強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百二十一話「あの時は眠くて、頭がまともに働いていなかったんです」

 

「……もう、朝か」

 

 口から漏れた呟きとは裏腹に久しぶりによく寝たと言う気がしつつ、俺はベッドから身を起こした。

(えーと、あの後どうしたんだっけ? 確か、シャルロットに元バニーさんが独断専行というか先走らないように言ってから……やたら眠くてそのまま部屋に行って寝たんだったかな?)

 

 シャルロットが見ていたなら、元バニーさんが夜中に宿を抜け出す何てことは不可能だと思う。何かあったなら騒ぎになってもいるだろうし。

 

(その場合、誰かが起こしに来てるよな。ぐっすり寝て朝に自分で起きれたと言うことは、問題は無かったってことで……)

 

 とは言え、確認は必要か。

 

「だいたい、頼み事を聞いて貰ったのだから礼を言いに行くべきだろうしなぁ……あ」

 

 呟いてからベッドを抜けようとした俺は、この時ようやく気づいた、着替えもせずベッドに潜り込んでいたことに。

 

(……まぁ、バハラタでは殆ど寝てなかったもんな。身体のスペックが高くても不眠不休でいつまでも動ける筈もないし)

 

 声には出さず自己弁護をしつつも、すぐさま着替えたのは言うまでもない。

 

(出来れば風呂にも入っておきたいところだけど、この時間じゃ……ね)

 

 おそらく、井戸の側で行水するとかがせいぜいだと思う。

 

(とりあえず、顔だけ洗ってから会いに行くか)

 

 いつもの俺だと、行水中に女性陣の誰かと鉢合わせるなんてオチになりかねない。自分で自分に妥協した結果、俺は水場に向かい。

 

「お、お客様……もう大丈夫なのですか?」

 

「ん? あ、あぁ」

 

 鉢合わせした宿屋の従業員の態度へ困惑しつつも頷きを返した。

 

(しかし、何か反応おかしいような)

 

 昨日は寝不足だったし、着替えず寝てしまう有様ではあったが、宿の従業員に心配されてしまうようなことをやらかしただろうか。

 

(と言うか、宿の従業員でこの反応とか)

 

 ならば、一緒にいたシャルロット達であればどうなるというのか。

 

(うん、なんだろ……いやな よかん しか しない ですよ)

 

 とは言え、今更ベッドに戻る訳にもいかない。

 

(今すぐ会わなくても、朝食か宿を出る時には顔をつきあわせることになるしなぁ)

 

 むしろ、いきなり全員と顔を合わせることになるよりマシだと思うべきだろう。

 

(魔法使いのお姉さんなら、やらかした内容によってはお説教コースだろうけれど、シャルロットと元バニーさんなら割と穏便に昨晩何をやらかしたか聞けるかも知れないし)

 

 こちらとしては何かした記憶など全くないのだが、あの時はひたすら眠くて、シャルロットに元バニーさんを見ている様にと言った後、部屋に戻る旨を告げてからは少々意識が飛びかけていた気もする。

 

(何かしたとするとみんなの所から早退してベッドに潜り込むまでの間……かな)

 

 ならば、たまたまあの従業員にだけ目撃されていて、ああいう反応をされたと言うことも考えられる、考えられるが、あくまであり得るだけだ。

 

(自分に都合の良いケースを事実と思うのは危険すぎるもんな)

 

 従業員にまであんな反応をされて、シャルロット達に変化がないと考える程お花畑な頭をしていないつもりでもある。

 

(けど……うん、何らかのことをしでかしてると思うと、足が重い)

 

 とりあえず、服は着たままだったので、何の脈絡もなく脱衣したとか、そう言う類のモノではないと思う。

 

(ありそうなのは、ベッドに行くまでに途中で寝てしまったとか、寝かけたとかかな……ん? この声は)

 

 自分がやりそうな行動を考えつつ歩いていた俺は、壁越しに聞こえてくる声にふと足を止めた。

 

「……なんて」

 

「そ、それを言うなら……」

 

 漏れていたのは、これから訪ねようと思っていた二人の声である。

 

(起きてはいるみたいだな。けど)

 

 何の話をしているのかまで把握するには、立ち止まっただけでは厳しい。壁に貼りつき、耳を当てるぐらいはする必要があるだろう。勿論、そんな姿を他人に目撃されれば、どうなるかなど言うまでもない。

 

(うーん、そもそも盗み聞きという時点でパーティーメンバーとしてどうよ、と言う問題だしなぁ)

 

 ただ、話題が俺のことであれば、二人に尋ねることなく自分が何をやらかしたのか知ることができるかも知れないというのは魅力的だった。

 

(いや、こんな所でシャルロット達の信頼を損ねるような真似はすべきじゃない)

 

 短い葛藤の結果、俺は頭を振ると再び歩き出し。

 

「ミリー、お師匠様の病名って解る?」

 

「え゛」

 

 図らずも確信らしき一言を聞いてしまったのは、今まさに二人に呼びかけ、ドアをノックしようとした時のこと。

 

(病……気? あ)

 

 一瞬、何のことだろうと思ったが、昨日の自分を思い返すと得心は行く。

 

(そっか。眠そうだったのを何らかの病気で身体の具合が悪かったって誤解したのか)

 

 その誤解が従業員に伝わったなら、先程の反応にも納得はゆく。

 

(まぁ、こっちも何で眠かったかなんて説明出来なかったからなぁ、誤解されてもある意味で仕方ないかも知れないけど)

 

 シャルロット達もそそっかしいというか、何というか。

 

(まぁ、誤解な訳だし、ただ眠かっただけと説明――あ゛)

 

 そこまで考え、俺は気づく。寝不足であるなら、寝不足だった理由も説明しないと行けなくなることに。

 

(無理だ、シャルロットと元バニーさんのあれの感触があれとか)

 

 正直に白状したら、社会的に俺が死ぬ。

 

(くっ、もういっそのこと病気ってことにしておこうか? いや、下手に仮病を使って病気でないことがバレたら……)

 

 結局嘘をついていた理由を訊かれ、やっぱり詰む。

 

(どうしよう、何処かのエルフの呪いで眠らされそうになった……も駄目だな。ノアニールは遠すぎるし、あっちにはクシナタさんが向かってるから、あのイベントに便乗して有耶無耶にするのは多分無理だ)

 

 眠たそうと言う部分には説得力を持たせられるかもしれないが、そもそも呪いをかけた側と話す機会があれば嘘がばれてしまう危険性もある。

 

(考えろ、考えなきゃ)

 

 このままでは病人と言うことにされてしまう。状況的に中に踏み込む訳にも行かず、俺はドアの前で良案を模索するのだった。

 




最近の主人公が寝られない展開はノアニール行きへの布石だったのです。

まぁ、クシナタ隊が何とか出来なかった場合のお話なのですが。

次回、第三百二十二話「不治の病に冒された強キャラって割とテンプレですよね?」

素手でMS倒すどこかの師匠さんとか、師匠ポジションに多い気も。


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