強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百二十三話「ひとのせいにするなんてさいていだとおもう」

 

「え、あの晩にそんなことが?」

 

 バハラタで寝ている時、声なき声に語りかけられたのだと打ち明けると、師の言うことだからかシャルロットは疑いさえせず、驚いた。

 

「ああ、とは言えぐっすり寝ていたお前達を起こす訳にもゆくまい? そもそも、二人とも寝ていたと言うことは声が聞こえていたのは俺だけだったからな」

 

 一人で対応したのでと言う寝不足理由のでっち上げは、上手くいったと思う。

 

「……そ、そうですか」

 

「けど、お師匠様……そう言うことなら起こしてくれても良かったんですよ?」

 

 理由については二人共すんなり納得してくれた、一人で抱えていたことを遠巻きに非難はされたけれど。

 

(うん、良心の呵責というか後ろめたさでいたたまれないけど、まぁ自業自得だよな)

 

 ともあれ、ここまではほぼ予定通りだ。

 

「そもそも、俺が居なければおろちを竜の女王の子供の母親にするなどという話は出てこなかっただろうからな。自分でまいた種とも言える。だいたい、お前達まで寝不足になっては旅に支障をきたすだろう?」

 

 俺一人が一日寝られなかったぐらいなら、身体能力で何とかなるが、寝不足で集中力が落ちたまま他者のフォローを完全にこなせるかと問われたら、疑問が残る。

 

「それに、昨晩はきちんと寝られたからな。そのせいで色々心配をかけてしまったことは済まないと思う」

 

 流石に「嘘ついてますごめんなさい」とは言えない俺としては、謝るならこういう形しか思いつかず。

 

「い、いえ。ボク達こそ勘違いしていたみたいで」

 

「は、はい。す、すみませんご主人様」

 

「気にするな」

 

 謝り返されて、良心にチクチク刺されながらもポーカーフェイスを作って応じたことで、勇者のお師匠様は病人だった疑惑は収束した。

 

(あとは、おろちと口裏を合わせればこの件はおしまい……なんだけど)

 

 私事が一つ片づいただけでもある。

 

(がーたーべるとを、せくしーぎゃるをこの世界に蔓延させようとしているあの商人を止めない限り、俺はこのダーマから旅立てない)

 

 せくしーぎゃると接したことがあるからこそ、あれがどれ程危険な品なのかを俺は知っている。

 

「ともあれ、昨晩の俺のことについてはこれでもう良かろう。後はこの場にいないサラとアランにも伝」

 

「あ、そのことなんですが、お師匠様」

 

「ん?」

 

 だから、伝えて終わりにしようと言おうとした俺にとって、シャルロットが、割り込んできたのは、想定外だった。

 

「アランさんとサラには、イシスに行って貰いませんか?」

 

 続けた提案の内容も。

 

「……イシスに?」

 

「はい。おろちちゃんが気にしているってお話しでしたし、だったら、マリクさんが充分強くなった時、すぐ解ると良いと思ったんです」

 

 少し間が空いてしまったものの、平静さを装いつつ問うた俺にシャルロットは答える。

 

「それに、アランさんも修行は必要でしょうし」

 

「……なるほど」

 

 と いうか、ひょっとして、これ は おれ が おろち のせい に した から ですか。

 

(元僧侶のオッサンと魔法使いのお姉さんが抜ける、と言うことは……)

 

 残されるのは、俺、シャルロット、元バニーさん。何故か、嫌な予感がした。

 

「ミリーは商人さんがその『おじさま』だったら話とかもしたいよね?」

 

「あ、は、はい」

 

「一応このダーマの側にもメタルスライムの出没する塔があるらしいから、修行はそっちですることになっちゃうかも知れないけど」

 

 ああ、そういえば そんな とう も ありましたね。

 

(えーと、何て名前だったかなぁ……アープの塔だっけ?)

 

 こういう時、手元に攻略本があったらなとつくづく思う。

 

(って、そんなことを考えてる場合じゃない!)

 

 元バニーさんとシャルロットの間で進んでる話を整理すると、つまり今この場に居る三人で暫く行動しましょうということなのだ。

 

「お師匠様、三人なら部屋は一つで良いですよね?」

 

 ほら、やっぱりこうなった。

 

「いや、三人とは言え、男女が同じ部屋は拙かろう?」

 

 そう、抵抗してみるが、俺はバハラタで二人と一緒に寝ている。「何を今更」と言われてしまえば、反論のしようがない。

 

「大丈夫です、もしまた寝られないようなら、ボクがラリホーの呪文をかけるかジパングまでルーラで飛んでおろちちゃんに直接話をしに行きますから」

 

 というか、 かんぜん に たいろ たたれた き が しますよ。

 

(まさか、おろちのせいにしようとしたせいとか?)

 

 これは、報いだというのか。終わったと思ったところに眠れぬ夜のアンコールとか、想定外も良いところだ。

 

(いや、早まるな。元バニーさんがダーマから動けないのは、あの商人が知り合いかもしれない、からなんだ)

 

 あの諸悪の根源さえ何とかしてしまえば、サンドイッチの夜は回避出来る。

 

(タイムリミットは……今日の夜)

 

 一日でがーたーべると蔓延事件に終止符を打てとは難易度が高すぎる気もするが、理性だけを共とする死闘から逃れるには他に方法もない。

 

(出来るのか、とかじゃないよね……もう、これは)

 

 解決しないと「バハラタの夜・りたーん」である。

 

(あの商人が……元バニーさんの知り合いであることを祈ろう)

 

 知り合いじゃなかったら、もう自分でも何をしてしまうか解らなくて、俺は密かに祈った。それ程に追い込まれてしまっていたのだ。

 




まぁ、だいたいお察しの通りでしたとさ。

次回、第三百二十四話「デッドライン」

スピード解決か、サンドイッチか、主人公の運命は?


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