強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百八話「お、お、おおおししょうさま、い、一緒にその……お、お、お風呂入りませんか」

「シャルロット……」

 

 目のやり場に困るような姿の女の子を身体の上にのせた状態で、冷静な声が出せたのは、多分ツッコミどころしかないお隣さんのお陰かも知れない。

 

(とりあえず、この件はクシナタさんにでも報告しておこう)

 

 ただし、そもそも隣で私刑など始めなければこんな状況にはならなかった訳だし、もっとすんなり話だって纏まっていたはずなのだ。

 

(まぁ、私怨と思われても仕方ないかなぁ)

 

 心が狭いと言われようが、構わない。だが、隣に声が漏れるような状況下でそんなことをやらかしたのに何もしないということこそあり得ない。

 

(反対側の部屋にだって聞こえてる訳だしなぁ……あ)

 

 そこまで考えてからこの宿の構造を思い起こし、俺は一つの事実に気づく。

 

(反対側って確か――)

 

 元オッサンと魔法使いのお姉さんの部屋なのだ。L字型の通路に幾つも部屋がくっついている構造で、二人の部屋は角部屋。入り口は俺の部屋の出口から見てL字の角を曲がった向こう側にあるので、シャルロットがこの部屋に来たことは目撃されていないとは思うが、おそらくお隣の声は丸聞こえの筈だ。

 

(うん、オッサンごめん)

 

 隣があれではいちゃつくどころではないだろう。知り合いが迷惑をかけていると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

「あ、あの……お師匠……さま」

 

「あ」

 

 ただ、謝るとか謝らないとか言っていられる状況ではなかった。

 

(うん、シャルロットに声をかけられるまでちょっとだけとは言え状況を忘れてたけどさ)

 

 シャルロットは俺の上に居るのだ。しかも、俺の上着を羽織っているとは言えスケスケネグリジェのまま。勿論羽織っているだけだから身体の前側には殆ど変化がない。

 

(ちょっ、ちょ)

 

 意識してしまったのは失敗だった。胸のやや下あたりに押しつけられた柔らかな膨らみの感触が上着を脱いだことで布一枚分低下した守備力を貫通し、自己主張を始めたのだ。しかも割と近いところには頬を染め瞳を潤ませたシャルロットの顔がある。

 

「す、すまんっ。シャルロット、立てるか?」

 

 この状況で俺が身体を動かすとかえって状況が悪化する。かろうじてそれぐらいの判断は働き、慌てて謝罪しつつ、問う。

 

「は、はい……す、すみません」

 

「い、いや……俺も迂闊だった。あんなにあっさり態勢を崩されたのでは、まだまだ未熟だな」

 

 身を起こしつつ謝るシャルロットへ頭を振りつつ、わざと色気とは無縁な答えを返したのは、きっと意識してしまうのを恐れたから。

 

(と言うか、なんで今日はこうピンチばかりに見舞われるんですかね)

 

 一歩間違えば弟子に手を出した師匠として社会的に死ぬようなトラップが二段構え三段構えで設置されているというのは、この世界の悪意が俺へ向けられているのではないかと疑わざるを得ない。

 

(いや、まぁ……シャルロットが離れてくれたから、今回は間一髪でセーフだったと思うけど)

 

 後起きあがって貰うのが数秒遅れていたら、どうなっていたことか。

 

「まぁ、何にしても話を続けられる様な状況では無くなってしまったな」

 

「ふふふ、まだ序の口ですよ?」

 

「あ、あぁ、いやぁっ、お姉様ぁぁぁぁっ」

 

 お隣がカップルや新婚夫婦でないと判明したとは言え、声は相変わらず聞こえてくるし、OSIOKIなら問題ないかというと、お聞きの通りである。

 

(うん、さっさとこの部屋は出よう)

 

 どちらにしろ、青少年の情操教育に悪そうなのは多分かわらないのだ。

 

「そう言う訳だ、部屋を出るぞ。何なら一度戻って着替えてくるか?」

 

 宣言しつつベッドから立ち上がると俺は一つの提案し、シャルロットに背を向けて答えを待つ。いくら上着を着せたとは言え、あのネグリジェでは身体を冷やしてしまう恐れもある。

 

(それに、俺の上着着せたまま女性部屋に戻らせたら、元バニーさんがどう思うか……)

 

 妙な誤解を生ませないには、シャルロットをいったん部屋に戻らせ直前で上着を返して貰わなければならなかった。

 

(まぁ、寒そうだからとばったり出会った俺が貸したとかいい訳は出来るけどなぁ)

 

 では何故そんな寒そうな格好で外に出てきたという疑問が生じてしまう。

 

(って、あるぇ? ひょっとして、シャルロットがこの格好で部屋の外に出た時点で詰んでた?)

 

 よくよく考えると元バニーさんとは同室、この格好で外に出るところも目撃されている可能性はある。

 

「シャルロット、ひょっとしてそのすが」

 

 その姿を元バニーさんに見られたりしたかと、振り向いて尋ねかけた俺に。

 

「そ、そうですね。ちょっと戻ってきます。……そっ、そ、そ、そ、その後ですけど」

 

 シャルロットは頷くと何故かどもりまくり。

 

「その後?」

 

「お、お、おおおししょうさま、い、一緒にその……お、お、お風呂入りませんか?」

 

 とんでもない爆弾を投げ返してきたのだった。

 

 




・お隣の部屋で起こっていたこと

 クシナタ隊員A「メラ」

 クシナタ隊員B「ふふふ、まだ序の口ですよ?」

 エ ピ ちゃん「あ、あぁ、いやぁっ、お姉様ぁぁぁぁっ」

 クシナタ隊員A「ええと、ところで今燃やしたこの串なんだったんです?」

 クシナタ隊員B「あー、カナメが食べた焼き魚を刺してた串らしいですよ?」

 クシナタ隊員A「うわぁ」

 クシナタ隊員C「何だかカナメがいろんな意味で気の毒になってきたんですけど……」


↑だいたいこんな感じでした。

次回、第三百九話「意味不明、そして理解不能(閲覧注意)」


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