強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百二十二話「不治の病に冒された強キャラって割とテンプレですよね?」

「はぁ」

 

 こういう時に限って良いアイデアは出てこなかった。

 

(しかも、かわりに思い浮かんだのが「病人にされていた方が良い理由」とか)

 

 体調が悪いと言うことにすれば、以前風邪で寝ていたシャルロットのようにパーティーから離脱する大義名分が出来るのだ。

 

(単独行動するにはうってつけ、ってのも確かではあるんだけどなぁ)

 

 ただしあくまで、仮病がばれなければの話である。

 

(だいたい、今更単独行動が出来るようになってもパーティーを抜けないと行けないことなんて……)

 

 皆無とは言わないが、複数のパーティーに別れたクシナタ隊が各地で働いてくれてるお陰で、勇者一行としてやらなければ行けないこともかなり減っていた。

 

(せいぜいが、おろちにスレッジの姿で会ってごめんなさいするぐらいだもんなぁ)

 

 わざわざ病人になってまで行動の自由を得るうまみが少なすぎる。

 

(一応、「病人のお師匠様」に途中退場して貰って以後はスレッジとしてシャルロット達について行くって選択肢もあるけど……)

 

 シャルロットのお袋さんとの約束を破ることになる上、変装なので風呂や着替えを見られては行けないという制約がついてくる。

 

(やっぱ、誤解は解かないと駄目だな)

 

 ある意味、解りきったことだったかもしれない。

 

(で、結局昨晩の醜態の理由が必要になってくる訳か)

 

 完全に振り出しに戻ってきてしまった訳だ。

 

「はぁ」

 

 気づけば二度目のため息が出ていた。

 

(こう、何というか同じ様な感じのため息なせいでデジャヴを感じてしまうかも)

 

 もっとも、女性の部屋の前で嘆息する経験なんて一回でも充分すぎると思う。

 

(って、そんなこと考えてる場合じゃないし)

 

 今考えなくてはならないのは、寝不足の理由だ。ただ。

 

「え」

 

「あ」

 

「え」

 

 かんがえている さいちゅう に どあ が あいて ごたいめん というの は そうていがい でしたよ。

 

「ご、ご主人様?」

 

「お師匠……さま?」

 

 抱えているモノからすると元バニーさんとシャルロットは顔を洗いに行く所だったのだろう。

 

(そっか、シャルロット……昨日言ったことを守って――)

 

 洗顔とはいえ部屋を出るには違いない。同行することでそれとなく見張るつもりで居た訳だ。

 

(って、のんびり観察してる場合かぁぁぁ) 

 

 どうしよう。

 

(まさか、こんなタイミングで鉢合わせることになるなんて)

 

 当然ながら、いい訳などまだ思いついていない。

 

(落ち着け、落ち着いて常識的に考えるんだ、俺)

 

 まずは、朝、人にあったらどうするか。

 

「おはよう」

 

 子供でも解る問題である、従って朝の挨拶は半ばテンパッてる俺でもごく自然に口をついて出た。

 

「あ、お、おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「洗顔に行くところか……ならば出直そう」

 

「え? あ、はい」

 

 挨拶を返されたことで些少冷静さを取り戻せたこともあると思う。だが、二人の抱えたモノを見てからの一言は我がことながら奇跡だった。

 

(危なかったぁぁぁっ)

 

 一時しのぎとは言え、良く誤魔化しの言葉が出てきたものだ。シャルロット達に背を向け歩き出しつつ、俺は密かに胸をなで下ろす。

 

(とは言え、本当に一時しのぎに過ぎないからなぁ)

 

 出直すと言ってしまった以上、二人が戻ってくる時間を加味して再訪問はしないといけないだろう。

 

(体調の悪そうなふりとかそう言うの何も無しで対応しちゃったから、もう仮病については諦めるしかないとして……)

 

 寝不足の理由をでっち上げる必要がある。

 

(まあ ぜんぜん おもい うかばなかったんですけどね)

 

 セルフファインプレーで時間は引き延ばせたものの、二人を納得させられる理由が思いつかなければ、アウトであるところは変わらない。

 

(けど、こんなに考えてるのだから、それこそ天啓みたいなのが降りてきても良いと思うん……ん? 天啓?)

 

 声に出さない独り言で漏らした単語を胸の中で反芻すると、俺は顔を上げた。

 

「そうだ、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」

 

 天啓だ。二人が寝ていたあの晩に何かが語りかけてきたとか、そう言うことにすれば良いのだ。

 

(「脳に直接語りかけてくるようだった」とかそう言うことにしておけば、二人が聞いてないことも説明がつくし)

 

 そもそも、心に直接語りかけてくるような存在を俺は既に知っている。

 

(うん、おろちだ。おろちにしよう)

 

 思い人の捜索はどうなったのだと催促の念を飛ばしてきたとしてしまえばいい。

 

(あのおろちなら、仕方ないよね)

 

 本当にやりうるという意味でも、濡れ衣着せることになるけどまあ良いかという意味でも。

 

(今まで散々被害を被ったんだ、何割かこれで埋め合わせさせて貰おっと)

 

 シャルロット達が確認することもあるかも知れないので、口裏を合わせるよう行っておく必要はあると思うけれど、問題があるとしたらそれぐらいだ。

 

(マリクがおろちの婿に相応しい強さを身につけたら、作戦決行かな)

 

 シャルロット達にマリクを迎えに行って貰い、俺は先にジパングへ飛んで口裏を合わせた後、スレッジとして対面しておろちを振る。

 

(ドラゴラムの見分けがつかないなら、わざわざ振る必要はないかも知れないけれど)

 

 まずは病人疑惑の払拭だ。

 

(商人の腕に噛み傷の痕があるかを確認する為にも、こんな所で時間を浪費しては居られないし)

 

 この時、俺はおろちのせいにすることで何とかなると思っていた。解決出来ると思ったのだ。

 




おろち「解せぬ」

次回、第三百二十三話「ひとのせいにするなんてさいていだとおもう」

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