強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百十話「入浴(閲覧注意)」

「何とか間に合ったか……しかし」

 

 不格好だなと胸中で呟き、小走りしつつ苦笑する。

 

(やるだけのことは、やったよな)

 

 用意した品は三つ。

 

(出番が来ないのが一番なんだけど)

 

 用意しておきながら確実に使うという確信が持てなかった理由は、ただ一つ。

 

(どんな感じなんだろうな、この世界の入浴って)

 

 そう、俺がこの世界流の入浴を一部除いて知らないことにあったのだ。

 

(海外の温泉みたいに水着着用とかだったら、焦っていた俺が半分馬鹿みたいなんだけど)

 

 突貫で用意したモノの内一つは、水着着用だった場合を想定して布を裁断し即行で作った水着代わりの品である。その名を「ふんどし」と人は言う。

 

(いや、だってトランクスタイプの水着なんて作ってる時間無かったし、フンドシなら眺めの長方形な布を布紐と一緒にするだけで短時間でも作れたからさ、その、ね?)

 

 一体誰に弁解しているのか解らないが、気が付けば居たのは、声に出さず言い訳している自分。

 

(……精神的に疲れたのかな。ピンチの連続だったし)

 

 しかも この ぴんち、 まだ おわってない と きて ますよ こんちくしょう。

 

(不本意な二択を強要されたんだから……せめてこれで終わりでありますように)

 

 祈りつつ、進む先はL字の先端だ。風呂場はそこにあり、男女共用と説明されたと思う。

 

(本来なら誰かが使用中は、入り口で風呂が空くのを待つんだろうけど)

 

 視線の先に立つ人物が風呂の前に立っている理由はまず間違いなく別の理由であることを俺は知っていた。

 

「あ、お師匠様。こっち、こっち」

 

「すまん、待たせたようだな」

 

 こちらに気づいて手を振るシャルロットに詫び。

 

「いえ、ボクもさっき来たばかりです」

 

「そうか、ならいいが。ともあれ、他に入りに来る者もいるかもしれん、ここでモタモタしていては迷惑になろう」

 

「あっ、そうですね」

 

 平静さを装い、そのままさっさと入ってしまおうと俺はシャルロットを促した。

 

(もっとも、ここからが最初の関門なんだけどね)

 

 面と向かって、シャルロットに風呂は水着で入るのか、裸で入るのかと問う訳にはいかない。

 

(それをやっちゃったらただのセクハラだもんなぁ)

 

 では、どうすれば良いか。答えは簡単だ。

 

「さて、と……では先に入らせて貰うぞ」

 

「は、はい」

 

 断りを入れ、返事を確認してから脱衣所に入り服を脱ぐ。

 

(うーん、来た時から特に鈍ったりとかはしていないと思うけど)

 

 そして無意味にポーズを決めつつ、筋肉の付き具合を確かめた。

 

(所謂サービスシーンである……って、こんなサービスあってたまるかぁぁぁぁっ!)

 

 自分でやって自分でツッコミ入れる辺り、やっぱり疲れてるんだろう。

 

(冗談はさておき、ここから、だな)

 

 水着代わりとして用意してきたフンドシをまず着用する。

 

(うん、急造にしては問題なさそうだ。よし)

 

 フンドシの紐を締めつつ感触を確かめ。

 

「シャルロット、もう良いぞ」

 

 俺はシャルロットを呼んだ。こうしてフンドシをしたままの姿をシャルロットに見せ、風呂場での水着着用がNGならばシャルロットが指摘してくれるという寸法である。

 

(まぁ、NGだったとしてもシャルロットには背中を流すだけだから水着を着てて貰うつもりだけどな)

 

 水着を持ってきていない場合も考えて、布を切り裂きバスタオル代わりを作って持ってきても居る。

 

(黒歴史とはいえ、水着で外を出歩いたりしてたんだから、それに比べれば全然セーフだよね?)

 

 このバスタオルもどきを作るのに思い至ったのは、旅番組で女性芸能人がバスタオルを巻いて入浴していたのを思い出したからだ。

 

(あっちは異性一人どころか、お茶の間とかに入浴シーン流しちゃってる訳だし)

 

 同じ状態で目撃するのが俺一人となれば、問題になろう筈もない。しかも、俺は目隠し用の布まで用意してきて居るのだ。

 

(この布陣で問題が起こるなんてありえない)

 

 後は俺の理性が心の平静さを保ってくれれば、シャルロットに背中を流して貰って終わりである。

 

(大丈夫だ、何の心配もない)

 

 この時、俺は敢えて楽観的に構えた。不安に思えば、かえって良くない事態を招いてしまうのではないかと言う気がしたから。

 

「……うさま? お師匠様?」

 

「あ、すまん。もう来ていたのか」

 

「……はい。ええと、その、ボクも服を脱いだりしますから……お、お風呂の方に行っていて貰えますか?」

 

「あ、あぁ……ただ、札を使用中にしておくようにな?」

 

 ただ、自分に言い聞かせすぎて入ってきたシャルロットに気づかないという失敗をやらかしてしまったものの、水着については何も言われず。目の前で平然と服を脱ぎ出したりしないことに少し安心しながら、最後に釘を刺すと脱衣場を出る。

 

(ふぅ、あれで他の客が入ってくるってハプニングもまず起こらないだろうし)

 

 俺がすべきは、シャルロットが入ってくるまでに身体を洗っておくことだ。

 

(背中は残す、背中は良いけど「他の場所も」なんて言われる可能性は0じゃないからなぁ)

 

 フンドシ着用に何も言わなかったところを見るに、一番洗うと言われて困る場所は大丈夫だと思うが、とりあえず前だけは自分で済ませてしまうべきだろう。

 

(対面パターンは拙い)

 

 水着がOKである以上、目隠しを使うのは厳しいが、先程押しつけられたモノが目の前にある状況で平然としていられるかと問われると、疑問が残った。

 

「とにかく、急ごう」

 

 もし、洗ってる途中でシャルロットが来ちゃってぽろり、何て最悪展開になったら目も当てられない。

 

(そもそも、身体を洗わなきゃ湯につかれないからなぁ)

 

 こうして俺は、シャルロットがやって来るまでただ黙々と身体を洗い続けた。

 




うん、自分で書いておいて何ですが、誰得だったんだろう、これ。

し、視覚テロも閲覧注意ですよね? うん。

次回、第三百十一話「きっと己との戦い」

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