強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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ゲシュタルト崩壊注意


第三百十七話「売っている物を見ますか?」

「売っている物を見ますか?」

 

「いえ、お友達が貸して頂いた品の返品に来たのだけど」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

 いきなり売り物の一覧表らしきものを見せてこようとした商人へ首を横に振って応じた俺ことモシャスで変身中の私だったが、その食い下がりっぷりと話の通じなさは、店を開いてる場所を間違えてるんじゃないのかと思わせる程だった。

 

(と言うか、これってもう一度否定したら「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」とか言って会話打ち切られたりしないよね?)

 

 気に入ったら購入すればいいと言っておきながら、こちらの言葉をスルーすることで返品させないつもりなら、あり得るが、そこまでセコいとは出来れば思いたくない。

 

(ただなぁ、そこにあのしゃべり方……というかアッサラーム商法が絡んでくるとなぁ)

 

 ガーターベルトは店で売ると九百七十五G、買い取りの価格が店売りの四分の三だから、価格は千三百Gになるのだが、アッサラームの商人は最初店頭販売価格の十六倍という値段でふっかけてくるのだ。つまり、二万八百G。

 

(バニーさんの背負ってた借金よりは少額とは言え……)

 

 普通の人から見れば充分大金だ。

 

(ま、そんな価格で買わせたりしてればバハラタでカナメさんだったあの人に会った時に教えて貰えたはずだから、その線は薄いと思うけど)

 

 何にせよ、手の中のがーたーべるとは精神衛生的にもさっさと返品してしまいたい、だから。

 

「返品に来たのだけど?」

 

 ここからは戦いだった。

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 再度の意思表示へ返ってきたのは、思いたくなかった会話の打ち切り。

 

(っ)

 

 思わず前で組んだ手を握りしめるが、ここで引くつもりはない。

 

「だから、返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「……返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

 例え、相手の反応がまるでコンピュータプログラムか何かのような繰り返しだったとしても。

 

(むしろそっちがその気なら……)

 

 目には目を、埴輪覇王煉獄灼葬斬だ。

 

「あ、あの……」

 

 エリザが何か言いたげにこちらを見るが、もはや戦いは始まっている。後には行けなかった。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 繰り返され、繰り返す言葉。先方は引かず、こちらも引かない、長い戦いになると思われた。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「すまんが道具屋はどこかのぅ?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

 通りすがりのお爺さんに道を尋ねられても応じることはなかった。

 

「あ、道具屋さんでしたら――」

 

 代わりに案内して行ったエリザには感謝したい。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 そして私達は言葉を繰り返し続けた、長い戦いだった。

 

「なんだなんだ?」

 

「どうも例の品の返品らしいですよ?」

 

「あー、また押しつけられた嬢ちゃんが出たのか」

 

 気が付けば、ギャラリーまで出来ていた。

 

(俺、何でこんなことしてんだろう)

 

 少しだけ悲しくなった。だが、ここで折れる訳にはいかなかった。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「……おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「……まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「…………おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「ぐっ……おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「ぬっ……ま、まあそう言わずに見ていってくださいよっ!」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「くっ、ぐぎぎ、いい加減にしろ!」

 

 とうとう吼えた敗者を前にして私は笑み、言う。

 

「返品に来たんだけど?」

 

 と。そう、長き戦いに勝利したのだ。

 

「……とりあえず、品物は返せたわね」

 

 野次馬が集まっていたのが、ある意味ではこちらに味方した。人の目がある場所で非常手段に訴えれば自分達が悪者になるぐらいのことは理解出来たのだろう。商人は、こちらの突っ返したアレをあっさりと受け取り。

 

「じゃあ私も失礼するわね」

 

「えっ」

 

 モシャスの残り効果時間の都合で、驚くエリザを残し一物陰に避難する。流石に人前で変身が解けるのは拙かったのだ。

 

(とは言え、返品しただけじゃダーマの現状は変えられない)

 

 ダーマを救うには、元凶をどうにかすることがほぼ不可欠なのだ。

 

(そう言う意味では暴力とかに訴えて来てくれた方が手っ取り早かったんだけどなぁ)

 

 正当防衛なら大義名分はついたのだ。

 

(ま、向こうもこっちの都合に合わせて動いてくれる義理なんてないか)

 

 モシャスの効果がきれたのはちょうど良いタイミングだったかもしれない。

 

(さてと、誰か良さそうな……お、あのオッサンで良いかな)

 

 物陰から周囲を見回し、俺が目を止めたのは商人との勝負を見終わり散って行く野次馬の一人、覆面をした筋肉質の中年男性だった。

 

「モシャス」

 

 呪文が完成すると、一瞬周囲が煙に包まれ、視線の位置が高くなる。

 

「さて、と……これで第一段階は終了と」

 

 ポツリと呟き、続いて荷物から布を取り出し、俺は手早く細工して覆面を作成した。

 

「ここにいたと言うことは、あの商人と顔を合わせてる可能性があるからな」

 

 変身した上での変装。手が込みすぎてる気もするが、相手はあの忌まわしい品を広げた元凶だ。

 

(敵情視察に行って商品が変態的商品ばっかりだったらと思うと流石に素顔で行くのは拙い)

 

 これも仕方ないことだと真顔で自分を納得させた俺は、覆面を被ったまま物陰を出たのだった。

 




ちくわ大明神と途中で入れたくて仕方なかった。

だが、こらえた。

次回、第三百十八話「第二ラウンド」

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