ですか? 本日の執務はもう終わりの筈」
女王として即位する為に職業訓練所の比ではない地獄は見たし、まだ勉強の時間やマナー講座その他諸々の時間は定期的にあるが、どれもがこんな時間ではなかった筈。
「実は、例の元貴族についてご報告が」
「……成る程、遂に動き出しましたか」
潜めた声で口にした言葉で得心の言った私が頷けば、副団長は言葉を続ける。
「はい、こちらで調べたところダーマ神殿を拠点とする組織の元に逃げ込もうとしているようで」
「ダーマへはどのように?」
「アッサラームまでは陸路、そこからは交易船に乗って海路でバハラタへ向かうかと。違法に蓄財した資産を処分しており、財布には余裕がある様子。陛下の即位で、もう不正は出来ぬと踏んだのでしょうな。同様の理由で大小二十名以上の貴族がこのロマリアから逃げ出す様子です。もっとも、半数以上は東の橋で身柄を押さえることが出来ると思われますが」
「そうですか」
手紙に書くことが増えたのは確定だが、喜べることではない。
「ダーマには昔の仲間が居ます、警告しておくべきなのでしょうね。供を頼めますか? それから影武者の手配を」
「は? 陛下自ら向かわれるので?」
「ルーラの呪文で他国に飛べる魔法使いが居るなら別ですが」
尋ねてきた副団長は私がそう言えば沈黙した。
「それに、ルーラの呪文なら先回りは可能です。クシナタ隊長のことも皆のことも良く思っていなかったようですし、ダーマへ至る前にあの者は止めなくては」
手紙ではなくて口頭で伝えることになってしまうかも知れないが、非常事態だ。
(ひょっとしたら、これがスー様とお会い出来る最後の機会になるかもしれません、ですが)
クシナタ隊に所属する魔法使いの一人としてよりも一国の女王としての方が、恩人に尽くすことが出来る。
(クシナタ隊長、みんな、それでも私は――)
後悔はしていない、自分で選んだ選択だから。
「蓄財があるなら護衛を雇っている可能性があります近衛から数名同行を」
「御意」
一礼して去って行く副団長を部屋から追い出すと、私は着ている王族用の豪華なだけのローブを脱ぎ始めた。
南バレンヌへ進出だ!(シャキーン)
密かに一名脱落していたクシナタ隊。
と言う訳で密かにロマリアの女王出陣す。
尚、クシナタ隊長を含む残りの面々は、経過時間から考えて、ノアニール辺りには到達していると思われます。
次回、第三百四十六話「眼鏡の商人」